第6話 『柊の花は母の匂い』

ましろが、殻にとじ込もって約二ヶ月月程たった


僕の毎日の日課となった、朝と学校の帰りに、ましろの家によって、家に上がる事なく二階の窓に向かって『おはようと行ってきます』そして『ただいま』。


触ることが無かったスマホでメールを送る事も日課になっている。


日々の何て事ない出来事や風景をその場その場で送るようにしている。


返信があるかと思い何度も何度も、スマホの画面を見つめるが、返事はない。


『今日も返信は無いか……』


既読が付いている事だけが僕にとっての唯一の励みだった……


机に肩肘を付き、手のひらを支えに頬を据え、

ぼんやりと目に入ってくる景色は、誰も居ない校庭、来春に備えて凍てつく寒さに耐える桜木


目に入ってくる木々たちの葉はどれも枯れ落ち

落ち集まった枯れ葉は冬風に乗って遠い何処かへ消えていく。


その中で一際わさわさと葉が生い茂る木々を目にし、注意して見て見ると、小さな花を咲かしている木を見つける。


『ガラガラ』


寒さに悶え教室内にあるストーブを囲うクラスメイトの事を考えず、窓を開けてその木の事を見つめていた。


遠くではっきり見えないけど、小さく真っ白な花を咲かす木々に僕は目を奪われた。


『ちょっと!早く閉めてよ、寒いでしょ!』


『あっすまん』


当たり前の反応だ、急いで窓を閉めると居ても立ってもいられず、僕は教室を出てその木々に向かって走り出した。


『はっ……はっ……』


先ほど教室から見えた木は、近くでみると楕円形の形をして、とても綺麗に剪定されていた。


周囲が葉を枯らす中、葉わ生い茂り小さく綺麗な花からは、とても良い匂いがした。


『お母さんの匂いだ……』


懐かしく、切ない記憶を思い出させる、母の香水に似た香りに僕はその場に立ち尽くしている。


『御手洗、そんな所で何をしているんだ?』


声の主は担任の先生だった。


『いえ……この花が少し気になってて……』


『はっはー!上手いもんだろ、私が手入れしてるからな』


先生の誇らしげな笑い声は、余程自慢何だろう

久しぶりに僕の前で笑顔を見せてくれた。


『この木は何て言うのですか?』


『柊だよ、大体11月か12月頃に花を咲かすのだけど、今年は少し遅かったな』


『柊……』


突然の幼なじみの名前に心臓が『とくん』と胸打つ。


『それに凄く良い匂いがします』


『柊の花は香水にも使われるんだぞ』


『金木犀の匂いと似てるからな』


『それでな!それでな!』


『…………。』


それから先生の柊に付いてのうんちくが、容赦なく僕に襲い掛かった事はお察ししてもらう……。


『と言う事だ!』


『あっ先生ありがとうございます……』


『他に聞きたい事はないか!?』


『もう……大丈夫です……』


『そうか!寒いから早く教室に戻るように』


『はい……』


先生が去った後も、僕は柊の花をずっと見つめていた。


小さく、真っ白な花を咲かせ花弁は反り返っていて、周囲を囲む刺のある葉が、弱々しく咲く花を守る用に覆っている。


懐かしい香水の用な甘い匂いが、僕の鼻腔に

スーっと入ってくる。


その優しい香りが放つ、キリリとした香りに僕は『ましろ』の姿を想像する。


『柊ましろ……』 


小さく咲き誇る真っ白な花は、『ましろ』を彷彿させ、その周囲を襲いかかる用に葉の刺が囲む……。


『今のましろの状況みたいだ……』


しかしそれは本来の姿ではない、一番最初にイメージした姿こそ、本来の『柊』であり

『ましろ』の姿だ。


いつもであれば直ぐに写真をとって、ましろに

送って要るのだか、僕は写真を撮ることはなかった、かわりに一通のメール送りその場を後にし、教室へと戻って行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




『コンコン』


『ましろ具合はどうかしら?』


『うん、少しは良いかも……』


あの日から二ヶ月程たって、私の体調は少しずつ、ゆっくりではあるけれど回復している。


最初は会う事も怖かったお父さんとも、今は話す事が出来ている。


病院にも週三回通ってカウンセリングを受けているけど、今だ男性恐怖症は克服出来ていない


『一緒にお昼ご飯食べましょ』


お母さんからの誘いに、『うん』と頷き一階のリビングへと向かい、最近の定位置になった

ソファーに座り腰を落ち着かせる。


『優人君毎日、家の前から声を掛けているけど、聞こえているの?』


『うん』


毎日欠かさず、聞こえて来る声に返事をした事はないけれど、朝と夕に聞こえる声を楽しみに待っている私が要る。


『お母さん最初はびっくりしちゃって、思わず私が返事しちゃったのよ』


お母さんの、ひきつった表情に思わず私は笑みを浮かべる。


『優人らしいよね』


『大丈夫?嫌じゃない?』


『大丈夫だよ!』


『優人なりに私を元気付かせようとしてくれているの、だから私は嬉しいよ』


『ましろが良いなら、良いのだけど』


『でも目先を変えると、ストーカー見たいだよね!』


『お母さんは、なにも言えません……』


私にとっては嬉しい事だけど、例えば相手の一方的な思いで、優人と同じことをやっていると

間違いなく通報される……


いつか優人に教えてあげないと……。


『ピピッ』


スマホの着信音が鳴る、毎日定期的に来る優人からのメールだろう。


今だ一回も返信をしてない、いわゆる既読スルー状態に多少の罪悪感を持ちつつも、メールの内容を確認すると。


『ふふっ』


急いで打ったのだろう、誤字脱字が多い内容に思わず笑い声が出た。


『どうかしたの?』


『いいの』


伝えたい内容は分かったので、私は二ヶ月ぶりになるけど、優人に返信を返す事にした。


    『ーーーーーーー。』


たった一文だけど、進むスマホを操作する手が懐かしく感じ、私の中でひとつ前進出来た気がした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



『チリーン』


店内を漂うコーヒーの匂いを、肌身に染みる

冬風に乗せて外の景色を見つめる老紳士がいた


『おやおや、大分冷え込んで来ましたね』


『そう言えば、あの子達は最近来てませんね』


『仲直り出来ていれば良いのですが』


『若い子を前にすると、遂お節介にも』


『長話をしてしまいますね』


『お婆さんの癖が私に移ってしまった用ですよ』


『貴方にも見せてあげたかったですね……』


しっとりと口ずさむ声を容赦なく針指す冷たい風が老紳士の心にチクチクと刺さり、暖まっていた体温を冷まして行く。


『今日はもう店を閉めましょう』


ゆるりゆるりとゆっくり店仕舞いを始め、店内の明かりは消えて行く。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『うー寒っ……』


この日の授業も終わり、学校を出ると寒さは日が落ちていく度に冷えていく。


『くそっ、充電きれてるじゃんか……』


柊の花の事を知り、教室に戻るとひたすら、柊に付いて調べていたせいか、昼頃には充電が切れてしまっていた。


結局分からずしまいか……と嘆きつつ、日課であるましろの家に向かって足を進めていく。


相変わらずカーテンは閉まったまんまだな、もしかして俺の声は逆効果なのかと、最近は思いつつもある……。


でもそれならましろのお母さんから、何かしらアクションがあるだろうと、考えいつも通りに

声を掛ける。 


『すぅーっ』  


『ましろ、ただいま!』


『…………。』


やはり返事はないか、何の変化も見えない状況に、多少の不安と焦りの文字が僕の頭の中で流れて行く。


『焦るな俺!ましろはもっと大変何だ』


挫けて緩んで来ている心の楔を、再び強く打ち叩き、絞める。


『帰るか……』


僕はそのまま家に帰ると、凍えて冷えきった体を癒す為、風呂に入る準備に取りかかった。


『よしよし、後10分位もすれば入れるな』


準備を終えると、その足で二階の自室に向かい

充電の切れたスマホを充電して、部屋着に着替える。


そう言えば、お母さんの香水ってまだあるのかな?と、ふと思い出した僕は一階にある母と父さんの部屋へ向かう。


そう言えばここに来るのはいつ以来だろうか、母の死後、自室とリビングの往復が殆どになり

他の部屋に寄ることは無くなった、  


久々に開ける母の居たはずの部屋の扉の前に立ち尽くす。 


何だろう、ましろの部屋の扉に似た感覚が、僕を襲う、躊躇する手を制止し、ドアノブに手を回しゆっくりと開く。


部屋の中を漂う金木犀の匂いが、五感を刺激していく。


『変わってない……』


室内は母が居た頃と、全く変わっていなかった

いつも仕事に行く前に座っていた化粧台。


母が寝ていたベット……。


母のクローゼット……。


父さんが捨てきれず、残している母の遺品を目にして、僕は感じた。


母が無くなった日、父さんが来ることは無かった。


仕事の都合があるとはいえ、母の最後に来る事が無かった父さんに僕は怒りを覚えた。


でも葬式の日遺影の前で一人たたずむ、父さんの後ろ姿は、まるでどしゃ降りの雨の中、傘も指さずに大事な人を待ち続ける用にも思えた。


普段あまり多くを話さず、威厳のある父さんが

葬式の後僕に『すまない』と謝る姿は今でも思い出す。


『父さん……』


父さんなりにも突然の母の死に、思う事があったのだろうと思いながらも、母の香水を探して見る。


化粧台の方へ歩みを進めると、以下にも高そうな、化粧瓶を見つけた。


『GUCCI』と書かれた瓶を手に取り、蓋を外して軽く指先で押し込むと。 


華やかに薫る、花葉なの香り、記憶にある金木犀の匂いは亡くなった、母が目の前にいるように思える。


『懐かしいな……』


思いだして泣きそうになるが、今の僕は昔と違う、泣く暇なんて無いのだ、こんな姿を亡き母やましろに見せる訳にはいかない。


開いた瓶に未練を残さない用強く、しかし優しく蓋をして、元の位置にゆっくりと置いた……


もう二度とこの香水を、僕が手にする事はないだろう、華やかに薫る香りは母の姿を彷彿させ

僕の心の楔に緩みをもたらす。


乗り越えなくてはいけないのだ、くよくよした姿を見られては母に叱られる。


『お母さん、ありがとう』


そう告げると、僕は部屋を後にした。


部屋を出ると、風呂場から立ち上る湯気が、脱衣場付近に充満している。


『あっいけねぇ!風呂いれっぱなしだ』


急ぎ風呂場に向かうと、浴槽から溢れだしているお湯が、父と母の部屋で立ち尽くしていた、

時間を知らせてくれる。


急ぎ、浴槽に繋がる蛇口に手を掛け止めると、

『ふぅー』と行きを吐き、脱衣場で服を脱いで

誰も居ない事を良い事に、なみなみと貯まった浴槽めがけて飛び込んだ。




その後風呂を上がり適当にご飯を食べて、二階の自室に戻ると、普段点滅するはずが無い、僕のスマホが点滅している……。


『嘘だろ……』


狭い部屋の中を走って行ってしまい、テーブルの角で、脛を強打してうずくまる……


『だぁっーっつ』


ベットの上に置いたスマホまでの距離が遠く感じる、泣き叫ぶ弁慶を引きずりながら、ほふく前進で前に進む。


『うーっっ』


無駄な経路をたどって、手の中に納めたスマホを抱き締めて、暗く、中身を見せないスマホの画面に手をやると。


『新規メッセージ 柊ましろ……』


あまりの嬉しさに、目が飛びだした用に思えた

何度も、何度も、既読だけが続いた日々に、むなしさを覚えくじけそうになった日々から、要約報われる時が来たのだ。


歓喜で震える手をメッセージに向ける。



『コーヒーのブラックも美味しいね』


『はい?』


頭の中を駆け巡った言葉と何も一致せずに、僕は訳が分からず、画面をずっと見つめ完全にフリーズしてしまいその日を終える…………。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


12月20日 天気 曇り時々晴れ 


柊の花と出会った


懐かしく思う香りは僕を更に元気にしてくれた


記憶の香りに蓋をして別れを告げた


それと何といってもましろから返信が来た!


かってな想像をしてしまった僕は 


返信の内容に思わず固まってしまった


コーヒーはブラックの方が美味しいね?


どんな意味なのか、さっぱり分からない 


それでも返信があった事は嬉しかった!


ましろも少しは良くなって来てるみたいだ


僕ももっと頑張らなければ!


今日も僕は生きている。


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