0-3『牢獄』

気怠げな朝を迎えた。

朝であるらしいが地下な為光が差し込まない。

(……懐かしい夢を見ていた)

4年前、何となく彼女が疑問を投げかけたのに対し何気なく喋った答えが愛の告白だった。

それに対し彼女は寂しく笑いながら自分の身を案じた。

「……仕事に行ったのか」

見たところアリスはいない。

暇を持て余す自分は寝転がった。

此処ではこうする事しか出来ない。

街ではお祭り騒ぎだがそんな事奴隷である自分には何の関係もない。

「……」

昨夜アリスに遊ばせた杖が部屋の隅に転がっていた。

それを掴むと鼻先に近づけて匂いを嗅いだ。

「うわ。くっさ」

濃厚な軟体生物の臭いがする。

堪らず魔法を発動し水洗いするついでに顔を洗う。

終えると重厚な扉の音が響いてきた。

この階層に誰かが入ってきたらしい。

急いで板を懐に仕舞い息を殺すとコツコツと足音が聞こえてきた。


売春婦は人類史上最古の職業と呼ばれている。

旧くは神の恩寵を性交を通して与える者「神聖娼婦」としての聖職がある時代もあった。

身体を売る理由も様々でただの興味本位で行う者もいれば……。

「時間だ。」

「ヒッ!!」

このように借金のカタとして売られてきた者達もいる。

此処に居るのは例外なく不幸な境遇から堕ちた物達だ。

ある日家族から引き離された物、

家族から売られた物、

売られた先で飽きられた転売されたなどなど。

まぁ、俺のようにそれを乗り越えて外で名声を勝ち取る許可を与えられる者も居るが……。

「っ……!」

一時の迷いで逃げようとする物も出るのが生物の常。

彼女は寸で逃げ果せる為地上を目指した。

だが出口の反対方向に逃げようとしていたが。

何度目か分からない出来事。

「ふぅ……」

思わず溜息も出る。

瞬間通路中に響き渡る程の轟音が鳴り響く。

(……)

後ろを振り返ると通路の廊下には挽き肉が散らばっていた。

『……』

首輪の逃走を察知した石像(ゴーレム)が動きを止めたのだろう。

挽き肉の傍らには千切れた下半身が転がっていた。

壁には尖った耳らしき物がある。

(そりゃ森妖精(エルフ)が誰の助けも無しに生き永らえる訳がないよな)

昨日闘技場で殺めた男の事を思い出す。

彼の事は此処の支配人に聞いていた。

酷く笑顔が汚かったのを覚えている。

(ギィイ)

またこの階層に入ってくる者がいるらしい。

だが次は複数人だ。

「え〜と。ジューちゃんはここら辺?」

途中水溜りを踏む音が聞こえる。

彼等は汚れを気にせず目的の牢屋にたどり着いた。

「あ!ジューちゃん!!」

どいつもこいつも軽そうな見た目をしている。

リュションはその呼び方にイラついたが立場が立場な為に表情には表さない。

「毎度御愛顧ありがとうございます。ミズキ様」

ミズキ……この男こそアリスの飼い主だ。

「いやいや良いって良いって〜。

俺達は此処が大好きだから来てるのよ〜」

『無駄に』整った顔を緩ませヘラヘラと笑うこの男はこの街一帯を取り仕切る『領主』の:一人息子:だ。

早朝から馬車を走らせ昼頃に着くくらいの距離に大層大きな屋敷を構えている。

当然わざわざ来るのは面倒なので近場の宿場にタダで泊まっているが。

そうこう思案していると金貨1枚が牢屋に放り込まれた。

「金貨100枚ありがと!お礼に1枚あげちゃう!!」

……領主と言うからには当然この街の利益にも食い込んでいる。

実は昨日殺めたエルフは彼が親と共同で持つ【倉庫】から連れ出された通称『財布』と呼ばれる戦士の1人だ。

つまりチャンピオンだ何だのと持て囃されてはいるが所詮負け戦を亜人側がやらされているに過ぎない。

従者であろう男の右手にはパンパンに膨らんだ革袋が握られていた。

一般人が数ヶ月は遊んで暮らせる額が入っているだろう。

これはほんの微々たるもので彼が持つ闘技場での利益は凄まじいものがある。

まず席料金貨5枚。それが2000人分。

つまり1日目で10000枚の利益があり、

その中で褒賞になるのは昨夜観客席から投げ込まれた1000枚のうちの300枚の金貨だけ。

それも亜人と飼い主に対してのみで

モンスターが勝利したなら黒装束連中の食料がモンスター側の褒賞となり残り300枚は飼い主の物となる。

それを7回やるから1日で金貨15000枚分は利益を出す仕組みだ。

つまり月に金貨45万枚。年に400万枚。

それらは全て悪徳都市グランゼーラの懐に……もっと言えば土地を貸しているこの公爵家御曹司の財布に10%が入るようになっている。

奴は毎月金貨4万5000枚を自由に扱う事が出来る特権階級だ。

それなのに自分に与えるのは金貨1枚。

奴は100枚を抜き、残り200枚は滅多に顔も出さない領主が掠め取る。

「ありがとうございます」

指に嵌めた宝石の指輪が光る。

こいつの本業は宝石商だ。

闘技場運営はおまけでしかない。

憎々しげにそう考えていると従者の男がミズキに耳打ちをした。

た。

「そうだそうだ。今日はご主人、忙しくて来れないよ。アリスちゃんと楽しい夜を過ごすから」

「え?」

呆気に取られていると従者が牢屋の鍵を開ける。

リュションが何かを聞こうとするが彼はただ顎をしゃくり出るよう促すだけ。

『!!』

出た瞬間、動像(ゴーレム)が目の部品を紅く光らせ突進してきた。

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