第2話 春風
緊張の余り、酸素が薄く感じた喫茶店を出た私は外の空気を吸いながら、中ノ森公園を目指した。淡い色をした服を着た彼女は隣で涼しげな顔をしながら歩いている。周りの人は私たちのことをどう思っているのだろうか。カップルに見えているのだろうか。いやいや、そんなことよりも先ずはデートを成功させる事が最優先事項だ。
「春風が気持ち良いですね。桜を見るのに今日は最適かもしれませんね」
彼女は辺りの緑が風で揺れるのを見ながら言った。その時ふと私は重大なミスをしている事に気が付いた。──名前を聞き忘れていたのだ。私はどうやって名前を訊こうか必死になって考えた。何せ喫茶店で小一時間程既に過ごしている間柄で、そもそもデートに誘ったような間柄で、私としたことが、何故名前を聞いていなかったのか。私は低能な頭をフル回転させながら、如何にして自然な流れで名前を訊くか、色々なシチュエーションで考えた。
「あの、直人さんそう言えば私、年齢だけ言って名前、言ってなかったですよね……?」
「えぇ?」
彼女は私の心が読めるのか。咄嗟にそう思ったほどタイミングが合いすぎている。私は変な声をかき消すつもりで咳払いをした。彼女のその完璧なタイミングに少し恐怖すら抱いた。
「あ、そうでしたね! すいません! 私としたことが、聞きそびれていました」
頭を掻きながら私はぎこちなく笑ってしまった。そこはシャキッと笑え! と内心突っ込みを入れた。彼女は容姿端麗だけではなく、人の思っている事まで見通せてしまう超能力者なのではないか。くだらない妄想が広がった。
「直人さんが謝る事ないですよ。すいません。私結構ぼんやりしてる性格で。周りからは天然って呼ばれてるんですよね」
「てっ天然……ですか」
「はい。あ、もしかして天然な性格は苦手でしたか?」
「いっいえ、いえ! そんな事はありません。いいじゃないですか! てっ天然って。私は良いと思いますよ?」
一体私は何語を喋っているんだ。日本語か? デート序盤にして最大の失敗ではないか。二十二歳にして恋愛初心者なんて、青春時代を拗らせてしまったにも程があるのではないか。私はただ自身を攻めるほか無かった。
「良かったです。ほっとしました。色々忘れてたら、遠慮なさらず言って下さい。阿呆ですから!」
「いえ私の方が阿呆ですから!」
私は再び訳の分からない事を喋ってしまった。いや、阿呆なのは間違っていない。彼女と会話を交えていると互いに笑いがこみ上げてきて、堪え切れなくなって笑ってしまった。緊張が少し解れていくのが分かった。そして再び春風を感じる道を歩き出した時、忘れていた事を思い出した。
「あっ名前! 結局聞いてなかったですね」
「あっ、すいません。早速天然が出てしまいました。私、美沙子っていいます」
「美沙子さん……。改めて今日はよろしくお願いします!」
私は軽く礼をした。彼女──美沙子さんはそんな私を見て微笑んでいた。
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