第3話 『母が残してくれたもの』

朝玄関を出るとましろの姿は無かった。


昨日の事を思いだし、憂鬱な気分になりつつも

今日はましろに謝ると前日に日記に記した事を振り返り、覚悟を決める。 


学校に到着し、クラスに入って行くと『ましろ』の姿が無い。


滅多に学校を休む事がない『ましろ』だが、風でも引いたのか、もしくは昨日の事が……


僕のせいであれば早く謝る必要がある、詳しい原因が分からない僕は、教室の入り口で立ち尽くしていた。


悩み考えていると、先生が入ってくる。


『どうした御手洗何か悩みごとか?』


『ひやっ』


いきなり背後から先生の声が聞こえて、びっくりしてしまい、変な声が出てしまう。


『いえ!何もないですよ』


先生は『そうか……では早く机に座りなさい』と言うと黒板の前に立つ。


何も無いですよか……結局悪いのは僕であり、『ましろ』には謝らなければいけない、何でもあるのだ。



今日の授業も終わり、いつまでもくよくよしている自分に苛立ち自分を叱る用に頬を『ばちっ』と叩いた。


赤くなった右頬は、昨日泣き崩れ顔を真っ赤に染めた『ましろ』に比べれば何て事は無い。


直接『ましろ』の家に行こうかと思ったが、決心が付かず、くよくよしている僕はある場所を思い出す。


『そうだ、サンセールに行こう』


一番最初に思い付いた場所が、サンセールだった、あの老紳士なら相談したら聞いてくれるかもと思い僕は学校を後にした。

 




『チリーン』


『いらっしゃいませ』


相変わらず、深みのある低い声は僕の鼓膜を気持ちよく響かせる。


西洋風の作りの椅子に腰を掛けると、『ぎしっ』と木のしなる音が聞こえる。


『また来ちゃいました』


『いつでもいらして下さい。今日はお一人ですか、喧嘩でもしましたか?』


余りに的確に的を射ぬかれ、顔がひきつってしまう、人生経験の豊富さが違うのか、どうやら老紳士は全てお見通しの用だった。


『貴方の表情を伺えば直ぐに分かりますよ』


『その通りです、昨日の帰りに喧嘩と言うか、僕の方が一方的に彼女に対して、拒絶的にと言うか何と言えば良いか、無視してしまう形になって……』


老紳士は、にっこりとシワの多い顔に笑顔を浮かべて僕の話を聞いてくれている。


『そうですか、それはとても悲しい事ですね』


『悲しい事ですか?』


『大切な御友人ではないのですか?』


『人と人はコミュニケーションを取らなければ、何も意思交換が出来ませんよね』


『はい……』


老紳士は話だすと、注文をしていないのにコーヒーを入れだしている。


『神様は人間に、三つの知るすべを下さったんですよ。では貴方を例に話して見ましょう』


老紳士は僕に語り掛けると、右肩位に右腕を挙げて、拳を握り一本ずつ指を伸ばしていく。


『はい……』


『一つは目です、相手の表情、全体を見る事で、相手が今どんな状態か知り得る事が出来ます』


『二つ目は耳です、相手の声を聞いてどんな感情を抱いているのか知り得る事が出来ます』


『三つ目は口です、相手と言葉を交わす事によって、より相手の事を知り得る事が出来ます』


『この三つが揃っていても、相手と話している時に一つでも何か欠けていたら、上手くコミュニケーションは取れません。昨日の貴方は、三つの内どれか欠けていませんでした?』


的確な指摘に僕は思わず喉を鳴らし、口の中はからからだ。


『はいどうぞ』


鼻を刺激する、芳醇な香りがより一層と店内を包み込み気分が落ち着いてくる。


思わず手を伸ばし、淹れたてのコーヒーを口にする。


『にがっ』


昨日飲んだコーヒーより色はより飴色で、とても苦く感じた。


『はっはっはっ』


『昨日のコーヒーより濃く感じるのは、気のせいですか?』


『昨日のは若い方にも合う用に、少し薄めにしました。今出しているのが家の本当のオリジナルですよ』


大人の階段を登ったと思っていた、自分が恥ずかしくなり、徐々に顔が赤く色づいてくる。


『その……昨日の僕には口が欠けていました、話す勇気が無いんですよ、その子は僕にとってとても大事な存在で、居なくなってほしくないし、大事にしたい』


『でも大事な人を作ってしまうと、いつか必ず失う日が来てしまう、それは突然何の前触れも無く訪れて、残された者はとても苦しくて辛い日々を送らないと行けません』


『矛盾しているかも知れませんが、だから僕は大事な人を作る事を、側に要ることを辞めました』


老紳士の顔をみずコーヒーカップを見つめ、ぼそぼそと喋る僕の話を、優しく相づちを入れ老紳士は話を聞いてくれてた。


今言った内容は、端から聞くと『何を言ってるのだ』と思われるかも、知れないが今の僕は、結局どうする事が正しくて、間違いなのか何が何だか、自分自信決め損ねている。


話した事を、吟味してくれたのか、ゆっくりと頷き老紳士が口を開く。


『貴方は大切な人を失う事を恐れて、最も重要な事を忘れてはいませんか?』


投げ掛けられた言葉の意味が分からず、思わず首を傾け、頭を回すが返答が出てこない。


『貴方が失った人は、貴方に何か残してはくれませんでしたか?』


『……。』


『失った事ばかり考えていると、その方をとても悲しい思いにさせますよ』


『大事な人を失うのはとても辛い事です。けれども失った事を嘆くより、共に歩んだ人生の中で、その方が残してくれた事を大事にしていく方が両者共に幸せな道を歩んで行けると、私は信じておりますよ』


眠くなるような、揺ったりとした口調で話す、老紳士自らの経験談によるものなのか、語る瞳は儚げで、しかし力は宿し僕の心の隙間に『ぐさっ』と楔を打たれた感覚をもたらした。


『残してくれたものですか』


『はい、必ず貴方に残してくれた何かがあるはずですよ』


思い返す。母は突然死によって言葉を交わすこと事無くこの世から居なくなった。


当時僕は何も遺書等ない状態に、嘆き何もメッセージを残さず交わさず死んだ母に、多少の失望を持っていたのは事実だ。


あれから、僕は急死したときの為に、日々の出来事を日記に綴り、遺書まで書いた。


失った事によって僕にもたらした事ばかりを考えて、母が生前僕にやっていてくれた、残してくれた事を見ようとしていなかった。


指摘され振り返る。頭の中をゆらゆらと巡る母の記憶が蘇る。


小学校の頃お爺ちゃんが亡くなって、何が何だか分からなかった僕をずっと抱き締めてくれていた。


中学の頃おばあちゃんが亡くなり、失意の余り葬式場の外で泣いて居たときは、誰よりも先に僕を見つけて、ぐしゃぐしゃになった僕の顔を

抱き締め、『大丈夫、大丈夫、お母さんがずっと側に居るから』と泣き止むまで側に居てくれた。


毎日御飯を作ってくれて、洗濯をしてくれて、

部屋の掃除をしてくれて、学校の準備をしてくれて。


家から出るときは、『行ってきます』と言うと『行ってらっしゃい』と声を掛けてくれる。


僕の感情が頂点に達して、溢れそうな涙を我慢するのが辛くなってくる。


『お母さんが、僕に残してくれた物を思い出しました』


『はい、どうでしたか?』


老紳士の優しい言葉に、更に僕の涙腺は溢れだし、ぽたぽたと滴り落ちている。


『お母さんは僕に、母の強さ、優しさを残してくれました、僕に何かあると何故か直ぐに気づいて、寄り添ってくれていました』


『お母さんも無くした事よりも、残してくれた事を思い出して、喜んでいらっしゃると思いますよ』


止めの一撃を入れられて、僕はもう我慢出来なかった。


『すいません泣きそうです』


既に泣いていたのだか、老紳士の優しさに母の面影を抱いていた僕は、思わず宣言してしまった。


『泣きたい時は泣きなさい』


老紳士の普段見せない強い口調は何故か心地よかった。


『涙の一粒一粒には、悲しみ、苦しみ、怒り

喜び、心の中に溜め込んでいる、思いが詰まっているのです』


『涙が溢れると言う事は、自分の心に向き合っている証拠です』


『だから今は泣いても良いのですよ』


『はっいっ……』


僕は泣いた、店の雰囲気をぶち壊す程の大きな、声、嗚咽。


高校生の男子がみっともないと思われても気にせず、只泣き続けた。


今は泣き崩れる僕を抱き締めてくれる母は居ないが、僕が吐き出す心の叫びを見届けてくれる

一人の老紳士が居てくれている。


老紳士と話した後、心の中に貯まっていた灰色の雲は青空に晴れ渡り、今まで誰かに話す事を恐れていた、自分が馬鹿馬鹿しくなる。


ましろはずっと僕が話してくれる事を待っていたのに……


臆病な僕は、諦めず何度も手を差し出してくれている幼馴染みを振り払い、卑怯にも逃げだした。 


今度は逃げない。自分に向き合い、失う辛さから目を背けず、大事な人を守れる存在になると決意する。


『ごめん、ましろ。直ぐに行く』


『早く伝えて来なさい、今日のコーヒーは私からのプレゼントです』


時間がたち、冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干すと『ご馳走さまです』と老紳士に伝えましろが居るだろう、家に向かって僕は走り出した。





『はあっ……はあっ……』こんなに全力で走るのはいつ以来だろう、高鳴る鼓動は走っているからなのか、それとも緊張しているのか。


ましろの家に近づいて行く度に、鼓動がどんどんスピードを上げこのまま心臓が口から飛び出して来そうだ。


『はあっ……はあっ……あと……ちょっとだ』


普段走ってないせいか、走る際に上下し揺れる内臓達が悲鳴を上げ、横っ腹が痛くなる。


『はあっ……はあっ……つっ……着いた……』


目の前に見えて要るのは、小学生の頃から通い慣れた二階建ての一軒家。


押し慣れた筈のインターホンに指を伸ばす、小刻みに揺れる自らの手に力を込め制止する。


『ピンポーン』


上がりに上がった心拍数が体中に響き渡り、足元は膝から下が、がくがく震えている。 


応答が有るまでの時間の沈黙が、僕の呼吸を止めに掛かる。


二三十秒の静寂の後、家の主からだろう声が聞こえてきた。


『どちら様ですか……』 


この声の主はましろの母親だった。


小刻みに震える口、唸る喉に渇を入れ、僕は切り出す。


『あっ……あの、御手洗です御手洗優人です』


応答のあった声の主を知り安堵したのか、ましろの母親の声はいつもの調子にって戻っていく


『優人君ね、私の方から伺おうと思っていたの直ぐに入ってきて』  


僕の方が用事があるにも関わらず、母親の方から何故か僕に入るよう促される。


入り口の門の扉を開け、家の敷地内に入って、

玄関の前に立つと、ましろの母親が出迎えてくれた。


『さあ、早く上がって』


母親の表情は何故か、険しく暗い。ただならぬ雰囲気を醸し出している。


言われるがまま玄関に入り、リビングへと案内された。


僕の目に入ってきたのはましろの両親、そして知らない男性が二人。


知らない男性が堅苦しい喋り方で話掛けて来る


『君が御手洗優人君かね?』


『はい……』


動転した頭を回し、良くみてみると見覚えのある制服……


(警察官だ)


『昨日夕方6時30分位にましろさんが、芸能事務所と謳う男組に連れ去られ、強姦未遂の被害に遭いました。被害に遭う前御友人の優人君と会っていたと聞きましたので、少しお話を伺っても宜しいですか?』


『…………。』


『強姦って……』


『ましろが……』


『何で……』








覚悟を決めましろの家に向かったはずなのだが、神様は一度離した手を再び握る事を易々と許してはくれなかった。


その後は当時の話を皆の前で話、本来ならましろに一番に話すはずだった、僕の心情も包み隠さず全て話した。


ましろは二階の自室に引きこもり、誰にも会いたくないと、殻にとじ込もってしまったそうだ


その日ましろに会うことは出来ず、呆然としたまま家に帰る事になる。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

10月15日 天気 曇り


学校に行くと、ましろは居なかった


優柔不断は僕は直ぐにましろの家に向かわず

サンセールへ向かった


話をしてとても楽になった


ましろに会うため家に向かった


昨日僕が置いて帰った後、強姦に襲われましろは…………


何もかも悪いのは僕だ、また大事な人を失い掛けてしまった。


今回は自らが原因で。


どうしてあげれば言いか分からない


今日も僕は生きている






 


僕なんか死んでしまえ。

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