第4話 交換条件 後編
お昼を食べた後、紫は別の友達とともにカフェへと行くとのことで別れた。
まだ授業もなかったので学生課へ行き先程の定期券の落し物を届けに行くことにした。
「すみません」
「はい。どうしましたか?」
学生課の紛失物取り扱いの窓口へとやってきた。自分のデスクの方で仕事をしていた職員が窓口へやって来て対応をしていた。
「定期の落し物なんですけど」
「それでしたらこの名簿に落し物の名前といつどこで拾ったかをお書き下さい」
横に立てられていた名簿を取り出して渚の方へと持ってきた。
ボールペンを渡されてそこに記入しようとした時後ろから慌てた様子の女性がやってきた。
「あ、それ私のです!」
「あなたは確かさっきの…」
その女性というのは先程食堂にて席が空いているかどうかを聞いてきた瞬佳に似た顔の眼鏡をかけた女性であった。
こんなにもはやく再開するとは思わなかったが、落とした物が無事にかえすことができて渚はほっとしていた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます!本当に助かりました!」
深々と彼女は頭を下げた。なにはともあれ定期がなければかなり不便であるため、早く見つかって良かったと感じていた。
「あの何かお礼を」
「お礼なんて!大丈夫ですよ!」
手を振ってお礼を断ろうとした。そもそも、お礼のためにやった訳では無いため、そんなつもりは微塵もないのである。
しかし彼女の方も食い下がろうとはしなかった。
「でしたら、連絡先を交換してもらってもいいですか?もし困ったことがあれば、私に言ってください」
「え?や、そんな気にしなくていいですって」
しかし彼女はもうスマホ出しており連絡先を交換する気が満々であった。
仕方なくコミケアプリの連絡先を交換したのだった。
「よかった…これで…」
雅美は、ぼそっと渚には聞こえないような声で呟いていた。まるで自分の思い通りの結果に満足するような顔をしていた。
「それと、これ貰ってください」
彼女はバックから小さなブルーベリー色の熊のぬいぐるみストラップを渚に渡してきた。
いきなりそのようなものを渡された渚はキョトンとしていた。
「私が作ったものなんですけど、お礼にもならないですけど貰ってください」
「でも、君のなんじゃないの?」
「私は別に持ってるから」
そう言って別の熊のぬいぐるみストラップを取り出して見せてきた。
こちらのはチョコレート色をしていた。
「もうこんな時間…またね?渚くん」
「あぁ、またね…」
そう言うと、彼女は綺麗な髪をなびかせつつ忙しそうに何処かへと言ってしまった。
やはりどこか瞬佳に似ているきがしていた。双子かといえる程であるが、性格はあまり似てなさそうである。
「…?そういえば、俺名前言ったっけ?」
渚の言う通り自己紹介をした覚えは全くない。にもかかわらず、彼女が何故渚の名前を知っていたのか。
それを渚が知るのはまだ先の話である。
◇◆◇◆◇◆
授業を終えた渚は特に何もすることもなく家へと帰って行った。
家に着くと当然のように瞬佳が料理を作っていた。
「おかえり渚くん。お風呂沸かしてるから入って大丈夫だよ?」
「ありがとうございます瞬佳さん」
もはやいるのは違和感が無くなっていた。というのは嘘にはなるが、慣れているため突っ込む理由も無くなっていたのだ。
換えの下着と寝巻きを用意して風呂場へと向かおうとした時、ぬいぐるみのストラップの貰ったこと思い出した渚はバッグの中で潰れないようにテーブルの上に出すことにした。
「さてと風呂はいろーっと」
テーブルに置かれたストラップはまるで渚を見ているようだった。
入れ替わるように皿を持ってきていた瞬佳が先に置かれたクマのストラップに目をやった。
その時、彼女に戦慄が走った。その弾みで皿を割ってしまった。しかしそれよりもストラップの方に目がいっていた。
何かそれにトラウマかそれとも嫌な思い出でもあるのか、あまり表情をはっきりと出さない彼女がこの時は嫌悪感のようなもの顔にしていた。
「どうして…どうして《これ》が…!!」
思わず手に取りそのストラップを凝視していた。
「間違いない…これは…」
瞬佳にとっては見たくもない存在。それを見る度に嫌な記憶が思い出される。
過去の記憶が彼女の中に次々と思い出されていった。
「うっ……!!!!」
激しい頭痛が彼女を襲った。ぬいぐるみのストラップから手を離して頭を抱えていた。
大切なものを誰かに傷つけられている。そんな描写が彼女の頭の中で広がっていた。
「絶対渡さない…!もう二度と…!!」
床に落ちたクマのぬいぐるみのストラップは瞬佳の方を見ているようだった。
その表情は造られた笑顔であったが、この時に限れば、まるで彼女を嘲笑うかのように見えたのだった。
ハングリースパイダー 石田未来 @IshidaMirai
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