第1話 彼女は家で出迎えくれる
彼は一人暮らしをしており、学生マンションに住んでいる。実家は言うほどそこまで遠くはなく、自宅からでも通えるのだが親が社会人として一人で生きていけるように訓練しろとのことで大学入ってから一人暮らしになったのだった。
しかし、彼の姉二人は猛反対していた。理由は可愛い自分たちの弟の渚に変な虫がつくのがいやだということらしい。
だが、両親のゴリ押しでこれは決められたのだった。
「さてと…今日はもう二限までで終わりだし家に帰ろうかな」
今日は1、2限の授業のみであった。バイトは夜からだったのでゆっくりしようと家に帰ることにした。
「じゃあな大地」
「おう!じゃあな渚!」
友達の斎藤大地に別れを告げて自宅の学生マンションの方へと向かっていった。現在は大学二年生の19歳の渚。高校の時には彼女がいたものの、残念ながら今は彼女はいない。
でも、そんなに寂しいとは思ってはいない。なぜなら今が順風満帆の生活を送れているからだろう。
「あ、渚!やっほー!」
キャンパス内で知り合いの女性とすれ違った。ブロンズ色のパーマをあてたセミロングの春だが少し露出のある服を着ていた顔立ちの整った女性であった。
彼女の名前は、
彼女は一年生の時に同じ講義でたまたま隣の席に座った時に話しかけられて仲良くなったのである。
当初はギャルっぽくて少し苦手だと思っていたが、話していくうちに仲良くなっていったのである。
「おぉ、紫!何してるの?」
「これから友達とご飯食べに行くところ。渚も行く?」
ちょうどお昼時なのもあり食べに行きたいのも山々であったが、紫の友達と一緒というのは何となく気まずく感じてしまい、 遠慮することにした。
「せっかくだけど、もう次授業ないから家で食べるよ」
「そう?残念…じゃあまた今度食べようね!」
笑顔でそう言ってくれた。身なりは少しアレではあるが、彼女はとても優しいのである。恐らくあの格好などは大学デビューというものが生んだ賜物では無いかと思っていた渚であった。紫にも別れをつげて今度こそ自宅へと向かっていった。
大学のキャンパスから自宅まではそこまで遠くはなく、徒歩では8分ほどでつく。自動二輪の免許を持っている渚はバイクを持っているのだが、ガソリンがもったいないと思ってあえて徒歩で通っているのだ。
「さてと…今日は昼ごはん何にしようかなー」
快晴の空、暖かい日差しと心地よく吹く風。まさに春である。残念ながら桜の方はもう葉桜へと変わってしまったが、また来年を楽しみにするしかない。
そう言えば花見を今年はしていないな。そんなことを思っているうちに自宅へとついたのだった。
学生マンションのセキュリティは堅牢なもので、専用のIDカードでなければ開けられないのだ。
カードリーダーにカードをスキャンして番号を打ち込んでようやく扉が開いた。
階段を上がっていき、自分の部屋がある3階に到達した。
310と書かれた表札のところに立ち止まり鍵を開けようとした時に、突然扉が開いた。
「おかえり渚くん」
「た、ただいま…瞬佳さん」
にっこりと優しい笑顔で迎えてくれる端正な顔立ちをした女性は
渚が大学一年生の夏の雨の日に出会った女性である。あの日からだいぶ経ったが今もこうして会っている。
「お腹空いたでしょ?昼ごはん出来ているわ」
「う、うん。忙しいのにありがとう」
瞬佳は結構な頻度でこのようにご飯を作りに来てくれている。彼女も大学生であり、秋山学院女子大学という女子大の二年生である。
つまり渚とは同い年である。
瞬佳自身も大学があるというのに、ほぼ毎回と言っていいほどご飯を作ってくれる。それもかなり美味しい。
だが気になるのは、どうやってここの鍵を入手したのかである。ここのセキュリティはそこそこ凄い。
カードキーがなければ入るなんてことはできないのだ。
「いいのよ。私が好きでやっているから」
「でも毎回毎回、さすがに悪いよ…」
靴を脱いで部屋へと向かっていった。結構な頻度で渚の家にいる瞬佳はしっかり大学に行っているのか気になっていた。
しかし、瞬佳曰く30分勉強すれば余裕で単位を取れるとのことである。
現に渚は瞬佳の成績表を見せて貰ったが全てが「秀」つまり最も高い評価なのだ。ちなみにその優秀さ故に学費は全てタダという待遇を受けているらしいのだ。自分とは大違いだと少し悲しくなってくる渚である。
「はい!召し上がれ」
コタツ付きテーブルの上に出された料理はサラダとチキンカレー、牛乳で溶かしたバナナ味のプロテインである。
「じゃあ…。いただきます」
食材と作ってくれた人に感謝を込めてしっかりと手を合わせてから食べ始めた。
まずはサラダから口をつけた。なぜなら野菜を先に食べることによって血糖値の上昇というのを下げることができるからである。
瞬佳がその事を教えてくれたのだ。それから、必ず野菜から手をつけるようにしている。
シャキッと千切りのキャベツの心地よい歯ごたえに、トマトの酸味とほんのりある甘みがドレッシングと絶妙にあっていた。
新鮮な野菜というのは本当に美味しい。しかし、学生にとっては頻繁に新鮮で美味しい野菜を買える訳では無い。
だが瞬佳は必ずと言っていいほど新鮮な野菜を使った料理を作ってくれるのだ。
「瞬佳さんは食べなくていいの?」
「私は大丈夫。あなたの顔を見ているだけでお腹いっぱいだから」
そう言って優しい聖母のような笑みを渚へ見せてくる。美味しそうに食べる渚の食事の姿を見て喜んでいた。
美人なだけではなく彼女は料理も上手い。しかしなぜここまで尽くしてくれるのかは渚には分からない。
確かにあの日雨に濡れていた彼女を助けたのは渚であるが結局はそれだけである。
そこからかなりの頻度で彼女とあっている気がしていた。
「瞬佳さんは大学行かなくても大丈夫なの?」
「どうして?」
不思議そうな顔をしていた。恐らく瞬佳にとってはどうということはないのか。
確かに成績優秀な彼女であるが、せっかくの大学生活を無駄にしているような気がする。
「折角の大学生活なのに勿体ないような気がするから」
「私は渚くんと居れることが楽しいの。それに大学なんてつまらないもの…」
その言葉にどこか嬉しさのようなものを感じた渚である。
とはいえ、やはり大学というところに言っているからにはもっと多くの人と関わった方がいいのではないかと思うものである。
だが、しつこく言うのはあまり良くないと考えた渚はそれ以上は言うことはなかった。
「そう言えば…今日俺バイトで遅くなるから…」
「うん。待ってる」
「え…」
彼女の言葉に唖然とした。5時から9時までバイトだが、その間もずっと待っているなど明らかにやりすぎである。
と言うよりも家に帰らなくて良いのか。
ちなみに渚のバイトというのはアクロバットandアクションスクール《SASUKE》のアクロバット講師を務めているのだ。小学校三年生から高校三年生までやっていた器械体操の経験を活かしている。
「夜ご飯作って待ってるわ」
「いやいや、悪いって」
「明日は授業がそもそもないから大丈夫だよ」
そういうことを言いたいのではない。毎日毎日さすがにまずいと考えている。
そもそも、渚と瞬佳は付き合っている訳では無い。どちらかといえば友達?的な感じである。
しかしこのところ、瞬佳と頻繁に会うために感覚が麻痺しているのだ。友達や恋人などの線引きというものがよく分からなくなっている。
「でも瞬佳さん…」
「渚くんのお世話するのが好きだから」
じっと顔を近づけられてそう答えられた。美しくまるで芸術品のような顔を近づけられたらさすがに渚の心臓の鼓動は早く加速していく。
彼女の透き通ったような瞳に引き込まれそうになった。
「ふふ…渚くん口にご飯粒つけてるよ?可愛いなぁ」
微笑みながら渚の口についていたご飯粒をスラッと細長い人差し指で取りそれを自分の口へと運びペロリと食べた。
その事に渚は顔を真っ赤にしていた。ご飯粒を口に無意識につけていたこと、それを美人な女性に指で絡め取られて食べられた行為による恥ずかしさによるものであった。
「渚くん」
「はい?」
不意に瞬佳に呼ばれた渚はカレーを口に含んでおり少し膨らんでいた。
そんな渚へ満面の笑みを浮かべて
「私はいつでも渚くんの傍にいるからね?」
これが彼女の口癖のようなものであった。
耳にずっと残るような嘘偽りのないそんな言葉に感じ取れた。
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