1-5; 初日ノ話
白銀の電撃が大気を引き裂き、防壁を打ち破る。
砕けたシールドの欠片と共に鬼の巨体が巻き上げられ、穂乃果の頭上を超えて車両の後方へ飛んで行く。
「い、いったい何…………」
彼女の眩んだ視界が晴れる頃、鬼は再び体を瓦礫に埋めていた。
「………ぅ…ぐ、なんて威力だよ………」
白い兎は両腕から立ちのぼる煙を振り払う。
怪物の息は荒く、苦しそうに立ち上がった。
「くそ………
穂乃歌は鬼型怪人の体についた発光体が減っていることに気が付いた。体表に流れる光線が先ほどと比べてかなり弱くなっている。
彼女は、あの光体が彼らの心臓のようなモノなのだと悟った。
「これ以上の戦闘は無理か………… 撤退だよ」
フラリと体を揺らし、車窓に手を付く。
「――!!」
何かを察し、白兎は走り出す。
「――――させないよ」
飛沫のような細かい光の粒が発射される。一定の距離を進むと、空中にピタリと静止し機雷となって車内を漂う。
意に介さず特攻する兎、しかし、突如として足が止まる。
その足首には床から伸びた杭が深々と突き刺さっていた。
飛沫はただの目くらまし。それに気づいた時には既に遅かった。
「それじゃ、サヨナラ」
鬼の体が崩れ、蛍の群れのような姿に変わる。程なくして残光を描きながらトンネルの暗闇に消えていった。
「逃げた…………?」
静まり返る車内で穂乃果は、ふと兎怪人の方を見る。それはこちらを気にする様子もなく、うざったそうに光球を振り払っていた。
穂乃歌は気が付く、鬼型の怪人が残した緑の光球が消えていない。
それどころか、徐々に肥大化し、激しく震え始めた。
「――ッ――夏凛!! 樹希!! はやく逃げて!!」
いまだ光球の群れに包まれたままの友人二人に危機を叫ぶ。
二人を起こそう駆けだしたその時、彼女の腰に何かが巻き付いた。
兎から伸びるマフラーに体を引き寄せられ、足が浮く。
「――――安心しろよ、
白兎が喋った。口の様な物は無いはずだが、声だけが流れている。
「あなた、喋れるの…………?」
「………」
兎はマフラーで穂乃歌を持ち上げたまま、三本指で空を薙ぐ。
するとオパール色の軌跡が空中に描かれた。
さらにその残光線にキーボードを弾くような仕草で、光る雫を乗せていく。
「―――
兎が呪文のようなもの唱えた。
すると、直線だった光の線の始端と終端が結び付き円になった。
その中心を指ではじくと、円は波線となって広がり爆弾群に向かっていく。
波を受けた爆弾は歪に瞬き、空気が抜けたかの様に音を立てて萎んで消えていった。
「あ、その…… 助けてくれてありがとう……」
穂乃歌は兎からうなじ辺りから伸びるマフラーに吊るされながら、恐る恐る礼を言った。
「…………」
兎は手を開いたり閉じたりして、こちらに関心を持っていない。
返事のない静寂から気を紛らわそうと体に巻き付いたそれを撫でてみた。動物の柔らかな尾の様でいて羽毛の様に軽い手触り。これが自身を持ち上げている素材であるとは穂乃歌には信じられなかった。
「ねぇ、そろそろ、降ろしてくれると助かるんだけど…………」
兎は背中を向けたままゆっくりと彼女をおろす。
「お前、双柳学園の生徒?」
「う、うん。そうだけど…………」
「…………ふーん」
いきなり話しかけられてしどろもどろに答える。
「えーっと…… その、君って何者なの? てか、よく分からないだけど、いろいろと…………」
「…?……ああ……
「ロスト?」
分からない事が重なり、穂乃歌が困惑していると。
「引き込まれたか紛れ込んだか………… いずれにしても、ここに来てから妙な事が続くのは何故だ?…………」
「ちょっと、一人で先に進まないでよ。ますます訳わからなくなったじゃん」
「あ、そうだ―――」
――――――RRRRRRRRR!
衝撃が二人の会話を機械的なコール音が遮った。
「―――⁉―― 今度は何⁉」
「おっと、時間切れだ」
「一体全体、もう何が何だか………… あれ?」
穂乃歌は目をこすった。視界がかすむ。
それだけではない、視界に映るものの色彩が抜けて
「やだ………… なに、これ…………」
猛烈な睡魔に襲われペタリと床に崩れ落ちた。蕩ける瞼を、なんとか留めようとするも不安も恐怖も耐えがたい微睡の中に飲まれていく。
「大丈夫、この空間が閉じて元の世界に帰るだけだ。――ただ」
兎は裂かれた制服に手をかざした。
穂乃歌の体が淡い光に包まれ、傷が消えていく。
「この空間で受けた傷は現実世界にも引き継がれる。だからこれは迷惑料だ。大怪我しなくてよかったな」
横に入った大きな制服の切り跡は消えた。
「…………ま、って」
兎は立ち上がり話を続ける。
「あと、アンタみたいな迷い人はこの世界の記憶を持ち帰れない。だからこれは言っても意味ないんだが」
――――改札を通るときは気をつけろ
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