0-2『人狼の青年と猫人の少女』

深い静寂に包まれた空間には革の靴が石床に擦れる音しか聞こえない。

蝋燭のカンテラの火しか光源がない薄暗い道路をローブを羽織る青年は歩かされる。

先導する屈強な男の腕には家畜を繋ぎ止める為の鎖が握られていた。





……次第に左右の壁に牢屋が見えてきた。

その傍らには石造りの動像(ゴーレム)が仁王立ちしている。



「入れ」

青年は有無を言わさず入らされた。

そして牢屋は鍵で閉められ男は去っていった。

一切れのパンを目の前に放り投げて……。

「……」

パンを拾い上げ壁にもたれて食す。

仕事終わりには決まってここで腰を下ろし遅めの夕食を摂る。

ポリポリと小刻みに良い音が寂しく響く。

ここは『奴隷都市グランゼーラ』。

永遠に続く白い砂漠は地平線の彼方まで続き、

点在する紅い水辺は白い広大な砂地を鮮やかに彩る場所にこの街は栄える。

主な経済は港より運ばれる奴隷達だ。



「……」

曰くこの都市は数百年前は大いに栄えていたらしい。

医療の最先端で長生きしたい金持ち達が集まっていて治安は最高だったと語られている。

だが、数代目の国王様がドジを踏んだらしくそのせいで元々住んでいた先住民達はならず者達に蹂躙され実権を握られた。

その暗愚な結果が今も尾を引き、黒い経済としてこの街を栄させている。

そんな厳しい環境に逞しく生きている青年がルージュ……。




直後足音が聞こえた。

ガシャンと音がし牢屋に『女の子』が入ってきた。

「あ!ジューちゃんお帰り〜」







少年のような声質をした少女が声をかけてきた。

特徴的な左右の虹彩色の瞳(オッドアイ)が青年を視界に捉えている。

口元の八重歯が快活そうな印象を与える。



だが、何故こんな所に少女がいるのか?

……それは彼女の外見を一目見れば一目瞭然であろう。




「お仕事お疲れ様〜お肩もんで〜」

彼女は目を細めて脱力している。まるで猫のようだ。

「……」

ローブの青年は少女の肩を揉み解す。

……嫌でも視界に入る魔石(クリスタル)製の奴隷首輪と

過激な衣装から垣間見える胸元の紋様が

一目で奴隷である事を察せさせられる。

だが彼女が異質なのは元来生えているだろう耳にあった。

……彼女の耳は切り取られていた。

もしも、逃げ出した時の場合に直ぐに判別をつかせる為の処置だ。





「どうしたの〜ぎこちないけど〜〜??

ますます目付き悪くなるぞ〜」




「猫人(ヒューマンキャット)様は名前も覚えられない

ド低脳なんですか?」





……性奴隷は大変な物だとつくづく感じさせられる。







その言葉にムッとしたのか少女。

後ろに見える猫の尻尾が切実に感情を現し始めた。

息をはいた時に頬のヒゲがピョコンと動く。




「またまた〜犬に愛称をつけるのは当たり前じゃないか。

人狼(ヴェアウルフ)君♪

それとあまり僕の事を馬鹿にしてると

御主人に言いつけて給金を減らして貰うよ〜」





「女がボクなんて言うな。

歳を取ってから目も当てられなくなる」





「っ〜〜……」

手首がワナワナと震え尻尾が荒ぶる。



「僕にだってアリス・ウワンガって名前があるのさ!!」

アリスの身体は青年に襲い掛からんと身を投じたがそれを躱した。


「ぶべっ!!」

当然壁に激突した。

追撃として寝転がって痛がるアリスの欠けた猫耳を強く摘む。


「あだだだだだだ!!??」



「俺にはリュション・ヴォレ・ルージュって名前があるんだ。分かるか」

耳元に手繰り寄せて声をかける。

指に伝わる何とも言えない感触が心地いい。



「ごめんなひゃい!ごめんなひゃい〜〜!!」

「たくっ」

指を離すとアリスはゴロゴロと床に転がり距離を取った。

距離を取る際にアリスは感情が昂ぶったのか

猫人(ヒューマンキャット)の本性を現していた。


「シャーッ!!」

威嚇の構えを取っている。

八重歯がより鋭く猛獣の牙のように太くなっている。

「今日は疲れてるんだ。落ち着けよ」

声を掛けてもより一層毛を逆立せるだけ。

観念したリュションは懐から『丸く平たい木の板』を取り出した。



「フン」

突如掌から『黒い魔法陣』が現れ板を包み込んだ。

それは掌の上でみるみる根を張り巡らせ杖を形作りそこの先端から相応の『蕾』を実らせた。



……世界には『魔法』と言う物がある。

特にこの色は最も嫌われている。

生活していれば嫌でも分かるだろう。




「わふっ!???」

そんな思いを余所にアリスは目をギンギンに輝かせた。

興奮が冷め止まない様子で尻尾がブンブン振られる。

そんな様子を見てリュションはそれをアリスに見せる。

アリスは右や左に移動する枝を犬のように見つめる。

「……欲しいか」

「ホシイデスホシイデスゴシュジン」

「いや。お前の方が立場が上だろ」

そう注意してもアリスは既に上の空だ。



「お手」

「ワン!」

「おかわり」

「ワフ!」

「……お前は俺の事が大好きか?」

「ハイ!!」

「……そうか」


流石に動揺したのか目を見開く。

そんなリュションの動揺を余所に足元で寝転がるアリス。


「今日も一匹、殺した」

枝を放り投げ心情を吐き出して石床の上に寝転がる。




「……ちなみに嘘じゃないよ」

振り返ると人間状態のアリスがリュションを見ていた。

69(シックスナイン)のような体勢な為妙に色っぽい。




「僕は君の事が大好きなのさ」

そう言って後ろから抱き締め頬擦りをしてくる。

(ゴロゴロ)

満足した様子で目を細め鳴いている。

その様子は猫と言うより犬だ。



初めて会った時と同じ事を言っている。

住処を奪われ、居場所のない子供を飼うようにご主人に進言をしてくれたお陰で今も生き長らえている。

そうだ。今生きているのはアリスのお陰だ。

(……)

アリスの首輪をチラリと見た。

「趣味が悪いな」

そう呟いて瞳を閉じる。

「ハハ……」

そんなリュションを見たアリスの口からは渇いた笑いが漏れたのだった。








◇◇◇


それはこの地に旧くより伝わる『伝承』……。

これは『陰と陽の御伽噺』と呼ばれる神話。




◇始まりは『二色』の色だった◇


◇その地には『黒き者』と【白き者】が居た◇


◇『黒き者』は力ある柔和な男だった◇


◇反対に【白き者】は知恵はあるが荒くれた女だった◇


◇彼等はれっきとした兄妹であった◇


◇彼等には尽きる命が無く容姿は変わらないままだった◇


◇この世界にはまだ黒く小さな光や

白く大きな光は無く彼等が世の光であった◇


◇彼等は次第に自分と言う存在に疑問を見出し

親と言う存在を探し始めた◇


◇だがその世界を隈なく探すのには

時間はあれど眼は足りなかった◇


◇その為に彼等は自らの手で(眷属)なる者を作った◇


◇兄は妹の自由奔放さを羨ましがり(引っ張る者)を造った。

彼等は『死者の兵団(エインヘリアル)』と名付けられた。

その頭には『黒き紋』が宿った◇


◇妹は兄を心の底では尊敬していた為(戒める者)を造った。

彼等は『使徒(キューピット)』と名付けられた。

その手には『白き紋』が宿った◇


◇こうして彼等は自らと正反対の僕(シモベ)を作り出したのだ◇


◇双方はそれに見合った役割で自らの出生を探り

ついに兄妹はそれを成し遂げた◇


◇だが柔和な兄が豹変し

その手柄を自分の物にしようとした◇


◇その為妹は非難し兄はそんな妹に決着を申し出た◇


◇二人は持ち得る知恵と力を以て

『白黒はっきりさせる』事にした◇


◇それがこの世界より初めて起こった『戦』であった◇


◇兄は妹の『知恵を盗んだ』◇

◇妹は兄の『力を学んだ』◇


◇兄は『引っ張る力ある者』に知恵を与え

それは『魔族』となった◇


◇妹は『戒める知恵ある者』に力を与え

それは『勇者』となった◇


◇彼等は今まで生きてきた中で

かつてない程の兄弟喧嘩をした◇


◇そして喧嘩は妹の勝利に終わり

兄は妹に下された為に世から隠れた◇


◇……このように混沌とした世は

白き者の力により真っ白となった◇


◇妹は兄を探す為にこの地を去った◇







◇去り際に彼女は『見定め』種子を世界にばら撒いた。

それは大地に根差し『陽の光』と

彼女の『涙』により育てられた◇


◇ついに種子は『五つの花』を咲かさせた◇


◇◇◇



これが此処『ユグドラシル大陸』に根付く『神話』のあらまし。

『ギルド』曰くこれら壁画に描かれた絵と古代文字と同一の内容が全国の洞窟に分布しているらしい。

……故にこの地に住まう知恵ある生物の全てが『女神』の存在を崇めているとか。

学者の中にはこの世界に『魔法』と言うモノが齎されたのはそこからだと説を押す者もいる。




「でもさ〜チャンスだったじゃん?」

『伝承の書』を捲っていると寝転がるアリスが話し掛ける。


「首輪を外されていたんだったらそのまま逃げる事だって訳無かったし〜」

ジャラジャラと煩い音が響く。


「……お前には借りがあるからな。

俺が逃げたらお前が処分される」


「あれれ〜?その口ぶりからするともしかしなくても僕に惚れてるんじゃあるまいか〜?」

「……そうだよ」


「……じゃぁ、僕が死んだら逃げられる決心がつくって事じゃん。


……君はこんな所で燻ってたらいけないんだ。

なんたって『狼の宗主』なんだからさ」


映像がフラッシュバックする。

焼印で刻まれる奴隷の証。

緑豊かな森で住んでいた頃の記憶。



同胞達に傅かれていた時の自分の姿を。

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