第6話 帰宅 2

 暗くなった帰り道……僕らは二人並んで歩く。

 よく考えてみれば、女子との下校なんて生まれて初めてである。ましてや、それが学校一の美少女とくれば、なおさら信じられない。


「ねぇ、ねぇ、當間君! 星が綺麗きれいだよ!」


 そんな僕に対し、結城さんはマイペースさを崩さないので、それが幾分か救いになっている。結城さんが嬉しそうに夜空をゆびさしているので、僕もつられて空を見上げた。住宅やビルの隙間から見える夜空には無数の星が輝いていた。こんな都会からでも、美しい星空が見えるんだなぁ。


「本当だ、綺麗だね」


 ささやかだが、幸せな瞬間だった。この下校のときをみんなに自慢できないのが少しだけ残念である。といっても自慢する友達もいないが……。

 綺麗な夜空に対し、薄汚れた考えが脳裏のうりをよぎる残念な僕であった。


「ねぇ、学校楽しい?」


 唐突な質問を投げかけられる。何でそんなことを聞くのだろうか? そんなもの、答えなんて一つしかないのに。


「楽しい訳……ないよ」


「どうして?」


「僕は勉強できないし、根暗でモテないし、クラスに友達一人もいないんだよ。おまけに模試の結果だって最悪だったし」


「そっか」


「結城さんは……って聞くだけ無駄か。成績は学年トップだし、モテまくりで人気者だし、大学だって選び放題だもんね」


「私だって、別に楽しいわけじゃないよ」


「え?」


「當間君は勉強ができて、異性の注目の的になって、志望大学への進学が確実になったら幸せ?」


「だって、そうなれば努力なんてしなくていいし、人生ラクじゃんか。きっと幸せだと思うけど?」


「生きるって、そんな単純じゃないよ」


 不意に真剣になる結城さん。彼女の言葉がどういう真意を込めて言われたものなのか。今の僕では、正解など絶対に導き出せないような気がして、黙ったままでいる。卑怯な男だったかもしれない。

 空を見上げると、夜空はまだ輝いている。


「ごめんね、なんかしんみりしちゃったね」


「いや……」


 すると、彼女は数歩ほど前に踏み出し、勢いよくこちらを振り返った。


「よしっ! 決めた!」


「ど、どうしたのさ? いきなり?」


「私が當間君の勉強見てあげるよ!」


 結城さんが僕に勉強を? でも、なぜ? 今日初めて会話した仲だぞ。お互いの中もそんなに知らないというのに。


「またまた……冗談でしょ?」


「本当だって」


「信じられない」


「しつこいなぁ。そんなに嫌なら別に教えてなくてもいいんだけど」


「えっ、いや、そんなつもりじゃなくて……急だったし、そもそも教えてもらえる理由がないよ」


「理由なんている? 頑張ってる仲間同士じゃん」


「それはそうだけどさ」


「強いていうならね、誰かの為に何かをしてみたくなったの」


「誰かのために?」


「そう。その実験が當間君って訳」


「まぁ、よくわかんないけど。それだったら、まぁ、別にいいかな」


「素直でよろしい」

 

 そう言うと、結城さんは屈託くったくのない笑顔を浮かべながら、正面を向いて歩きだす。

 その瞬間、夜の風が僕を吹き抜けた。その風が何かを僕にプレゼントしてくれた、そんな気がして……なんだかすごく心地良い。


「すっかり遅くなっちゃったね。急ごう」


「そ、そうだね」


 僕らは足を進める。道中、結城さんは、僕らの町でメイン交通となるモノレールで登下校していることを教えてくれたので、学校の最寄り駅まで彼女を送る。


「じゃ、私はここで」


「一人で大丈夫? なんなら家まで送っていこうか?」


「家は降りた駅から10分ぐらいだから大丈夫だよ。それに、ほら! いざというときにはコレがあるよ」


 そういうと彼女はかばんから防犯ブザーを取り出し、僕に見せる。


「いつでもどこでも安全スイッチ~♪」


「そう……」


 こういうノリには不慣れなせいか。あまり気の利いた突っ込みを入れられなかった。


「當間君こそ、あんまり遅くなるとご両親が心配するよ。じゃあ、また明日ね」


 彼女は駅の階段をスタスタと上っていく。それを見守った後、僕もそのまま帰宅したのであった。

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