第4話 『語り続けた思い』

『柊ましろ』に起きた悲惨な出来事を知った翌日。


部屋の中で鳴り響くアラームを気にする事無く

慣れな動作で止めて、体を起こす事無くじっと

天井の一点を見つめる。


僕は学校を休んだ。体調が悪くて休んだ訳ではなく、気分が優れないから休んだ訳でも無い。


『ましろ』の為に今出来る事は何か、何をすれば『ましろ』の為になるのか、一晩中眠る事無く考えていた。


ましろを拒絶し、置いていった僕が今さら出来る事何て、後悔した後に今さら僕が出来る事何て、今の僕にはその資格がない。 


情けない、意気揚々とましろの家に向かって、思いもしない出来事に悶絶まがいな状態になって声も掛けてあげる事もなく撤退した。


直ぐに諦めてしまう思考をどうにかしなくては、天国に居る母に申し訳ない。


『諦めるか……』


『ましろ』は諦める事無く、呆れる事無く、僕に声を掛けてくれて、ずっと僕を待ってくれ、手を指し伸ばしてくれた。


『諦める……諦めない』


今度は僕が、『ましろ』の為に何かをして上げないと行けない。


今の僕に何が出きるかは、正直分からないそれでも、動かないと何も始まらないか……


もう一度『ましろ』の家に行ってみよう。


勢い良く起き上がると、寝てないせいか、急激に起き上がったらせいなのか、立ち眩みが起きその場に少しうずくまった。 


一瞬暗くなっていく風景に目を凝らし、落ち着くまでの数秒間じっとこらえる。


目眩が落ち着くと、久しぶりに私服に着替えてそのままの足取りで、『ましろ』の家に向かった。




『ピンポーン』


前日とは違い指先が震える事は無かった。


『はい……』


『御手洗です、御手洗優人です』


『優人君?分かったわ上がってきて』


許可が出ると、僕は玄関の前に行った。


ゆっくり扉が開くと、応答してくれたのは昨日に続き、ましろの母親だった。


ましろが元気な時は、インターホンを押して僕の名前を伝えると、いつも小走りでやって来て

出迎えてくれたけど、今は……。 


『あの……すいません、もう少しお話を聞きたくて、来ました』


昨日の話の内容は、ほとんど記憶に残っていない、聞いていたはずなのに、『ましろ』が襲われた事にしか、頭が働か無かったからだ。


『どうぞ……』


ましろの母親に案内され、昨日と同じリビングに案内された。


『優人君、学校はどうしたの?』 


『少し気分が優れなくて休みました』


『そうなの……優人君まだお母さんが無くなったばかり何だから背負い過ぎては駄目よ』


違うんだ、母が無くなり落ち込んだ僕を『ましろ』は気に掛けて居てくれた。だから今度は僕が『ましろ』にお返しするんだ、背負わなくては駄目なんだ。


『あの日、自分がましろを置いて行かなければ、こんな事には成らなかったはずなんです』


声が震え出したのが自分にも分かった。

後悔の念が僕を戒め、謝っても許される事ではないが、ましろの母親には謝る事しか出来ない


『自分を攻めては駄目よ、着いていったましろも悪いのだから……』


『違うんです!僕が酷い事を言ってしまって、

だからましろは、落ち込んで……』


その先の言葉を僕は言えなかった。全ては己がとった行動によって起こった出来事に、僕は向き合えていない。


『優人君の気持ちも分かるけど、ちゃんと学校には行きなさいよ』


『優人君がその調子だと、お母さんも心配してゆっくり眠れないはずよ』


ましろの母親の優しい言葉が、ぐさぐさと今の僕の心に突き刺さってくる。


『あの、ましろとは話は出来ますか?』


『……。』


沈黙の時間は長かった、ましろの母親が僕の顔を見つめる表情には、恐れと、迷い、どちらともとれる、母が娘を思う気持ちが表れていた。


『あのね、事件が起こってから、ましろはお父さんでも怖がってしまってね、話す事も会う事も、とても怖がっているの』


『だから優人君でも駄目かもしれない、今日病院には行くようにしてるのだけど……』


ましろの精神面に何かがあった事は間違いない

それでも。


『ドア越しでも良いので、長くは話しません

駄目ですか?』


ましろの母親は、再び沈黙すると悩んでいるのだろう目を伏せている。


無理を言っているのは僕の方だ、まだ原因も症状もはっきり分かってない状況に、男性を恐れる娘の前に男をやるなど、さらに娘を傷つける可能性が高まるだけだ。


返答を待つ間、僕はましろの母親を見つめている、考えて考えているのだろう、表情が少し弱まり僕の方を見つめる。


しかしその表情には恐れを残し、正解が分からない選択に迷いは残っている中、言葉が聞こえて来る。

 

『もしかして、優人君なら大丈夫かも知れない、私も一緒に行くから、着いてきて』


ましろの母親の表情はいつもと違い、母の顔と言うか、力強い表情に変わり、僕をましろが居るであろう二階に案内してくれた。


『ましろ』に気を使い、二人とも大きな足音がたたないように、ゆっくりと足を運び。

ましろの部屋の前に立つと、母親が語りだす。


『コンコン』


『ましろ具合はどうかしら?』


『優人君が来てくれたの、もし起きていたら少し話を聞いてくれない?』


応答は無い、自信の殻に閉じ籠ったましろの状態を確かめるすべは僕にはない。


『じゃあ、優人君頼んだわよ……』 


僕は静かに頷くと、びっくりさせない用に、静かに声を掛け用としたが、気持ちがうわずり、声が大きくなってしまった。


『優人です!……ましろに何があったかは、ご両親から聞いたよ、僕があの日ましろに酷い事をしてしまって、ましろを傷つけて、悲しませたせいで……』


『ましろを大変な目に会わせてしまった』


『謝っても許される事では無いけど、謝らせてください』


『本当にごめんなさい……』『ごめんなさい』


『…………。』


『ごとっ』


『ましろには聞いて欲しい、何で僕が話す事をためらったのか』


『僕はお母さんの死後、大切な人を側に置く事を辞めたんだ』


『もう二度と大切な人の最後を見たくなくて』


『逃げたんだ、ましろの事も、友達の事も』


『いきなり態度が変わった僕に、友達はあっさり居なくなったよ……』


『でも、僕は安心したんだ……これで人と接する事無く生きて行けば、もうあの光景を見なくてすむと』


『けれど、ましろは僕から離れなかった……』


『拒絶する僕を、逃げ出す僕を』


『何度も何度も、手を指し伸ばしてくれた』


『僕は怖かったんだ』


『本当の事を話して、ましろに嫌われたらと』


『突き放して起きながら、僕はましろに嫌われたく無いとわがままな事を考えてしまった』


『だって僕はましろの事が大好きだから!』


『誰にも渡したくない、でも失うのが怖い』


『矛盾している、自分が分からなくなった』


『そんな気持ちを大切なましろに、ぶつけてしまった』


『でも僕は決めたんだ!大切な人を今度は僕が守るって』


『もう迷わない、拒絶する僕を、弱い僕を、見捨てずに、声を掛け続けたましろを僕が守るって』


『だから……ましろが元気になれるまで』


『僕は声を、掛け続けるよ!』




今だ応答は無い……。


今の僕に目の前の扉を開ける権利は無い。


固く閉ざされ、侵入者を許してはくれない。


視界に入る扉は僕が一言一言話す度に、固く閉ざされて行き、僕を遠ざける用に新たな扉がそそり立って行く用に感じた。


残された選択は、この場を去る……しか無かった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『コンコン』


優しく気遣うように私の部屋の扉をノックする音が聞こえる。


『ましろ具合はどうかしら』


お母さんの声だ。


『優人君が来てくれたの、もし起きていたら

少し話を聞いてくれない?』


あの日以降私は男の人が怖く感じてしまう用になった。  


部屋のカーテンを締め切り明かりが入らない、暗く孤独な部屋にとじこもって、布団にくるまり恐怖に怯えている。


忘れたくても、あの日の映像が私の頭に流れ来る、イヤホンを付けて私の好きな曲を流しても、直ぐにあの光景が流れてくる


私を襲い、逆らおうとも振りかざされる強い力餓えをしのぎ、ようやく食事にありつけた獣の用な瞳。


その姿を嘲笑うかのように、カメラを手にして撮影する男。


助けを読んでも届かない声。


奇跡的にあの場から逃げ切る事が出来たけど、襲われた恐怖からは逃げる事ができなかった。


『優人です!』


いきなり聞こえた男の人の声に私の心臓が、急激に心音を上げる。


でも何故か嫌ではない、聞き覚えのある声に私は外の世界の音を遮断していた、イヤホンに手をやって片側だけ外す。


小さくぼそぼそと聞こえる声に、耳をすますと

優人の声だった。


黙り応答しない私を気にせず、ずっと私に声を変え続けている。


話す早さは次第に上がって行き、声の大きさも徐々に大きくなる。


自分覆いつくす毛布を払い、ゆっくりと声が聞こえる方へ足を運んで行く、一歩一歩近づいて行く度、体が震えて行き足元がおぼつかなくなり座り込む。


それでも聞こえて来る声を近くで聞きたくて、がくがくと震える足を引きづりながら、扉に近づいて行き、扉に背を預けるような形になる。


(優人の声だ)


話す内容を聞いていると、優人がどんな気持ちだったかは、良く分かった。


大事な人を失う恐怖は私も知っている、仮にも今お父さん、お母さんが私の前から居なくなるって考えると私もどんなふうになるか、分からない。


『ましろの事が大好きだから!』


『えっ……』


唐突に投げ掛けられた言葉にびっくりし、震える唇も思わず声を発してしまう。


止むことのない優人の言葉は、私の心に流れている恐怖というむさ苦しい汚れを、人の手が入っていない秘境からわき出る、清らかな清涼が押し流してくれる感覚をもたらしてくれた。


それでも優人は向き合う事が出来た見たい、あの日私を支えてくれた優人がまた、戻ってきてくれた、嫌われるかもと思って声を掛け続けた事にも意味があった見たいで、ほっとした。


(優人やっと向き合ってくれたんだね)


それでもなお、後ろにいる優人に声を、姿を見せる事は出来なかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


10月16日 天気 晴れ


学校を休んだ


ましろと話がしたくて家に行った


声や姿を見る事は出来なかったけど


思っていた事は全て伝えた  


今度は僕がましろを助ける


何度だろうと諦めない。


今日も僕は生きている


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