第9話 進展 2

 結城さん、確か『今日も教室でね』って言ってたっけ? 


「…ま、…うま」


 もしかして、もう待ってたりするのかな? 信じられないな、あんな美女が僕だけを待っててくれるなんてさ。


「とうま!」


「あっ! はっ、はい!」


 塾講師じゅくこうしの怒号に、僕は慌てて席を立ち上がる。


「聞いていたのか? ここの解答は?」


「あの、ええと……」


 しまった。どれほどの間、ボッーとしていたのだろうか。

 数学講義の大半を聞き逃してしまっている。ホワイトボードに書かれている数式は解き慣れていない上に、今は頭が混乱し、解答など浮かび上がらない。


「なんだ? こんな問題もわからないのか?」


「す、すいません」


「普段何を勉強してるんだか……もういい、座れ」


 痛い一言を浴びせられ、そのままショボンと席に座る。まわりでクスクス笑う声が聞こえる。


(何をやっているんだか、僕は)


 顔が恥ずかしさで真っ赤になる。このままではいけない……そう思いつつも、講義の間、僕の頭は結城さんのことでいっぱいだった。

 こうして、塾が終わると同時にすぐさま学校へ向かう。時刻は昨日と同じ、午後8時を少し回ったあたりだ。


「よし」


 受験生の身でありながら、こんなウキウキしてはいけないというのに。そんな罪悪感を覚えつつ、僕は夜の裏門から校舎へと入る。鍵は……やはり開いていた。


(結城さん、よくこんな暗い学校に居られるな)


 暗い校舎に今日も怯えつつ、自分の教室の前へとたどりつく。


(え?)


 だが、予想に反し、教室の電灯はついていない。教室のドアを開けると、室内には誰もいない様子だ。


(う、嘘だろ……)


 もしかして、もう帰ってしまったのだろうか? だとすると、今、学校には僕一人? そう思うと、背筋が凍る。先ほどの恋い焦がれた気持ちは一気に消え失せ、僕は、今来た道を引き返そうとした。


 次の瞬間……。


「わっ!」


「おわぁぁ!」


 突如とつじょ、視界の前に誰か現れた。僕は一瞬の出来事に驚愕きょうがくし、うしろへとへたり込む。


「あははは、引っかかった~」


 放心状態の僕の目に、結城さんが指さして笑う姿が見えた。どうやら驚かせた者の正体は結城さんだったようだ。


「ゆ、ゆ、ゆ」


「幽霊じゃないよ~。みんなのマドンナ・結城ちゃんだよ~」


 ケラケラと笑う彼女に対し、僕は言葉をはっせないでいた。


「ごめん、ごめん。ちょっと驚かそうと思ってスタンバってたんだよね~」


「……」


「って、當間君? おーい、當間君やーい?」


「……」


「ちょ、當間君!? 大丈夫?」


「こ、腰が抜けた……」


「ええ!?」

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