第5話 『恐怖からは逃げられない』


『ましろ優人君帰ったわよ、今は私だけだから開けてくれる?』


母の声に気持ちを落ち着かせ、今だ震えている足元に力を入れて、立ち上がり扉の鍵を開ける


母は私を視界に入れた事で、安堵したのか表情は明るい。


『優人君の声は大丈夫だった?お母さん悩んだけれど、優人君の声なら大丈夫かもって思って案内したのだけど』


『うん、大丈夫だったよ』


『良かった、朝ご飯食べたら一緒に、病院に行ってみましょう』


『外に出るの……』


外に出る……今の私にとってこれほど、高い壁はなく恐ろしい。


『お母さんがずっと側に要るから、ましろの目となり耳となるから、お母さんを信じて』


そんな事を言われると行くしかなくなる。現状お母さんを頼らなければ、今の私は何も出来なくなっている。


『分かった……』


『さっ!一緒にご飯食べましょ』


おぼつく私の足を気にしてゆっくりと、ペースを会わせてお母さんは、階段を降りてくれる


二日振りに一階のリビングに到着すると、天気が良いのか、外から入って来る日差しが、何処か居心地が悪く感じてしまう。


以前の私なら、天気の良い日は今日は何をしようかと、一人はしゃいで両親から、うるさがられたのに。


突如として訪れる出来事は、私の心を蝕み、新たな私を作りあげてしまう。


リビングからは、台所に立つお母さんの姿が見えて、調理を始めたのか、嗅ぎなれた匂いがリビングを覆いつくしている。


まともに食べていなかった私の食欲を掻き立てていく。


『ましろ、出来たよ!冷めないうちに食べてちょうだい』


食卓に並べられたのは、私が大好きだった

ベーコンエッグと白いご飯。 


座っていたリビングのソファーから、体を起こして数歩歩いた後、食卓の椅子へ座り手を合わせる。


『いただきます』


食欲をそそる黒胡椒とベーコンの匂い、炊きたてならではの、粒が立ち揃い白い湯気を纏う白米は、思わず私の手をお箸へと自然に向かわせる。


一口、二口、口に運ぶと慣れ親しんだ味に、思わずほっとする。


『どう?食べれそうかな?』


『うん、美味しいよ!』


さらに一口、二口とお箸を進めていると……


何の前触れも無く頭の中で蠢く私を襲った男達の影が現れ。


聞こえて来る罵声に思わず、嗚咽感が容赦なく

胃の中に入れた食事を嘔吐させようと、私を襲って来る。


『んぐっっ』


『ましろ!どうしたの!』


このまま耐えきれず、戻してしまいそうな体に鞭を打って、握っていたお箸を投げ置き、びくびくと波打つ嘔吐感が襲ってくる中、走ってトイレに向かいそのまま……


『はあっ……はあっ……』


後を追ってきたお母さんが、私の背中を優しく擦ってくれている。


『ましろ……』


お母さんの声は震えていた、心配させまいと気を張っていたのかも知れない、突然娘に現れた症状に張り詰めていた心が、弾けてしまったようだった。


『お母さん……』


『無理して食べなくて良いからね』


『ましろの好きな物が良いかと思ったけど』


『ごめんね……次はお粥にしましょうね』


私に元気になって欲しいと、思い私の好きな物を作ってくれたのに、私ったら……。



その後は食事を取ること無く、病院に行くため準備をすることになった。


お母さんが洋服の準備をしてくれている。


私が持っていない、底の深い黒のニット帽。


お母さんがいつも、車を運転する時に使っている黒のサングラス。


『ほら!これと、これを着ければ少しはましでしょ』


『それと声が聞こえるかもしれないから、イヤホンでも付けておくと良いかも』


『後はお母さんに任せなさい』


先程まで震えていた声は、いつも通りに戻っていて、私は何でこんなにお母さんは強い人何だろうと、改めて知る事になった。


お母さんなりに私に気を使って、用意してくれた、ニット帽とサングラスをはめて、両耳にはイヤホン、口元にはマスクと完全防備は良いのだけど……隣に誰か居てくれないと完全に不審者だ。


『私も準備出来たわ、行こうか』


お母さんが運転する車に乗って、病院へと向かう。



病院に到着し、待合室で待つ間私はイヤホンの音量を最大まであげて、顔は誰とも目線が合わないようにうつ向いている。


その間もお母さんは、私の腕をぎゅっと抱き締めてくれていて、私はここに居るよと伝えくれている用に感じて少し安心出来た。


『柊さん、此方へどうぞ』


『ましろ、行くよ』


お母さんが優しく耳元でささやいてくれたのが分かって、私はよりお母さんの腕を強く握りながら、診察室へと向かう。


『お待たせしました』


うつ向いていて、表情はわからないけど、女性の先生だとは直ぐに気がついた。


『ましろ、女の先生だから安心して』


ゆっくりと、うつ向きながらサングラスを外しイヤホンを取ると先生の方へ視線を持っていく。


『こんにちは』


『ましろさん、始めまして私は貴方の味方ですよ心配しないで、少しお話をせんか?』


優しい声だった、おばあちゃんを思い出す用な懐かしい声に、どくんと心臓が跳ねる音が聞こえた。


『始めまして……柊ましろです……』 


『多少は落ち着きしたか。』


『はい……』


『ましろちゃんに何があったのかは、お母さんから聞いているから、何も言わなくて良いからね』


『はい……』


『ましろちゃんは、今お父さんと会うのが怖い?それとも男の人全員かな?』


『お父さんの事は怖くないです、でも男の人に会うと思ったら怖くて……』


『なるほどね、では例えばだけどね』


『ましろちゃんに大好きな恋人がいるとしようか』


『その、恋人がましろちゃんを励ます為に、会いに来てくれたら、どうかな?』


『嬉しいです……でも会うのは怖いです……』


『そうかい、では私の目を見てくれるかな?』


私はうつ向いていた顔を、恐る恐るゆっくと、上げて行くと、先程から質問をしていた老婦人の目を見る。


『私の事は怖いかな?』


老婦人が見せる表情は、私の心の中で消えかけていた灯火を、優しく包み込んでくれるようだった。


(おばあちゃん)


『怖くないです』


すると、老婦人は徐に机の引き出しから、写真の用な物を取り出して、私に問い掛ける。


『今から見せるのは、若い男性の写真です、

もし辛くなったら、直ぐに言って下さい』


老婦人の膝下に置かれた、写真がゆっくりと私の方に向けられる。


目の前に写る写真には、男性か女性か分からない中性的な雰囲気を漂わせる、人物の顔が写っている。


『どうかな?』


『少し怖いですけど、大丈夫です……』


『ではこれはどうかな?』


老婦人は一枚だと思っていた写真をずらすと、もう一つの写真を私に見せてきた。


『あっ……嫌……止めてください』 


もう一つの写真には、はっきりとわかる男性の写真が写っていた。記憶に焼きついた男の人の目線が私に飛び込んで来て、恐怖が再び蘇ってくる。


『ごめんね、辛い思いをさせてしまって。』


『これではっきりとしましたよ』



『ましろちゃん、貴方は男性恐怖症です』




診断が終わった後、診断書と薬を処方して貰い

病院を後にした……。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





賑わう教室の中、僕は一人魂を抜かれたかように、ぼーっと空を見つめていた。


暗く淀んだ空は、ましろの心理状態を表しているみたいで、僕の気持ちも何処か上の空で、全然授業の内容が、頭に入ってこない。


今朝いつもより、早めに学校を出てましろの家に行ったけど、ましろの母親から今は少し静かにさせてあげてと、言われ話す事は出来なかった。


その時にましろの母親から、学校に休学届けを出した事と、ましろの病気の内容を聞かされた



      『男性恐怖症』


発症原因はさまざまで、幼少時の苛め、父親からの虐待、男性から性的な虐待等たきにわたる


ましろの場合は、間違いなく強姦が原因だ。


ましろの気持ちも配慮しながら、声を掛け続けるしか、今の僕に出来る事は無い。



(何か良い方法がないかな?)


不安定なましろに、負担を掛ける事なく声を掛ける方法は……


『あっ!』


黙り込んでいた僕がいきなり、声を上げて教室中の生徒の視線が僕に集まる。


『すいません……』


最近目覚まし以外に触れる事がなかった、スマホの存在を忘れていた僕は、メールの存在を思い出した。


学校の中では電源を切っていたので、急いで電源を入れて、連絡帳を開く。


『登録先一件だと…………』


今思い返すと、母が亡くなった日、大切な人はもう要らないと誓った僕は、連絡先をお父さん以外全部消した事を思い出す。


(ばかやろー、昔の俺……)


履歴も全部消してやがる……誰かましろの連絡先知らないかな……。


ましろと中の良かったやつと言えば……


目線をきょろきょろとクラス中を見渡す。


(居た!この前サンセールで一緒に着いてきた女子だ!)


確か名前は、橘優花だったな……   


目的の人物を凝視すると、一人になるタイミングを見計らい、一人になった瞬間僕は飛び出した。


『あの、橘さんちょっと時間良い?』


『何どうしたの?』


『ちょっとこっちに来てくれ』


僕は橘さんに廊下に出て直ぐにある階段に来てくれと促した。


『用件は?』


『あの、だな……』


『告白なら、ごめんなさいよ』


『ちげぇーよ!あの、ましろのアドレス知らない?』


『なに?御手洗君幼なじみなのに知らないの?かわいそう』


『いや、知ってたんだけど、間違えて消してしまって……』


『私も聞きたかったのよ、電話もメールもましろ応答が無いのよ』


『質問に質問をしないでくれ、その件は俺の口からは言えない』


『交換条件よ!秘密を教えてくれないなら、私も教えない』


『そんな簡単に言える事じゃ無いんだよ……』


『私だってましろは一番の友人よ!聞く権利はあるわ!』


確かにましろと橘さんは中が良かった、けれど僕の口から言って良いことなのか?


けれど言わないと、連絡先を教えてくれないしな。


『分かった、但し絶対に他言無用だぞ』


『それがましろの為になるならね』


『実は…………』




内容を知った橘さんは、その場で崩れ落ちた、

涙ながらに僕に聞いてくる姿は、ましろの事を案じてだろう。 一通り合った事を伝えると橘さんは僕に、ましろの連絡先を教えてくれた。



家に帰ると、僕はましろにメールを送る事にした。


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体調はどうですか? 良いわけ無いよな……


病院に行ったと、お母さんから聞いたよ


今はゆっくり、休んで下さい


ましろが一人にならないように


朝と夜毎日家の前で声を掛け続けるよ


届くと良いなと思ってます。


直接会うのはまだ怖いかと思うので


何かしら、メッセージをくれれば


直ぐに従います


それでは、また明日。


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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


10月17日 天気曇り


ましろが学校を休学することになった


ましろが今抱えている病気は男性恐怖症だと分かった


男の僕が今のましろに会うのは、ましろにとって負担が多き過ぎる


少しずつでも、僕に出来ることをしなくては!


諦めずに頑張れ俺!


今日も僕は生きている。


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