木枯らしが吹く頃に

歓喜の杯

第1話 『愚かな僕』

突然にやって来る大切な物との別れは、人を苦しみ悲しませる。


       『風前の灯火』


消えまいと、耐え凌ぐ弱々しく淡い灯火の命。


季節の変化を知らせる心地好く冷たい、木枯らしは火種を大きくする事無く、命を消し去ってしまった。


変わらない毎日に何処か、刺激を求めていた哀れな男子高校生。


大事な物を失い何も残せない無念を知った僕は。


自信の『遺書』を書き留める。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




窓を開けると吹き込んで来る微風は肌寒く、いつもより強く僕を強ばらせる。耐えられなくなった、木々達の葉わ命を吹き吸われたように枯れ行き、力無くゆらゆらと落ちていく……。


クラスメイトの女の子が言う。


『ちょっと、もう夏じゃないのだから窓開けないでよ、寒いよー』


季節の変わり目は、たった一二週間で変貌し、全身を突き刺し、体内の水分を沸騰させる陽射しは姿をくらませた。


『すまん、何か風のしらせが聞こえてな!』


『……。』


『優人何言ってるの?それって虫のしらせですよ……』


間違いを指摘されると、クラスメイト達がくすくすと笑い始め、ざわざわと駆けめぐる笑いの連鎖反応が僕の羞恥心を刺激していく。 


僕の交感神経系のスイッチが入り、鼓動は徐々にリズムを早め血圧を上げていく、砂時計をひっくり返した程のスピードで、首筋からゆっくりと頭部に行き渡ると、見事赤面の完成だ。


『ちがっ……えーと、虫のしらせより、風のしらせの方が格好いいじゃん!』


『今さらフォロー入れても遅いよ、可愛そうに……』 


『うっ……』


『まっ……ましろー有り難う!これでまた一つ賢くなれたって訳だ!感謝するぞ』


どうにかこの場を乗り切ろうとおもったが、何を発しても、自ら罠に掛かる用なので誤魔化し、誤魔化しでこの場を何とか乗り切った。


『柊ましろ』とは幼稚園からの幼馴染みだ、見事に小中高と同じ学校に入り、今ここで僕に指摘してきた人物。


髪は艶々で日々手入れをおこなっていない証拠だろう、顔の輪郭も少女漫画のヒロインの用に整っており、スタイルも良い。


でも未だに彼氏の一人もいないらしく、幼馴染みの僕といる事が多い、本人に聞いてもいつもはぶらかされる。


すると、教室の端からすたすたと近づいて来る一人の男子が、他には目もくれず僕の前に立ち止まり、周囲には聞こえない程の声で。


『優人、今のわざとか?』と言う。


僕は『まじだ』と言う。


『でも良かったな!ましろちゃんに構って貰えて!』 


僕に発せられた言葉の意味を忖度し、『そんなんじゃねーよ』と言った。


『そっか』と告げると男子は、そそくさと自分の机に戻っていく。


あいつは恐らくましろの事が好きなのかなと、僕は思った、前から僕にましろの事を聞いてくるし、何よりましろを遠くから見つめている所を目撃した事もある、(応援してあげよう)と一人思い見ていると。


廊下が何やら騒がしい、僕の席は窓際の為見に行くにしても、少々面倒なのでその場にとどまっていたら、どうやら騒動の主は、この教室に向かっているらしい。


何事かと思い、クラスの皆は呆然と立ちつくしている。


殺人鬼にでも終われていたであろうが如く、廊下を(ばしばし)と叩き踏みしめる音が、教室の入り口で止まり、助かったと安堵したのか、深呼吸するかの用に、一呼吸あけてドアを開く、ゆっくりと。


『御手洗……直ぐに帰る準備をしなさい。準備が出来たら教えてくれ、私が家まで送る』


騒動の主はクラスの担任だった。 


日々の刺激を求めていた、僕は躊躇しながらも

何となく気がたちつつ、準備をした。


先生に声を掛け近づくと、相当急いで来たらしく、ワイシャツは発汗された汗によって、濡れて、額にも汗をたらし顔色が悪い。 


『準備出来たか』


『はい大丈夫です』


一言通しのやり取りが終わると、先生は僕の腕を強く掴み、そのまま校舎内にある自信の駐車場目掛け、僕を引っ張って行く。


いつも大人しい担任の鬼気迫る表情は明らかに可笑しい、何があったのかと言っても、答えてはくれない。僕の腕を握る力は強くなって行き

駐車場につく頃には、赤く腫れ上がって痛い。


『散らかっていてすまないな、乗ってくれ』


『大丈夫です』と言った


先生の車の中は、年式も古いせいか埃っぽくむずむずする。僕の事を気にする事もなく、先生は走り出した。ふと車の中を見ていると、先生の手に見いってしまう。強い力でハンドルを握っているのか、手の甲の筋がはち切れそうな位出ている。


僕はとっさに手を握り拳を固める、どんなに力を入れようとも、先生程には筋は出ない。何を先生は焦り、苛立っているのかと思い考えていると、静まり帰る室内の中先生は徐に話だす。


『御手洗すまん理由を告げず連れ出して、落ち着いて聞いてくれ。今向かっているのは家ではない』 


先生の表情は何故か悲しげで、自信に向けて言い聞かせている用に感じた。


『先生が何で謝ってるんですか?』


『今向かっているのは病院なんだ。』


『えっ……病院……ですか?』 


『御手洗のお母さんが職場で行きなり倒れたそうだ……話を聞いた所恐らく脳の病気だろう。今は病院に運ばれているそうだ。脳の病気は一分一秒を争う。すまない……私がもっと早く対応していたら……』

 

何も用意していなかった僕に打ち付けられた、事実はとても受け入れられるものではなかった。      


刺激を求めていた脳は容量越えてスパークしていく。  


考えたくもない想像が頭の中で響き亘り遂に声に出してしまう。


『おっ……お母さんは死んだのですか?』  


突如として放たれた口撃に、先生の表情は青ざめハンドルを握る手の甲の筋は、ぱんぱんに膨れ上がり今にも切れそうだ。 


唇を噛み締め、決心した表情に変わり先生が言う。儚げに。


『私の口からは何も言えない。』


『私に今出来る事は、私と同じ経験をさせない為に、御手洗を病院に連れていく事だ』


『そうですか……』そうですかと告げると、それから僕は喋らなかった。   


沈黙が続くの車内の雰囲気はどんよりと、はいいろの雲が掛かり、走るスピードは泥沼にはまった用に遅く感じ、目的地までが遠い。


先生は再び焦りの表情に変わって行き。右に左にと斜線変更を繰り返し少しでも早く着くように、運転をしているみたいだった。 


そんな中、学校から出て三十分位経ち、ようやく目的地の病院にたどり着く。


車から降りると、二人とも事前に示し会わせたかの用に病院の入り口目掛け走り出した。 


足取りは重い。泥沼にはまった感覚は、車を降りても続いており、頭の中は今だ真っ白で何も考える事が出来ない。


只真っ直ぐ、お母さんに会いたい思いが僕を前に動かしていく。


病院の受け付けに到着し、先生が言う。


『先ほど搬送された、御手洗幸恵さんの病室はどちらになりますか。私は御手洗さんの息子さんの担任です、隣に居るのが息子さんの優人君です。』


『少々お待ちください』と受付の看護士さんが言う。


ほんの二三分位だったか、いつもの生活ならばあっと言う間に過ぎる時間はまるで、砂時計を見つめながら三分間待つ用に、焦らされ長く感じそして苛立たしい。


『お待たせしました。三階の集中治療室になります。』


『分かりました。御手洗急ぐぞ』


『……。』


僕は言われるがまま、病院の中を駆け足で進み、エレベーターに乗る。三階に到着しお母さんが居るであろう、病室の前に到着する。


先生も多少は安堵したのか、少し落ち着いて見える。僕は相変わらず何も考えていない、目の前の扉を開くと。お母さんが居る、お母さんに会える、それだけが僕を動かす。


『御手洗、私はここで待つ』


『分かりました』


一言会話を交わし、僕はドアを開ける。ゆっくりと。


ドアを開け僕が目にしたのは、白衣を来た男の先生が一人、看護士さんが三人、見たことも無い機械が複数。


そしてベットで眠っているお母さん。


白衣を来た先生が言う。


『御手洗さんのお子さんですか……』


『はい』


『御手洗さんは、仕事中に突然意識を失ってこちらへ搬送されて来ました』


『病名は急性くも膜下出血です』


『私達も最前の手を尽くしましたが、症状はとても深刻で、行えるはずの開頭手術が出来ない状態でした』


『はい』


『……』


『大変残念な結果です……御手洗さんはお亡くなりになられました』


『はい?』


『ご親族の方が揃い次第詳しい話をさせてもらいます、それまでお母様の側に居てあげて下さい』


そう告げると、病室内から先生と、看護士さんは出ていった。  


一人になりお母さんの側に近寄ると、手を握る。母の手はまだ暖かみを残し今だ生きている用に思えた。お母さんの手を握る何ていつ以来だろうとふと思い、今度は顔を見る。


『うわぁ!』


安らかなに眠り、穏やかな顔をして亡くなった、おじいちゃんとおばあちゃんとは違い。


母の表情は苦痛に悶えていたのか、僕が来るまで我慢していたのだろうか、戦っていたのであろうか。


母の輪郭は歪み、目はうつろで、顔色は青白い、近所でも評判が良かった、綺麗な母の姿はもう無くなっている。


現実に直視した僕の脳は、糸を手繰る用に過去の記憶を走馬灯の如く駆け巡って行く。


おじいちゃんが亡くなったのは小学生の頃、大事な人の死を初めて体験した日だ。当時の僕は死を理解できず、只周囲が泣いているのを見て僕も悲しくなり泣いた。


おばあちゃんが亡くなったのは中学生の頃、死を理解できていた僕は、永遠の眠りに付きもう二度と愛らしい姿を見る事が出来ないと。 

泣き悲しみ苦しんだ。もう二度と大事な人の死をこの目に入れたく無いと思った。


駆け巡る。蓋をした記憶を思いだし涙が溢れ、下半身ががくがくと笑いだす。 


震えは叙情に上半身へ到達し、母の手を握る手に余計な力が入り熱くなる。 


震える喉は声を出す事を恐れ、溢れた涙が溢れて行き、握りしめ熱くなった僕の手と体を冷ましていく。 


母の体は何も反応してくれず、僕のすすり泣く声に耳を傾けてはくれない。


『お……母さん……僕……辛いんだ……』


『もう……大事な……人が……居なくなるのは』


『もう……見たくない……失う恐怖は……もう』


僕がお母さんの傍らで、崩れて壊れて行っている所を先生が目撃していた事を、僕は知らなかった。


翌日、僕の願いもあって母の葬儀は親族だけで行われ、母は天国へと旅だった。


元気だった母の突然の死を知り、人の人生など、いつ終わるか分からないと思い知った。

通常なら遺書等あるのだろうか、母が残すことは無かった。


まだ思い残した事を沢山あっただろう、行きたい所、やりたい事、見たい光景。 


突然にやって来る人生の終わりは、それを許してくれない。


母の死後、僕は遺書を書き、毎日日記帳と言うほど良いものでは無いが、学校で使うキャンパスノートに日々の出来事を書く用にした。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

10月10日 天気 雨


今日から日記を書く事にした。


大事な物を僕は失いたくない  


だから、友達も、恋人も要らない


もう一人で良いんだ。


変わらない日々など 


呆気ない程一瞬で唐突に


慈悲の欠片もなく訪れる 


僕は身に染みて実感した


今日も僕は生きている

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