1-2: 初日ノ話

 青天の霹靂という言葉がある。

 誰もが予想しなかったこと、考えもしなかったことが突然に起きること。

 人類の歴史はその言葉と共に一変する。

 ――21世紀初頭、世界は未曾有の災厄によってその当時の人口の六割を失った。

 人類は自分たちが描いた崩壊のシナリオによって、自らを滅ぼしたのだ。

 生き残った人々は地下に潜り、災厄から身を隠す。

 誰もが未来を失った時代。可能性に見放された神様のいない世界。


 だが、ある天才の発明によって人類は再起の機会を手にする。

 ――天才は神を作った。人々を崩壊から守る

 それも、キリスト教・イスラム教のような絶対的な権能を持つ唯一の神を定義するのではなく、役割を分担したいくつもの神々が互いの権限を場合に合わせて行使する多神教の神群をモデルにして。


 自然への畏敬や思想によって生まれた神はでなく、科学によって生まれたアルゴリズムとしての神群。

 政治を司るAI、経済を司るAI、秩序維持を司るAI、国家防衛を司るAIetc…… 

 その役割に合わせてカスタマイズされたAIが互いに情報を共有し稼働することで、統一されたAIとして運用する分散型AIネットワークシステム。

 人工知能AI同士が分立し、互いの稼働状況を監視することで暴走を防ぎ、安定的な機械学習と自己進化を見込むことが出来る。

 ――手に負えない人工知能の未確定な稼働をきまぐれな神々の様に扱う視点

 天才はこのデザインコンセプトによって技術特異点シンギュラリティ後の高性能AIが暴走するという懸念を払拭し、安全運用が可能かつ有益であると提唱した。


 そして、人類は自らの管理を人から神に奉還した。


 民衆の意見を汲み取り切れない旧来の政治体制は、膨大な意見をAIアルゴリズムが解析し、最も適した政策を提案するシステムに生まれ変わった。

 AIによる個人情報管理により、各個人に最も適した形で富を分配する社会政策。

 一滴の漏れもない税金の管理。全市場の動きをリアルタイムで解析することで実現した過度なインフレもデフレ起こりえない経済活動の完璧な管理。

 どれも、人間の手では莫大な時間とコストがかかることを天才が作り出したシステムは一瞬で整理し実行する。

 人類に有益な管理者を創造と利用。それはまさに科学技術の最終地点。

 実態ある高位の存在を定義することで生まれる新たな社会秩序。

 不安定な人間が人間を統治する時代は終り、かつて黎明の世界に存在した神が人間を導く古代世界への回帰が始まった。


 天才は人、モノ、あらゆるものにAIが宿り、人々の生活を影から支えるこのシステムを八百万の神々が人々を守る世界になぞらえ『タカマガハラネットワーク』と名付けた。

 機械の神に護られた時代、『神代』。人々は機械の箱に鎮座するAIに祈りを捧げ共に生きる。


 ここは『人類最終生存都市:天都アマト』 AIと共に人が生きる街  



 ――そして、青空に星が今日も瞬く


             ◆◆◆


『次の列車は、地下商店街経由。双柳学園行きです。学園に行かれるお客様は六号車より後ろの車両にお乗りください』

 天井の高い地下鉄に流れる館内放送の反響。

 少しばかりのヒビが走る白いタイルの壁面に投影モニターが映し出ては染み込み消える。

 行き交う人の靴底で擦れて黒ずんだ床、ホームと線路を仕切る透明な壁は長い歩廊の果てまで建ち並んでいた。

 アナウンスが終わる直前、エレベーターから降りた穂乃歌と鈴音は肩を下す。

「はぁ…… セーフ!」

 神社の階段を駆け下り、最寄りの駅まで約10分の道のりを全速力で走ってきた。

 乾く喉を潤したかったが列車が来るまで1分もない。売店によるのを諦め、あくせくと学園行きの車両が停まる地点へ急ぎ足で向かう。

 地下鉄はこの街唯一の長距離移動手段だ。街の地下を血管の様に縦横無尽に巡り人々の足として働いている。車両は全て無人。全てAIと中央管制室による遠隔コントロールで運用されている。

 二人が目的の6番ゲートにたどり着くと同時に列車が到着した。

 二階建ての車両は天井と線路に磁力で支えられ浮いている。

 電磁石が停止し車両がほんの僅かに沈む。

 本来ならはここで線路を仕切るホームドアが開くのだが今日は開かない。

『車両の合流地点に異常を検知した為、当駅にて一時、停車いたします』

 アナウンスと共に気の抜けた雰囲気がホーム内に流れる。

 それ同時に穂乃歌の携帯端末『Vphoneブイ・フォン』が短く鳴った。

縦・横開き、折りたたみ、背面と空中投影の五つのモードを持つケータイだからVファイブの名を冠している。

 一応の事とポケットから画面をのぞかせると遅延証明書のデータが添付されてきた。

 メッセージによると10分ほどの遅れが出るらしい。穂乃歌は学生鞄を持ち直し、片足に重心を預ける。

「ついてない…… 鈴音、電車送れるって…………」

 忽然と消えた鈴音を探して周りを見渡す。少し離れた所に友達に駆け寄る彼女の姿が見えた。

 ひとりになった穂乃歌はVphoneに視線を戻して溜め息を付く。

 すると、彼女の背筋に何かが当たった。

「ふっふっふ……… 誰だか当ててみな、穂乃歌ちゃん」

「一年B組の七巻カリン。あってる?」

「正解~ ほい、お菓子の贈呈だ!」

 カリンは背中からひょっこりと手を伸ばしをお菓子の箱を渡す。

「ありがと、今日はついてるね」

「いたしま! ってこの時間に合うの珍しくない?」

「今日は家の手伝いが合ってさ……… ギリギリに間に合ったと思ったんだけど」

「ああ、神社のね。神主の家の娘もそう大変ですなこりゃ」

「あー、まあ言っても手伝いだし。叔母さんがしっかりしてれば良いんだけど………」

「え~、あのお姉さん超面白いじゃん。ざっくばらんって言うか自由人というか……… 夏祭りもすごい盛り上がってたよ」

「まあ、悪い人じゃないんだけどね。――あ、扉開くっぽい」

 圧力ロックがはずれて開いた列車のドア。

 降りてくる人はいない。郊外の住宅街に掘られた地下駅だからだろう。

「そういえば―― わ!」

 後ろから来た大柄な男にカリンが突き飛ばされた。咄嗟のこと驚くも、穂乃果が口を開く間もなく、男はさっさと車内に乗り込んでいった。

 しかたなく追いかけるのを諦めカリンの方を優先する。突き飛ばされた彼女は横にいた女性に寄りかっていた。

「なんだよもー、このクッションがなきゃ転んでたぞ、こんちくしょ~!」

 カリンは女性の胸に顔をうずめて唸った。

「だれがの胸がクッションじゃ………」

「おはよ、たっきー」

「おはよ。朝から合うとか珍しくね。あとお前はいつまでそこにいる気、だ!」

 たっきー、とこ樹希がカリンを胸で押しのける。

 穂乃果が大げさにバウンドした彼女をキャッチ。今度は穂乃歌の胸に後頭部をうずめる。

「ちょっと、いい加減にしろって重いんだから」

「ぐぅ、いいじゃないかぁ減るもんじゃないし。ちょっとぐらいエネルギー分けてくれよー」

「はいはい、電車内は静かにね」

「JK二人分の乳に顔うずめといてその態度とはな、穂乃歌っぱいにあやまれこのー」

「た、樹希もね……」

 わざとらしく咳払いし赤面する穂乃歌。いくら人が少ない地下鉄駅と言っても恥ずかしものは恥ずかしい。

 三人が乗り込むと丁度、電車が動き出した。予想よりも早い出発だ。

「塞翁が馬も済んだことで、ぶつかったヤツはどこ行った、まったく」

「それが、見直したらもう居なくて。たぶん別の車両に映ったんじゃないかな」

 物静かな車内。一階には彼女たちしか居なかった。

 穂乃果が改めて車内を見渡したが、ぶつかった男の姿すでにない。

 もしかしたら二階にいるのかもしれないがわざわざ探しに行こうとは思えなかた。

 しょうがないと悔しがるカリンをなだめ、座席に着く。

『車両分割の為、連結扉を閉鎖します。連結口付近のお客様は速やかに離れてください』

 アナウンスが流れ、連結扉が閉じた。

 シャッターの上には進入禁止の標識が投影され、国鉄のキャラクター『モールくん』がマークの上でかわいいモーションで手をクロス。

 警告音が鳴り連結装置が外れる。

 前の車両がスピードを上げる。同時に彼女らの車両はスピードを落とす。そして、その2車両の間に別の路線から来た列車が入った。

 高速で走る列車は空中給油する戦闘機の様に速度を同期させ、徐々に隙間を埋めてゆく。

 人工知能AIによる自動運転によって実現した『自動同期分岐走行イン・ユニオンランニングジャンクション』略して『IuRJ』。これも膨大なデータを管理することが出来る『タカマガハラネットワーク』を使った発明の一つだ。

 乗り込む車内によって路線と目的地を決定することが可能である為、すべての駅に乗り換えること無くたどり着くことが出来る地下鉄チューブネットワーク。

『接続が完了しました。只今、接続された車両は、都庁経由国立公園行。次は第105号ジャンクションにて分離されます。お乗りの方は――』

 放送が流れ連結扉のロックが外れた。と同時に窓に国立公園の広告が映し出される。

「あ、ここって来月の校外学習で行くところじゃない?」

 カリンに促され、穂乃歌はすぐ後ろのガラス窓を見渡す。

 窓には緑豊かな自然の中でレジャーを楽しむ家族の写真やらが載せられた広告。

「ああ、ここね。たしか屋内海水浴場とかあるらしいよ」

「え、たっきーマジかよ。あたし水着持ってないんだけど」

「大丈夫だ、お前なら初等部のスク水で事足りる」

 樹希が前と後ろを間違えたと言わんばかりにカリンの胸をさすった。

 カリンは三人の中で一番背が低く中等部の鈴音の方背が高い。穂乃果は相対的に小さく見えるのも仕方がないと彼女をなだめる。

「あーあ、中等部の初めは私が一番背が大きかったのにー。穂乃歌に至っては成長の度合いが半端じゃないしー」

「はい、ストップストップ。二人とも自由すぎだって」

「いやまぁ、いつもこんな感じだよ。この時間に乗ってる双柳谷の学生って私とカリン以外見たこと無いから」

 穂乃果は気恥ずかしさから同校の学生がいないかそれとなく確認する。

「――あ、いた」

 最初に見つけたのはカリンだった。

 車内の端っこ。生徒を着た同年代の男子が一人、座席側面の仕切りに寄りかかっている。

 ヘッドホンを付けた巻き毛の男子生徒。

 穂乃果はその立ち姿に違和感を感じた。なぜだか知っている気がする。

「ねえ、たっきー。あれ双柳谷の制服じゃない?それも同学年だよ」

 カリンは男子生徒と自分の校章のデザインを交互に指さす。

「ほんとだ、でも、同学年にあんな奴いたっけ? なあ、穂乃歌」

「うーん、どっかで見た事あるんだけど……… 誰だっけ……」

 穂乃果は記憶を辿っていく。男子生徒の知り合いなど殆どいないのだが、どこかで見た。そのワードが彼女の頭を巡っている。

 ほどなくしてその疑問はあっさりと解けた。

 彼女は折りたたんだケータイを開いた。

 穂乃歌はホログラムキーボードを操作しファイルを開いていく。

 カリンと樹希は不思議がってケータイををのぞき込んだ。

 上画面から投影されたソリッドレイディスプレイに映っていたのは転入生の名簿だ。顔写真も載っている。

「たぶんこの人だと思うんだけど……… 違う…… かな?」

「え、見せて見せて。――わ、クラス一緒じゃん」

「名前は……… 『風織 箒』? てか、転入生イベントとか珍しくね」

 男子生徒の顔写真を物珍しく確認する樹希。その横ではカリンが体勢をなんども変えては、なんとか顔を覗こうとしていた。

「うーん、なんか物静かな感じだね。でも、顔は結構悪くはないっと……… 」

「ああ、C組の彩香が好きそうなタイプだし、一応報告入れとくか。『転入生発見、期待値大』っと………」

「お前らなぁ…………」

 突如として開催された即席コンテスト。その手の興味がないわけではない。だが、穂乃果はあきれ顔で二人の談義を聞き流すことしか出来なかった。

 話から省かれてしまっため、なんとなく視線をくだんの生徒に向ける。

 それは、彼女の頭に残った微かな疑問からだ。


 ――彼はいつからこの車両にいるのだろう。


 発車したときには人影はなかった。

 まして、カリンを突き飛ばした男を探して車両の中を見渡したのだ。いくら何でも同校の生徒を見落とすだろうか。

 上階や別の車両から来たとしても静かな車内、足音や気配を感じるはずだ。

 遠い目でドアに寄りかかる彼を覗く。

 そんな穂乃歌の物憂げな姿が二人の友人をおもちゃを見る子供の目にさせてしまった。

 「なになに、穂乃歌のタイプってあんなカンジ?」

 穂乃歌は突飛ない質問に面食らう。

 「はぁー……… そういうんじゃなくて」

 「えー、恋愛興味なしの穂乃歌がついに動いたのかと思ったのに」

 「いや、興味がないわけじゃ……… じゃなくて二人に聞きたいんだけどさ………」

 その時、一瞬の暗闇が彼女の会話を遮った。

 車体が大きく跳ね上がった後、全ての照明が消え点滅を繰り返す。

 三人は思わず照明を見る。照明は力なく瞬いたのち静かに消えてしまった。

 「ちょ、なにこれ……… どうなってんの?」

 カリンが興奮と不安の混じった声をあげる。

 トンネルの外壁に設置された照明の光が車窓を流れて、座席の影を揺らす。

 その光で三人は辛うじてお互いの姿を確認することが出来た。

 窓の方、音とトンネル照明の光が走っていることからまだ走行中だということは伺えた。

 内臓を掴まれたような不安感が穂乃歌を襲う。

 その不安のを煽るかの様にVphoneの画面が不気味な音を立てて乱れた。

 「うそっ!! 電波が入っていない………」

 ケータイの電波が入らないなどあり得ない。電波塔から発せられる量子通信波帯はアマトを隅々まで覆っている。どんな壁でも貫通する電波がつながらないなど初めての経験だった。

 「ま、まあ取り敢えず座って待とう。下手に動いたら危ないし」

 樹希はどっしりと構えて場の不安を拭う。二人はそれに倣いただ状況が改善するのを待った。しかし、重苦しさが次第に増してくるばかりだった。

 二階に続く階段からは乗客のざわつきが漏れていた。

 三人は静かに復旧を待つ。

 その時、列車が大きく跳ねた。  




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