第3話 交換条件 前編
目玉焼きは半熟で胡椒を味付けにするのが主義という蝶野渚は今大変なことに遭遇している。
それは、綺麗な艶のあるロングヘアの妖艶な雰囲気を醸し出す美女
それも布団の中での出来事だ。毛布をめくると瞳を閉じて可愛らしい寝息をたてている彼女がいたのだ。
「な、なんで!?」
そもそも、渚の部屋にはしっかりとした高級マットレスのシングルベッドがある。
対して、渚の寝ている布団はありふれたものである。どう考えても、ベッドの方がいいに決まっている。
それに、ベッドは瞬佳に譲っていたのだ。
本当のところならベッドで寝たい渚ではあるが女性を床では寝させられないという紳士心をある意味踏みにじられたのだ。
「ちょっと!瞬佳さん!なんでこっちで寝てるの!?」
「うーん…、、んぅ?あぁ…おはよう渚くん…」
そこそこの強さで瞬佳の身体を揺さぶり起こした。しかし、寝ぼけているのか渚の顔みてニッコリとした顔で挨拶をしたかと思えばすぐに眠りについた。
「起きてください!ちょっと!色々当たってるし!」
「うーん…寒い…」
抱きついている瞬佳を必死に切り離そうとするものの、磁石のような強い力でくっついてるかのようにびくともしない。
それだけではなく、女性特有の柔らかさが布越しでも鮮明に分かるのだ。
このままでは、頭がおかしくなりそうであった。
春とはいえまだほんのり朝は肌寒い。だから、暖かさで起きれないのは誰しも分かる。しかし、このままでは渚のリビドーが爆発しそうであった。
「た、耐えろ…耐えるんだ!ペースに乗せられたダメだ!」
「渚くん…」
そう言うと瞬佳はさらに己の身体を押し当てていく、琴海ほどでは無いものの、形張り、大きさがバランスの良い胸が渚の鍛えられた身体に押し当てられていく。
「ふぉ!ふぉぉぉぉ!!!!!」
全身を絡みつかれた渚は、快感と恥辱という二つの感情に支配されていったのだった…。
◇◆◇◆
その後目覚ましがなったおかげで、瞬佳はさっきの行動が嘘のように、ピリッと目を覚ましたのだった。
一方の渚は枯れた朝顔のように萎んでいたのだった。
「大丈夫?渚くん?」
「まぁ…なんとか…」
朝から疲れきっており、先が思いやられそうになっていた。大丈夫と心配された渚だが彼女そうなったのものそもそも彼女があのような行動に出たからである。
それはさておき、瞬佳はいつものエプロン姿で朝ごはんを作ってくれており、申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる。
「もうすぐできるから、待っててね?」
「ありがとうございます…」
渚もさすがに毎回毎回作ってもらい申し訳なさを感じており、自分でするという言おうと思っているのだが、いざ瞬佳を前にするとその言葉が出てこない。
自分のヘタレさに嫌けが指していた。
仕方なく、渚はスウェットから私服に着替えることにした。
とりあえず、上を脱いで裸になった。渚は元体操部なだけあってかなり引き締まり尚且つバランスの取れた彫刻のような筋肉をしていた。
それに加えて、少し童顔で中性的な顔立ちをしており、歳上からモテそうな顔をしていた。
「うぉ…。全部丁寧に畳んである…」
タンスを開けるとそこには一つ一つ綺麗に畳まれた渚の私服があった。しかしおかしな所などなんら感じない。
ではなぜ驚いているのか。それは簡単なことである。渚は服など全く畳んでなどいない。ましてや洗濯もした記憶もない。
全ては南雲瞬佳が洗濯をして干して畳んだのである。
「もしかして下着も…?」
気になった渚は下着の段も引いてみることにした。
すると先程と同じ綺麗に畳まれているパンツなどの下着類がそこにはあった。
そのことがわかった渚は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていた。
「あはは…。死にたい…」
デリケートな部分までも彼女に知られてしまっている気がして恥ずかしさというキャパなどとうに超えていた。
「ま、瞬佳さん…」
「どうしたの渚くん?」
台所で料理を作っていた瞬佳は渚から呼ばれてすぐに彼の側えと駆け寄った。
長く艶のある黒髪を結び下ろしエプロン姿の彼女はまるで美人の新妻のように瑞々しさと可憐さがあった。
「あの…服とか下着とかは今度から自分で畳むよ…申し訳ないし…」
その言葉を渚が言った時に、彼女は表情は少し曇っていた。
「気にしないでいいよ?それとも畳み方が気に食わなかった?」
「いや、違うんだ。自分の身の回りくらいしないと、社会人になった時困るから…」
最近は料理洗濯や掃除全て瞬佳がこなしているのだ。もはや専業主婦なのではないのかと思えるくらいである。
このままでは瞬佳に甘えてしまい自分がダメになってしまうと考えた渚はその事について話したのである。
「社会人になっても私がするから大丈夫だよ?」
「え?」
彼女のその言葉と裏表のない無垢な笑顔が渚に向けられた。
もちろん、渚としては少しゾッとするような言葉であり表情でもあった。
しかし、彼女のちょっとした冗談だろうと思い深く考えることはなかった。
「ふふ。渚くんて相変わらずいい身体してるね」
瞬佳は少し顔を赤らめ微笑んで台所方へと向かっていった。
それの言葉にハッして自分の身体を見ると下半身スウェットに上半身裸という格好をしていたことに今更気づいた。
「いやぁぁぁ!!!!!!!」
◇◆◇◆◇◆
「PB《プライベートブランド》というのはメーカーが企画製造したものではなく小売店が…」
マーケティング論という授業を受けており、ルーズリーフにパワーポイントで書かれた内容を噛み砕いて写していた。
「ねね。渚」
「ん?」
隣の席に座り同じく授業を受けている紫がいた。パーマをあてたブロンズ色の髪を指でくるくると弄りあまり話を聞いているようには見えない。
そんな彼女が渚に話しかけてきた。
「この後暇?」
「いや、特に授業もないけど…?」
「じゃあ一緒にお昼食べよ!?」
ニコニコと無邪気な笑みで渚にそう言った。
オープンショルダーの服から見える肌が色っぽく見えた。
よくキャンパス内で色々な男性と歩いている所を渚はよく見かけている。
そのため、狙ってそのような顔をしているのか、わざとそうしているか時々不思議に感じていた。
「でも、俺、弁当持ってきてるからなぁ…」
弁当というのは瞬佳から作って貰った栄養やカロリーを計算しつくされた弁当のことである。
お昼も授業ある時にはいつもの持たせてくれるのである。
「自分で作ってるの?」
「いや、自分では作ってないけど…」
「じゃあ…彼女?」
この時、渚は内心自分の失言に後悔していた。自分で作っているといえば、特に何も無く終わるものだったのを余計にややこしくしてしまった。
さすがにそのような顔は出来ないため平静を装っていたが、紫は興味津々であった。
「彼女ではないけど…なんて言うか…そのぉ…」
「彼女じゃないなら誰に作ってもらってるの?確か渚は一人暮らしだったよね?」
紫から容赦ない追及がきた。先程まで聞いていた授業も全く頭の中に入ってはこない。
今は瞬佳のことをどう説明するかに意識を集中させていた。
この前も渚の友達に彼女ができた時に、紫がそれを周囲に広めていき、気まずくさせていたのだ。
「それは、あれ…姉ちゃんだよ!」
「そうなの?渚って彼女いそうだけどね」
少し怪しんでいたが、言い訳としては割といいかもしれない。事実姉は2人いるため間違いではない。
「ふーん…まぁ、私はお弁当でも気にしないから一緒に食べよ!」
「うん。いいよ」
とりあえず、友達の二の舞いになることだけは避けることができた。それだけでも上出来であると言えるだろう。
しかし紫はどこか納得していないような表情をしていたのだった。
◇◆◇◆◇◆
2 限は終わりお昼を食べるために食堂へと紫と渚はやってきた。
既に中は多くの学生や職員、教授たちで賑わっていた。席も殆どあいてはおらず、空いてるとしても、違うグループ同士が椅子をひとつ開けて座っているようにしているため、座りづらく、迷惑な状況であった。
「あ、ここ空いてるよ!」
たまたま2つ向かい側で空いている席を見つけて座ることにした。
「じゃあ私定食買ってくるからここで待ってて」
「わかったよ」
場所とりを任命された渚は席に座り、向かい側の席に荷物を置いて取られないようにしていた。
特にすることもなく、紫が来てからご飯を食べようと思ったため、スマホを触っていた。
トークアプリを開くとそこには、瞬佳の文字が表示されており、連絡が来ていた。
内容というのは、「お弁当どうだった?」、「今日の晩ご飯は何がいい?」「そういえば、トイレットペーパー切れてたけど買っておくね!」
といったものである。
もはや同棲しているカップルである。普通にこのトークを見ても十中八九そう答えるだろう。
「瞬佳さんがいるのが当たり前みたいになってきてるなぁ…」
そう言いつつ、トークの返信をしていった。
渚にとって瞬佳は嫌な女性などでは決してない。むしろ好意的である。
だが、付き合ってもいない男女でこのような状態というのは如何なものかと時々、渚は考えていた。
「すみません。その席空いてますか?」
不意に渚は声をかけられた。スマホから目を離して声をかけられた方を見るとそこにはメガネをかけた女性が立っていた。
しかしその女性はどことなく瞬佳に似ており、本人と見間違う程である。
だが、違いがあるとすれば瞬佳が美人系だとするならばこの女性はカワイイ系と言ったらいいだろうか。
髪の毛は黒で一つ結びをしており左肩へと下ろしていた。
料理をする時など瞬佳がよくやっている髪型だが似ている。
「あの?聞いてますか?」
「あ…すみません。後で友達が来るのですみません」
「そうですか…」
残念そうな顔をしていた。ほかの席を見渡す限り空いているところはどこにもなかった。
渚は少し申し訳ない気持ちになっていた。
「あら?あなたもしかして…」
「え?」
彼女の何か言いたげな顔にキョトンとした表情を渚は見せていた。
しかし、それ以上は何も言うことはなくその女性は黙っていたのだった。
「ごめんね渚!ん?その人は?」
「あ、すみません!他をあたります…」
紫が定食の乗ったプレートを持ってやってきた。それをみた女性は慌てて一言謝りその場を去っていった。
あまりにも一瞬すぎる出来事に紫も渚も呆然としていた。
「さっきの人って渚の知り合い?」
「いや、初対面だよ?」
紫はプレートをテーブルに置いてイスに置いていた荷物を背もたれの方にかけていた。
先程の女性との関係を怪しんでいる紫であるが、どうも渚が嘘ついているような顔をしていなかったため特に追求はなかった。
ふと目線を下にやるとそこには可愛らしいクマのキーホルダーのついていた定期入れを見つけた。
「あ、これってさっきの人の…」
思わず拾いあげて確かめた。そこには「明光大前」から「古橋」までのIC定期と学生証が入っていた。
「
CCというのは商学部商学科を意味するイニシャルである。彼女が同じ学科であることに驚きを隠せなかった。
1年の時など全く見かけたことがなかった。それに学年が同じと言うなら尚更である。
「学生課に届けた方がいいかな」
「まぁ、その方が確実かもね」
紫は合掌をすると小さな声で「いただきます」と呟きご飯を食べ始めた。
確かに学生課に届けた方が確実である。しかし先程の女性、瞬佳似た風貌の彼女にどことなくあったことのあるような気がして気になっていた。
「渚もご飯食べたら?」
「ん?あぁ…」
この定期の持ち主の女性のことも気になっていたが、席についてご飯を食べることにした。
「……」
お弁当の蓋を開けて食べ始める渚。その様子を柱の影からじっと眼鏡をかけた人物が会話をしている男女を表情ひとつ変えずただ見ていた。
そして、背を向けて何処かへと去っていった。
「ようやくね…」
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