第15話 で・え・と?

「お、今日は早いね」


「結城さん待たせたら悪いと思って、少しだけ急いだんだ」


 うそつけ。本当は講義が終わると同時に、ダッシュで学校に来たくせに。なんて、口が裂けても言えない。


「既に待たされてるんだけどなぁ……って、これ言わない方がいい?」


「言葉に出したら、もう言ってるよ」


 あはは、と笑う結城さん。夜なのにテンション高いなぁ。


「さて、じゃあ続きやりますか」


 こうして、図書室で中断した数学を引き続き見てもらう。誰に遠慮することもないせいか、夜の教室ではかなり集中できる。先日、結城さんに預かってもらった、あの問題集がサクサクと進んでいく。

 ひと段落着いた頃、結城さんがふと口を開く。


「當間君」


「はい?」


「さっきの交換条件、覚えてる?」


「あ、確か……勉強みてくれる代わりってやつ?」


「そう、それそれ」


 謝る一心で考えもなしにオーケーしてしまったアレか。変な条件出されないかな?  ダンスでも踊ってみろ的な。苦手なんだよなぁ、ダンス。


「明日ね」


「あ、明日ですか……?」


 ドキドキ……何言われるんだろう?


「デートしてよ」


「で……で!?」


「いいでしょ? 土曜で休みなんだし」


 デートって、なんだっけ? 交換条件だから、良いものなわけがないし。きっと罰的な何かのはずだ。わかった、アレだな! 間違いない!


「『哀愁でいと』を踊れってこと?」


「なにそれ?」


「だから、田原俊彦の楽曲で『バイバイ、哀愁デイッ♪』ってやつ」

 

「それは求めてないんだけどなぁ……」


「え? じゃあ何が望みなの? ダート? 競馬の?」


「だから、で・え・と! デートっていったら、普通一つでしょ」


「えええ!?」


 僕は思わずのけ反る。だって、普通の一つと言えば、男女の二人が、映画見たりとか、公園で手つないだりとか……そんなことがあり得るはずがないじゃないか。


「あ、あ、ありえない……そんな、バカな」


「なによ、ご迷惑でしたか?」


 結城さんが不貞腐ふてくされれ顔になっている。


「いえ、違くて……その塾が……」


 馬鹿! バカバカ! 何言ってんだ! 二つ返事で了承だろうが、ここは!

 脳内の言葉と、口から出る言葉が信じられないくらいにリンクしない。


「一日くらいさぼってもどうってことないでしょ。この結城さんが勉強を教えてあげるんだから」


「はい……」


「それとも、本当に嫌なの?」


「い、いえ! そんなことないです! ぜひ、エスコートさせてくださいぃ!」


「わ、わかればいいの! 絶対だからね!」


 そう言うと結城さんは顔を背けて、教室を出て行こうとした。


「あの、結城さん? どちらへ?」


「か、帰るの! 明日、で、でえとの約束したし……夜かししたら勿体もったいないでしょう!」


「おっしゃる通りです」


 こうして、今日の勉強会は急遽きゅうきょ切り上げられる。校舎の戸締りを行ったあとの帰り道……ちゃっかり約束時間とか、待ち合わせ場所を念入りに打ち合わせておく僕であった。


(こんな千載一偶のチャンス、一生ないかもしれないからね)

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