第21話 コズミックエンジェル 2

「大体、銀河シーサーはな、持ち上げようとするからドツボにはまるのだ。弱点ポイントを突いて下に引きずり落とすと前に教えたろうが」


「そ、それは悪かったよ。それよりも……その銀河シーサーをやめてくんない?」


「なぜだ!? 銀河シーサー?」


 はぁ……と、またしても溜息ためいきれる。

 彼女が連呼れんこする銀河シーサーとは、ゲーム『怪獣ハンター』での僕のプレイヤー名である。妹も『コズミックエンジェル』という名前で登録しており、昔はよく一緒に狩りに行ったものだ。

 んでもって、那波は命名こそゲーム発祥ではあるが、一人で外出するときは扮装ふんそうし、自分を隠すかのように完全に『コズミックエンジェル』になりきる。配信以外でのこいつのもう一つの顔だ。

 ありのままで外出できないことに対し、兄として本気でそろそろ心配である。


「ねぇねぇ、當間君の知り合い? 可愛い子だね♪」


 ずっとかたわらで僕らの様子を見守っていた結城さんが声をかけてきた。


「実はその、妹なんだ」


「當間君、妹いたんだ~♪」


「な、なんだ!? お前は?」


 見知らぬ女性に顔を近づけられたことに動揺したのか、那波は慌てて僕のうしろへと身を隠す。


「あれ、どうかした?」


「気にしないで。こいつ、極度の人見知りなんだよ」


 僕という壁を得たせいか、妹は強気な姿勢を取り戻す。結城さんをゆびさし、僕にうったえかけてきた。


「あ、あにぃ! 誰だこの女は?」


「この人は結城さん。僕のクラスメイトなんだ」


「ううう、あにぃに女だと……信じられん。彼女いないれきと年齢が一緒で、モテなくて、友達もいなくて、ダサくて根暗で、童貞のあにぃが!?」


「お、おい! 言いすぎじゃないのか?」


「私は認めん! 認めんぞぉぉぉ!」


 駄々だだっ子の本領を発揮する那波。こうなったらもう止められないんだよなぁ。結城さんもさぞあきれかえって……ん?


「妹ちゃん、可愛い♪」


 マジか……。


♢♢♢


「頼む、那波! 兄ちゃんの一生のお願いだ!」


 僕は、事情を話し、那波にお金を貸して欲しいと懇願こんがんする。だが、ぶすっ~とほほふくらまし、そっぽを向かれる。


「嫌だ。どうせ、その女にくれてやるぬいぐるみなんだろう? 絶対に貸さない」


「そんなこと言わずに頼むよ」


「なら、私が持って帰る。そこをどけ」


「ちょ、ダメだろ。それは」


 僕はゲーム機の硬貨投入口の前に立ちはだかり、とおせんぼをする。那波はそんな僕をポカポカと攻撃してくる。そして結城さんはというと……トロロンとした目でその様子を楽しんでいるようだ。なんだろう、この状況。

 そんな感じで、人目もはばからず兄妹喧嘩を繰り広げていると……。


『これは、これは、コズミックエンジェル様! こんにちは~♪』


 ゲームコーナーの店員が数名、ゴマをするように声をかけてきた。


「ちっ、あにぃが騒ぐから見つかったじゃんか」


 先頭のエリアマネージャーらしき人と那波はどうやら顔見知りの様であり、途端に那波は不機嫌そうな顔になる。向こうも営業スマイルを投げかけてくるが、目が笑っていない。


『こちらは、お連れ様ですか?』


「違う、赤の他人だ。関係ない」


『そうでしたか、失礼しました。実はですね、一番くじのラスト賞がいくつか余ってましてね~。是非、コズミックエンジェル様にお持ち帰りいただきたいんですよ~』


 あ~……なるほどねと僕は察した。どうやらゲーセン荒らしである那波はゲームコ-ナーから歓迎されていないようだ。景品を根こそぎ収穫される前に、一足先に献上けんじょうして帰ってもらおうという魂胆こんたんらしい。


『コズミックエンジェル様? こちらへどうぞ?』


「ええい、仕方がないな」


 すると、那波は自分のがま口から千円を取り出し、僕に渡す。


「さっさと取ってしまえ。不甲斐ない結果は残すなよ」


「あ、ありがとう」


 那波は店員たちに誘導されるがまま行ってしまった。


「妹ちゃんって面白い子だね。全然、當間君に似てない」


「あいつは僕と違って母親似だからね」


「どおりで可愛いわけだ♪」


 那波……どうやら、結城さんに気に入られたようだぞ? 本人は嫌がっている様子だったけどね。

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