1-4: 初日ノ話

 穂乃歌は目の前の光景を幻かと思ったがそうではない。

 壁に浮かぶ一枚の広告スクリーン。その画面を満たすノイズの中、音もなく何かが揺らめいている。

 そして、その揺らめく存在と目が合った。

 次の瞬間、僅かに灯っていた火が轟轟と燃え盛る白い炎となって光を放つ。

「――なんだ?!」

 突然の閃光に振り向く怪物。その視線の先、ディスプレイを破って銀の閃光を纏う真っ白な腕が飛び出した。

「―――!! 仲間が居やがったのか!!」

 穂乃歌を放り投げて腕を前に突き出す。体を流れる緑の光脈が瞬くと光球が弾け飛び周囲にばらまかれた。

 車内に舞い飛ぶ二色の閃光。

「まんまと誘いこまれたってわけかよ。くそッ!!」

 怪物が咆哮すると無秩序に漂っていた光球たちが一斉に動き出す。

 あるものは広がり、あるものは柱となって、巨大な防壁を実体化させる。

 相対する銀閃はそれを凌ぐ速さで、スパークを始める。

 炸裂音を響かせる電撃は加速的に増大すると、空気を突き破って周囲を焼け焦がす。

 穂乃歌はいまだ空中にいた。自分の落下を上回る速さで変化する状況を前に思考が完全に置き去りにされる。

 床にもう間もなく、圧縮されすぎた時間の溶け始めを体感したその時、視覚を燃やす閃光が一斉に解き放たれた。

「―――――ッ!!」

 車内に巻き起こる白い旋風。穂乃歌の頭上に影が流れた。

 背後から轟音が響く。

 霞む目を凝らすとそこには、今しがた前に居たはずの緑の鬼が連結扉に体を沈ませていた。

「いったい何が…………何が起こったの…………」

 怪物は全身を震わせ膝を付く。その体からはまるでショートした電線の様に光が漏れ、舞い散っていた。

 あっけに取られていた穂乃歌は背後の気配を感じ振り向く。

 ―――対面したのは雪の様に真っ白な身体を持つ異形の獣

「ウサギ…………⁉」

 混乱のあまり、その外見を思わず口にしてしまった。

 人型である事には違いない。だが、まるで立ち込める雲や煙を固めたような柔らかな見た目があまりにも怪物と対照的だったからだ。

 お誂え向きに額から幅のある触覚が伸びていてそれがウサギの耳に見える。

「お前…………何者だ…………」

 体を持ち上げた怪物を前に兎はゆっくりと近く。

 手に力を込め、電撃を腕に纏う。

 とどめを刺すつもりだ。危険を察知した穂乃歌は腰も上げられないまま道を開ける。

 緑光の鬼は目を細め苦悶の表情を浮かべた。

「くッ、防壁でガードしたってのになんて威力してやがる。畜生…………メモリにダメージが…………」

 傷口から漏れ出す光。体には光脈と共に木の節目のような塊が複数個あった。

 それが今、怪物の体にあるその幾つかが光を失い、全身に流れる緑の光も先ほどより弱くなっている。

「一撃で2個も光核メモリを持ってくとは………… 始めて見るよ、そんな色の光線オーバーレイッ…………」

 投げかけられる質問に対し兎は沈黙を続ける。

 先に動いたのは兎だ。銀の首輪から伸びるマフラーが一瞬の間に伸び、刃となって鬼に襲い掛かる。

「――喰らうか…………よ!!」

 半透明の防壁を展開し迎え撃つ。

 舞い上がった塵を裂いて放たれる光弾。白兎は空に飛びあがってそれを回避し天井を蹴って走り向かう怪物に突撃した。鋭い蹴りで怪物をさらに瓦礫の奥へと沈める。

 鬼の放つ怒号を介さず兎は自分の拳をピタリと合わせる。瞬間、その白い体が激しく逆立ち始めた。

 急激に張り詰める空気。危険を感知した穂乃歌と同じく鬼もまた全身に沸き立つ悪寒を察し、防御に身を固める。

「この光、さっきのと同じ…………」









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