第2話 『サンセール』心を込めて

お気に入りの曲なのだが僕を不快にさせる。


聞きなれたメロディーが鼓膜に響いて来ると、必ず朝がやって来る。


苛立ちを覚えながら、僕はスマホに手を伸ばし少々過剰な力で画面を押す。


まだ霞んでいる目を凝らし、右手を目元にやり

おぼつく手付きで目を擦る。


ようやく視点のあった風景に僕はため息を吐く


母の死後、夢でうなされ悪夢を見る事が多くなった。


とても暗い世界に僕一人が取り残され、走っても走っても、見える人影に追い付く事が出来ない、誰かが僕を遠ざけるかの用に。


倦怠感のある体を起こし、床に乱雑に置かれた制服に着替えると、洗面台に向かう。


まだ10月とはいえ蛇口を捻り出てくる、水の冷たさは指先に痺れるような感覚をもたらしてくる。 


顔を洗うため両手を合わせ窪みを作り、水が溢れる程入ると、僕の顔目掛けてかける。

冷たい水でたるんだ表情は引き締まり、僕の心臓は鼓動を早める。


冷たくなった自分の顔に手をあてると、死んだ母親の事を思い出してしまう。  


ふと鏡の方へ目線が行ってしまう、写る姿は間違いなく僕で母親ではない。 


こんな事を毎朝繰り返してしまうようになっている。


母がいた頃は、毎日朝御飯を食べていたけど、最近は食べなくなった。  


今だ台所に行くと母の面影が見えて辛くなる。


それに二人で食べるには広すぎる食卓を目にすると、心の中にすっぽりと穴が空いた用に感じる。


準備が整うとそのまま玄関に向かい。

『行ってきます』と誰も居ない家に向かって挨拶をし玄関を出て行く。


外は日に日に寒さを増して行き、吐く息は白く体は縮こまっている。


家の敷地から数歩歩くと、幼馴染みのましろがたっていた。


『おっはよう!今日も寒いね!』


『来なくて良いって、言っただろ』


ましろの家は僕の家から、五分程歩いた所にあって、小さい頃から一緒に学校へ行ってた。

いつもは僕が向かいに行ってたが、あの日以降僕は行くことを辞めた。 


『だって、優人家に来なくなったじゃん』  


『二人とも高校生何だから、学校位一人で大丈夫でしょ』


『最近の優人おかしいよ、お母さんが亡くっなってか…』


僕はましろの声を遮る用に言った。


『うるさい!良いから僕に構わないでくれ』


心配してくれる幼馴染みに対して言う事じゃないと分かってはいるが、これ以上僕に関わって欲しく無かった。


ましろの表情は悲しげで、その場が気まずくなった僕は、ましろを置いて走って行った。


『優人……私だって……』




学校生活も一変した。


あの日起きたことは、先生しか知らないはずだが、ましろは何処から聞いたのか知っていた。


親通しの話で知ったんだろうと、僕は思ったが今さらどうだって良い。


友達とも僕の方から距離をとり、今は一人になる事が多くなった。


初めて学校で一人になる感覚を味わっているけど、やっぱり良いものでは無い。


自らが行った結果に対して、悔やんでもしょうがないが、今のまま生きて行けば大事な人の死を見ることは、父さん以外いないのだから。


一人思いにふてり、雲ひとつ無い清みきった青空にぶつぶつと、誰にも聞こえない声でぼやいて要ると。


『優人!本当に私を置いて行っちゃうんだから!私の足じゃ追い付けないよ』


急いできたのだろう、ましろは呼吸をあらげ、いつもは綺麗に整えられた、髪は乱れて制服もはだけていて、胸元からは成長著しい谷間が覗ける。


『おっお前!早くトイレか何かで鏡で自分を見てみろ!』と言う。


我に帰ったのか、ましろは自分の乱れた制服に目をやると、気づいたのか頬を赤らせて


『優人のエッチ』と言う。


『まてまて、これは不可抗力であって僕が服装を乱した事実は無い、従って悪いのは僕ではない、良いから早く直してこい』 


クラスの男子達も気づいたのか、学年のアイドル的な存在のあられもない姿に、皆声をあげましろを凝視している。


やっと分かったのか、僕に『ばか!』っと子供見たいに告げると、足早にクラス内を出ていく。


やれやれましろはもうちょっと、周囲からどんな風に見られているか知らないと今後が思いやられる、至らんことでわざわざ敵を作りたくないからな。


男子達の矛先は明らかに僕の方に向けられている。こんな時は知らんぷりが一番だ。僕は黙り作戦に移行していく事になる。  


それからと言うもの、授業が終る度に男子達が入れ替わり立ち代わりの質問攻めだ。決まって

僕は『知らない』『只の幼馴染み』『付き合ってない』を繰り返し言葉を嘆く。


今日の授業も終わり、そそくさと帰る準備をする放課後、また『ましろ』に捕まった。


『ねぇねぇ』


僕は無視をした。


『ねぇねぇってば!きーこーえーてーまーすーかー!』


ましろはぷくっと頬を膨らませ怒る顔はいつ見ても変わらないなと僕は思った。


『何だよ、お前のせいでクラスの男子から、散々なめに会ったんだからな』


『なになに!もしかして、私のおっぱい見てたから?』


にやりと浮かべる表示に、悪意を感じ少しいらっとした。


『違うわい!良いから何の用だよ』


『あのね!学校の近くに新しく喫茶店が出来たんだよ!だから優人に着いてきて貰わなきゃ行けないの!』


『何で行く事が既に決まってんだよ…』


ましろはさらに、にやにやと笑みを浮かべ楽しそうだ。


『だって一人で行っても楽しくないし、行く途中に暴漢に襲われたらどうするのよ』


『くっ……』


ましろは僕の弱味を知っている、昔からましろに何か会ったら行けないと、僕の方から注意し、時には着いて行くことも多々ある。それを逆手にとられた。


『分かったよ!聞いてしまったからには行くしかないな』


『よしよし!では出発!』


膨らませた頬は等に萎んで、はにかむと出るえくぼに少したれ目の顔は、さすが学年のアイドルだ。


二人とも準備を済ませ教室を出ようとすると、クラスの女子が言う。


『今からデートですかー!』


彼女はましろの友達の優花。不適な笑みを浮かべ、からかう用に言ってくる。


『違うよ、優人は私のボディーガードなの!』


くすくすとにやけながら言う言葉は、何処までが本気なのか分からない。


『あっそうだ!優花も来なよ!近くに喫茶店が出来たんだよ』


『私も暇してるから、行っちゃおうかな!御手洗君のおじゃまじゃなければね』


相変わらず人をおちょくる態度はやめない見たいだ、にやにやと笑みを浮かべ僕に目線を合わせてくる。


『お前が期待している事は何も無いぞ!さっさと行かないなら、俺は帰るぞ!』


ましろはぷくっと片方の頬を脹らませると、優花の両頬を優しくつねる。


『もう、意地悪しちゃ駄目だよ!良いから皆で行こう!』


それから僕達は学校を後にし、新しく出来た喫茶店とやらに向かい足を進める。


『ねぇ最近、御手洗君雰囲気変わったよね』


『あの日先生が来て早退していった日から何かおかしいよね、何かあったの?』


女の勘とやらは、時に鋭く察知し、デリカシーの無いことも平然と聞いてくる。悪気があっての発言でないだろうが、まあ行きなり態度を変えた僕も悪いのだが。


『そうか……あっあの日は家に泥棒が入ってだなー、何かと大変だったんだ』


別に真実を話しても、何も問題は無いのだか、何故か僕は、母親が死んだと言えなくて、ごまかしてしまう。


『へぇー泥棒かー何か大事な物でもとられたの?』 


『……。』


質問攻めは学校を出てもなお続いていたらしい


『優花そのぐらいにしなさいな、優人困ってるでしょ』


ましろは僕の気持ちを察したのか、質問攻めを止めてくれた。


『ほら!個々だよコーヒーの匂いが凄く良いでしょ!気になってちょこちょこ立ち止まってたんだけど、やっとこれた!』


店の名前は『サンセール』道端まで、漂うコーヒーの香りが鼻腔から入ってき、香ばしい香りは間違いなく芳醇なコーヒーを味わう事が出来る喫茶店だと教えてくれる。


『チリーン』


『いらっしゃい』


出迎えてくれたのは、年期がはいったシワに、年月を重ねた白髪、丁寧に整えられた口髭。漂う老紳士の雰囲気は、暖かみがあり僕の心を和ませてくれる。


『こちらへどうぞ』


室内はテーブル席が無くカウンターのみの作りになっている。

ましろいわく最近出来たと言っていたが、店内の内装は木製で出来ており、所々痛みくすんだ

色合いが年月を彷彿させる。


『あの……最近出来たばかりですよね?』


僕は捉え方によっては失礼になると思ったが聞いてしまう。


『気に入って貰えたかな?』


『私が店を構えるまで、ここは古い骨董屋さんだったのだよ。昔から通っていてね、そしたら店を閉めるって言うんで、私が譲り受けたのだよ』


『私も色々あってね、どうしてもカフェを開きたくて物件を探していてね、すると奇跡的にこの場所に店を開く事が出来たんだよ』


老紳士は何処か遠くを見つめ誰かに伝えているのか、少し悲しげな雰囲気を醸しだし、僕らに教えてくれた。


『ご注文はいかがなさいますか?』


『私はこのマスターお勧めケーキセットで!』


『私もましろと同じやつ!』


『僕はホットコーヒー』


老紳士は、人をなごます心地よい低音で『かししこまりました』とゆっくり告げると、なれた手付きでコーヒーをいれだす。


『ねぇ私カウンターのお店何て初めてなんだけど』と優花が言う。


『私も!初めて!少し緊張するね』とましろが言う。


『俺も初めてだよ、でもこのお店は何か落ち着く』


たわいもない女の子通しの話が始まり、取り残され僕は老紳士の手作業をずっと見つめていると、出来上がったのだろう。壁に備え付けられた食器棚に手を伸ばし、素人が見ても高そうな食器に、チーズケーキを乗せコーヒーと共に、カウンター越しから手をぬっと伸ばす。


『お待たせしました』


『わー美味しそう!記念に写真とろう』


女の子は何かあると、すぐに写メを取り出す。僕には理解出来ない、記念とか思いでとか、残すだけ後でむなしくなるだけだ。


『お待たせしました』


僕のコーヒーも出来たらしく、カウンターから手が延びてくる。


『皆さんお砂糖とミルクは必要ですか?』


『欲しいです!』 『欲しい!』


『僕は必要ありません』


女の子二人は、砂糖とミルクを老紳士にいれて貰っている。


『優人はブラック何だ!大人だね!前まではカフェオレしか飲んで無かったのに』


にやりと、はにかみながら僕に投げ掛ける


『コーヒーの味はブラックが一番わかるんだよ』


話を聞いていた、老紳士はにこやかな表情をし嬉しそうだった。ゆったりとした声で。


『どんな食べ物も、食べる本人が美味しいと思う食べ方が一番ですよ』


『コーヒーの苦味は好き嫌いがありますからね』


『そうですよねー』と二人とも声を揃え、老紳士に賛同していると。


『コーヒーの苦味はですね、何処か人生にも似ていて、苦しい事悲しい事を思いだすんですよ。苦い経験を乗り越えて行くことで人は成長し、コーヒーの苦味が心地よくなるんですよ』


三人とも老紳士の言葉に、飲み食いを忘れ聞き入ってしまった。


僕にも思い当たるふしがある、母の死語何故かコーヒーを飲むことが多くなった。甘いカフェオレが好きだったのだか今はブラックしか飲まなくなった。


喫茶店にいた時間はとても心地よく、時間はあっという間に過ぎて行った。


『ごちそうさまでした!』と告げると二人は先に店を出ていく。


『ごちそうさまです、あのまた来ても良いですか?』


『勿論ですよ、ぜひいらして下さい』


店内を漂うコーヒーの匂いを、大きく深呼吸して体に染み込ませると、僕は店を後にした。


『じゃ私は逆方向だから、ここで帰るね!』


『うん、また明日ね!』


『うーす』


それからの帰り道は、ましろと二人っきりになる。


少しの沈黙の後ましろは、ニコニコと笑み浮かべ話掛けてきた。


『コーヒー美味しかったね!また一緒に行こうよ!』


『おう…』


『優人少しは元気でた?』


『俺はいつもと変わらねーよ』


ましろの表情が徐々に暗くなっている事を僕は

気づかなくて、急に態度が変わったましろに僕は驚いた。


『そんなの嘘だよ!優人お母さんが亡くなってから、変わったもん。仲良かった友達とも話さなくなったし、私とも……距離をとるし』


穏やかだった僕の心は、再び騒ぎだしふつふつと苛立ちが込み上げてくる。


『何でお前がお母さん死んだの知ってるんだよ』


『お母さんから聞いたの……』


『そうか……お前には関係無い事だよ、俺の事は気にしないで良いから。俺に関わるな』


何気なし、ましろの方に顔を向けると、頬を赤く染め、少したれ目な瞳は溢れんばかりの涙を溜め、今にも溢れ落ちそうだ。


『関係無くないよ…関わらないって、そんな事出来ないよ……どうして話してくれないの

私じゃ駄目なの、私じゃなきゃ話してくれるの』


対面して話している顔からは、我慢して溜めていた涙がぼろぼろと溢れ落ちていく。いつも可愛いましろの表情は消えて、隠す用に顔を両手で隠し悲痛な声をあげる。


大事な人を失いたくないと決めたが、今目の前にしている光景は、ましろの涙。


大切だから、傷ついた姿を見たくないと、決めて距離をとった結果が、彼女を泣かせてしまっている。


(僕は一体何をしたいんだ)


自分が何をしたいのか分からなくなった、大切な人を失うのが怖いから僕は逃げる用に周囲から距離をとった。


でもその結果大切な人を悲しませ、泣かせている。


(僕は卑怯者だ)


ましろが泣き止む事は無い、溜めていた心情を吐き出したせいか、咽び泣き続けている。


『ましろ、大丈夫か』


『大丈夫じゃ無いよ!こんなに優人の事を心配しているのに、大丈夫じゃ何か無いよ』


『ごめん……それでも僕は……もう……』


『それでも話してくれないの』


『怖いだ、失うのが、居なくなるのが』


『何があったのか聞かせてよ……私も一緒に考えるからさ、二人で昔見たいに話したいよ』


『話ても、どうにもならないんだ、いずれ大切な人は居なくなってしまう。だから……』


『もう、これから僕に構わないでくれ……』


僕は逃げるように、その場から走って逃げ出した。まるで今朝合った事を繰り返しているように。


『ごめん』聞こえない距離なると、ぽつんと呟いた。


家に着いた頃には7時を過ぎていた。あれからましろは家に着いたか、心配になってきて。今更後悔している自分が憎らしい。


その日は夜ご飯を食べる事無く、風呂だけ入ると僕は、日課になっている日記を書き始める。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

10月14日 天気 晴れ


学校の近くに出来た喫茶店に行った


雰囲気が良くてとても落ち着く


老紳士が言った言葉がとても見に染みた


家に帰る途中、ましろを泣かせてしまった


話して欲しいと言われたが


大切な人を失う恐怖に、もう懲りたから大切な人を作らない


一人になりたいと言ったら、ましろは何て言うのかな


明日はましろに謝ろう。


今日も僕は生きている

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






『優人、酷いよ……』『ぐすん……』


優人に何が合ったのか、私は母から聞いた。


お母さんとの突然の別れに、優人は落ち込んでいるみたい。


周囲とも明らかに距離をとり初めて、一人になっている事も多くなってる。


昔の用にいつも、優しくておバカな優人に戻ってほしい。


私が辛かった時に側に居てくれたのは、優人だった、今度は私が優人を励まして挙げる番


だから、どんなに優人から拒絶されても私は諦めない。


そう誓ったんだ!



『すいません、少しお時間宜しいでしょうか』


一人とぼとぼと、歩いていると見知らぬ、男性が話しかけてきた。


どう見ても高そうな、スーツは普通のサラリーマンじゃないと教えてくれる。


『何でしょうか』


『私こう言う者ですが』


男が差し出して来た名刺を見ると、某有名事務所の名前が書いてあった。


『宜しければ少しお話をしませんか?』


『たまたま、先程御友人と口論になっていた所を見てしまったのですが、宜しければそちらの話も私で良ければ相談に乗りますよ』


今考えると、本当にあり得ない話なのに、冷静さを失っていた、私は簡単に着いて行ってしまう事になる。


その結果が私に一生のトラウマをもたらすなど知るよしもない。

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