ハングリースパイダー

石田未来

プロローグ

 激しい雨が降っていたある日、コンビニからの帰り道で渚はある一人の女性を見つけた。

 その女性は雨に打たれ身体中が濡れていた。どうしてこの女性は空を見上げているたのだろうか。空を見ても上には黒い雨雲と降りしきる雨。

 ただ空を見つめている。その顔はどこか悲しげであり、哀愁が漂っていた。大切な人を亡くしたのか、人に裏切られたのか、生きることが辛くなったのか…。それは渚には分からない。

 もう少しだけ近づいてみた。徐々に細かな顔立ちまで見えてくる。横顔だけだが恐らく化粧はほとんど落ちてしまっていると思われる。

 しかし、化粧が落ちているだろうにも関わらず、その顔はとても綺麗であり、整っていた。

 おそらくあまりメイクなどしなくても良いと思うほどに。それだけではなく濡れた長い髪も艶が出ており美しく感じられる。


「綺麗だ…」


 渚は思わず口に出してしまった。あまりの美しさに無意識さが現れたのだった。それは美しい彫刻品や絵画などの芸術品を見た時のような反応に似ている。

 そんな彼女だが恐らく渚の見立てでは女性は同世代では無いかと何となくであるが思っていた。


「風邪惹かないのかな…?」


 傘からは鈍い雨音が響き渡っている。それほどに雨が降っているのだ。当然、女性は傘も持っておらず直で雨に当たっている。

 だから心配であった。声をかけようか迷っている。

 自分が声をかけていいのかとすら思うほどであったが、本当に風邪をひくとまずいので、勇気を振り絞って声をかけることにした。


「あ、あの…!」


 渚は声をかけた。雨が降っているだけあって聞こえるように大きな声で言った。

 その言葉に気づいたのか女性は渚の方をゆっくりと見た。横顔だけだった顔もハッキリと見えた。

 やはり綺麗な顔だった。整っており、誰が見ても美人だと感じるはずである。

 渚の方を見ている女性はやはり悲しげな顔をしていた。助けを求めているようなそういう顔にも見える。


「何…?」


 透き通った声で反応をしてきた。自分が濡れていることなど気にもとめずに渚の方を見ていた。その時雨なのか涙なのか定かではないが、目頭から透明の液体が流れていた。

 嫌なことでもあったろだろうかと感じたものの、そこには触れない方がいいと渚は思っていた。


「あの…風邪惹きますよ?」


「いいの…好きでこうしているから…」


 しかし放っておけば確実に風邪を引いてしまう。ならば、せめてタオルでも渡そうと思ってバックの中からまだ使用してない洗いたてのタオルを取り出して彼女に渡した。


「これ使ってください」


「でも…これあなたのでしょ?」


 タオルを渡された女性は分かりにくいがが困ったような表情をしていた。

 それはそうだ。見ず知らずの人に声をかけられてタオルを渡されてもどうしたらいいか分からないに決まっている。


「大丈夫ですよ僕もう一つ持っているので、どうぞ使ってください」


「ありがとう…」


 雨はまだ降り続く。彼女の身体から体温をどんどん奪っていく。彼女の体は震えていた。やはり寒いのだろう。もう濡れてしまっているがこれ以上濡れない方がいいと思い自分の上にさしていた傘を彼女の上へさした。


「あなたが濡れるわ。私はいいから…」


「自分は大丈夫ですから」


 幸いここから自宅まではそれほど遠くはなく、走って帰れば大丈夫だろうと渚は思っていた。傘とタオルを渡して帰ろうとした時。


「ヘクチュ…」


 可愛らしいくしゃみが聞こえた。そのくしゃみの主というのはあの女性である。恥ずかしさからか、顔を抑えて赤くなっていた。


「あの…良かった自分の家に来ます?そのままじゃ風邪ひくと思うので…」


「ででも…ヘクチュ!」


 またくしゃみが出ていた。先程のギャップがあったこともあり女性を可愛らしいと思っていたのだった。

 顔も目に見えて分かるように真っ赤になっていた。身体も冷えて限界だと感じていた彼女は大人しく渚の家へと着いて行ったのだった。


「俺、蝶野渚ちょうのなぎさって言います」


「私は南雲瞬佳なぐもまどか。よろしくね蝶野くん」


 2人は自己紹介を済ませて、相合傘のようにして渚の自宅へと向かっていくのだった。

 もちろん、彼女が濡れないように、自分の体を外に出して。



 これが蝶野渚が自分の運命を大きく変えるであろう南雲瞬佳と初めて出会った大学1年生の夏のある日の出来事であった。

















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