俺の彼女は大和撫子な幼馴染みです
ポンポヤージュ66
俺の彼女は大和撫子な幼馴染みです
「ふつつかものですが、よろしくおねがいいたします」
おしとやかに三つ指をついてうやうやしく頭を下げているのは一ノ瀬琴音(いちのせことね)。普段から和服を家で着こなし、おっとりとした和を重んじる大和撫子、というのが一見彼女の見た目。
しかし普段の彼女はちょっとおちゃめで毒のあるどこにでもいる普通の女の子、と見せかけて、貞操観念に関しては完全な大和撫子。
そんな琴音は俺こと岩倉善郎(いわくらよしろう)の友人である。付き合いの長い琴音は幼馴染の関係だったが、その関係の変化はふとしたことで訪れた。
「いいよなー。一ノ瀬さんと普通に話せるなんてさー」
「俺次生まれ変わったら、絶対岩倉になる」
男子の友人には琴音と普通に話せる数少ない男子ということで、羨ましがられることも多い。
確かに琴音は黒髪ロングで日本的な美人なので、かなり人気がある。見た目も可愛いしな。
「よっちゃんよっちゃん、今日もつきあっていただけますか?」
丁寧なしゃべり方なのに、俺のことをあだ名で呼ぶのがその琴音という少女である。
「また甘味処か?」
「はい、1人ですと声をかけられることが多いですから。よっちゃんでもいてくださるだけで、男避けにはなります」
俺は頻繁に琴音と出かける。琴音のお気に入りは近所の甘味処が作っている抹茶のパフェである。
抹茶のアイスに宇治抹茶の黄粉で作ったわらび餅に、白玉とか餡子が入っていて、それに抹茶ソースがかかったやたら緑色の強いパフェである。
俺はいつも水羊羹を食っている。甘さが控えめで美味い。
琴音はこれを週3くらいで食べる。それに付き合うのは大抵俺だ。女の友人は平日部活動をしていたり、金銭的な都合であまり琴音に付き合えないので、俺の頻度が高い。8割は俺だ。
そんな彼女は基本的に和服を着る。学校帰りにここによるのだが、学校、琴音の家、この甘味処、俺の家、という配置なので、学校を出て、1回琴音が着替えてからここに来るのがいつもの流れだ。
「うーん、何度食べても美味しいですね」
琴音はこれだけの頻度で食べてるくせに、毎回新鮮においしそうに食べる。その和服姿も手伝って、非常に目立ち、俺がいてもナンパされることがある。
「やっぱさ、和服止めた方がいいんじゃねぇか? お前ただでさえ目立ってんだからさ。男に絡まれたくないなら、制服か洋服にしろよ」
「いやです。制服も洋服も正直着ていて落ち着きません。だからよっちゃんを誘ってるんです」
「女子だけのときはどうすんだよ」
「女子だけのときは制服で行きます。迷惑かけたくありませんから」
「俺ならいいのか?」
「いいです。今更そんなこと気にする関係でもないでしょう」
まぁ俺と琴音の関係はこんな感じ。割と雑に扱われている。俺を男避けにしているのに、この甘味処の費用はおのおのだし、遠回りしてまで彼女を家に送りなおすのも作業だし。まぁ別にいいんだが。
「では今日もありがとうございました。ではまた」
そして彼女の家に上がれるわけでもなく、それだけで終わり。一切色めいたことはない。
幼馴染で、このデートの話も普通に皆知っているので、俺と琴音の関係を気にするクラスメイトも多いが、一切何もない。
彼女は大和撫子にしてはちょっとしたたかなのだが、男女の関係だけはめちゃくちゃ気にする。
座るときも俺と距離感があるし、歩くときも俺の斜め後ろを歩き、一定以上の距離には近づいてこない。
まぁ正直言うと、俺以外の男子は、まともに会話をする距離にすら近づけないので、俺が唯一まともに会話できる男子ではあるが。
そんな日々を送りつつ、時々来る彼女への面倒な絡みを俺が適当に処理する。その程度の関係だと思っていた。
「はぁ、今日も美味しかったですね」
「夜に呼び出すなよ……」
「仕方ないじゃないですか。今日はどうしても食べたかったのに、お店が定期清掃で夕方からしかやってないんですから」
いつも俺が琴音と甘味処に行くのは大体15時半くらい。だが、今日は店の都合で18時以降しか営業しておらず、俺は食後の19時に琴音をわざわざ向かえに行き、甘味処までつれてきたわけだ。
「しょうがなくねぇよ。1日くらい我慢できないのか」
「できません。我慢したら死にます」
こに我侭撫子が。まぁ別にいいんだが。いつものおやつ感覚よりも、食後デザートみたいな感じでいつもとはまた違う感じでもあった。
「しっかし時間が遅いから暗いな。ちゃんとついてこいよ」
「はいはい」
生返事が左斜め後方から聞こえてくる。いつもの定位置にいるようだ。暗いからあまり距離があると心配ではある。和服姿に下も下駄みたいなのを履いてるからな。俺が歩くペースをいつも気にしてるの気づいてんだろうな。
「おい! お前は一ノ瀬さんのなんなんだ?」
そんな話をしていると、前方の細い路地から1人の男性が飛び出してきて大声をあげる。
「あ? お前こそ誰だ? 琴音に何の用だ?」
琴音はモテるので、ちょっと強引な告白を受けて、ちょっともめたこともある。だが、それまでの中では1番危険な感じがした。
見た目も俺達より少し上。高校生には見えなかった。
「ぼ、僕は一ノ瀬さんが好きなんだ。でも男を近づけないって聞いたから、あきらめてたのに、なんでお前みたいな男が……」
「琴音、悪い!」
「え? よっちゃん?」
俺はとっさに琴音の手を引き寄せて、自分の背中にかばう。
拒否されたら面倒かと思ったが、幸い琴音は俺の背中でじっとしているのが、感触で分かった。
明らかに目がおかしい。常軌を逸していた。
「琴音。あいつの気持ちを受けるつもりはあるか?」
一応たずねた。
「い、いいえ……、よく分からない殿方とのお付き合いはできませんわ……」
「と、言うわけだ。だから帰れ」
「お、お前みたいな、一ノ瀬さんにつきまとうやつは絶対に許さない!」
するとその男がなんと凶器を持ち出した。
「よっちゃん!」
それが琴音の視界にも入ったのだろう、あきらかに俺の後ろで動揺している。
「お前、それを出すってことはどういうことか分かってんのか? 二度と顔見せないって言うんなら何も言わないからどっかに行け。琴音に無理やり何かしようってんなら、俺はお前を殺すぞ」
自分の声帯から出たとは思えないほど、恐ろしい声が出た。でも俺は目の前の凶器を見ても恐ろしく冷静だった。自分ならともかく、琴音に何かあったら、俺は本当に殺してしまうかもしれなかった。
「ひっ!?」
その俺の声にビビッたのか、男は一瞬ひるんだ。
その隙をついて、俺は持っていたスマートフォンを投げて、男の顔面に当てる。
ガン!
そしてしりもちをついた男の顔に思い切り膝を入れた。
「ガッ!」
美味いこと入ったのか男は気絶した。
ウ――――!
するとパトカーの音が聞こえてきた、どうやら静かな時間にやたら騒がしい声がしたから、誰か通報してくれたようだ。
そして、俺と琴音は簡単な事情聴取だけ受けて、無事に帰宅することになった。
琴音が携帯電話を持っていないので、彼女の両親に連絡がつかなかったため、俺が家まで彼女を送ることになった。
「…………」
警察署から琴音の家は遠くないが、琴音が歩くのも精一杯だったので、タクシーを使った。ワンメーター。琴音が抹茶パフェちょうどのお金しか持っていなかったので、俺が全部出した。
「大丈夫か? 琴音」
琴音はけっこうおしゃべりで、しゃべっていない時間の方が少ないのだが、ずっと無言だった。まぁショックな出来事だったしな。
「あの……、本当にありがとうございます。守っていただいてうれしかったですわ」
「珍しいな。そんな風に琴音が言ってくるの。気にすんなって。琴音が無事で本当に良かったよ」
俺は本心からそう言った。なんだかんだで琴音と一緒にいるのは楽しいし、大事な幼馴染だからな。
「…………あ、あの……」
琴音がまだ何かをいいたいようなのだが、どうも煮詰まっている。やっぱり琴音でも、あんなことがあったら、動揺するということか。
「なんだ?」
「い、いえ明日でいいですわ……。おやすみなさい」
「? おやすみ」
5分ほど待っていたが何も言わないまま、結局濁されてしまった。
「さーてと、お見舞いが簡単でいいな」
次の日、琴音は学校を休んだ。体調不良とのことだが、やっぱり昨日のことだろう。
俺はテイクアウトも可ないつもの甘味処の抹茶パフェを持って、琴音の家にお邪魔した。
「あらあら。善郎くんじゃない、お見舞いにきてくれたの?」
するとちょうど家の前で琴音のお母さんに出会った。
「あ、はい、昨日のこと聞いてますよね」
「ええ……、本当にありがとう。やっぱり頼りになるわね。あの子がどっかにいっても、あなたが一緒にいるなら安心してたけど、事実そうだったわね」
「いえいえ、琴音は元気ですか?」
「別に熱とかがあるわけじゃないわ。私と旦那が相談して大事をとっただけだから。喜ぶと思うわ」
「ならいいんですが」
「ただいまー」
「おじゃましまーす」
そして俺はお母さんと一緒に家に入った。地味に琴音の家に入るのは久々だ。
「お母様おかえりなさいー。あれは買ってきてくださいましたか…………、よっちゃん?」
「おう、元気そうだな」
「ひゃー!」
あれ? ひっこんじまった。
「あらあらー。これはもしかして……」
「お、お待たせしました。よっちゃんがくるとは思わなかったです」
少し待っていると、琴音は着替えていた。さっきは寝巻きぽかったが、いつもの和服になっていた。
「別に着替えなくてもいいのに」
「女の子にはいろいろあるんです…………、汗の匂いとかはずかしいですし……」
「後半が聞こえなかったが、何か言ったか?」
「何も言ってません!」
「まぁまぁ琴ちゃん、上がってもらいなさい。せっかく来てもらったんだし、部屋に案内してあげて」
「……はい……」
こうして俺はほぼ初めて琴音の部屋に入った。しかし断らないんだな。
「お見舞いだぞ。いつものあれだ」
「……ありがとうございます……」
「あれ? あまり嬉しくなかったか?」
抹茶パフェを見ればその日嫌なことがあっても、テンションの上がる彼女が俯いたままだ。
「い、いいえ、すごく嬉しいです」
「顔赤いぞ。体調が悪いのか?」
「ち、違います! はぁ。時によっちゃん、1つ聞いてもよろしいですか? 昨日聞きたかったことなのですが」
「ああ、なんだ?」
「私はちょっと面倒くさい女だと思います。殿方との付き合い方がよく分からず、よっちゃん以外の殿方とはまともに話せず、よっちゃんですら、距離を開けています。こんな私でも誰かとお付き合いはできると思いますか?」
「それくらいできんだろ。琴音は可愛いし、ちょっと変わったところもあるけど、それはそれで味があるし、適度な距離感は、清楚な感じがしてるしさ」
「それは、よっちゃんは私のことを悪くは思わないということですよね」
「そりゃそうだ。嫌なやつと一緒にいたり、守ったりしないさ」
「…………もし、こんな面倒くさい私をお側に……よっちゃんが置いてくださるのなら……、私はあなたとお付き合いをしたいと思っています……」
「ん? へ?」
遠まわしだが、これは告白では? まさか? あの貞操観念100%の琴音が?
「昨日守っていただいて、嬉しかったです。私を心配していただいて今日来てくださって嬉しかったです。私の我侭を嫌な顔1つしないで受け入れてくれていたのも、今となっては全てが愛おしいです」
「…………」
「あの……返事を……」
顔が泣きそうだ。琴音か…………。
「ああ、全然問題ない。俺も琴音が好きだよ。そうじゃなきゃ一緒にいろいろやらないさ」
「! ありがとうございます……」
こうして俺と琴音の関係は友人から恋人になった。
「善郎さん、今日も一緒に行ってくださいますか?」
とはいっても、もともと琴音は俺としかどこかに出かけることがなかったため、俺と琴音が付き合ったとはいっても、表面上は何も変わっていない。
俺はもともと琴音を琴音と呼んでいたので俺からの呼び方も変わらない。ただ、琴音から俺への呼び方が、よっちゃんから善郎さんに変わった。
なんとも、お付き合いをするのなら、あだ名よりもきちんと名前で呼ぶのが、礼節だとかなんとからしい。あだ名より距離感あるように見えるが、俺の名前を丁寧に呼んでくる琴音はかなり可愛いのでいい。俺だけがその辺はわかってればいい。
「もちろんだ、行こう」
「はい、分かりました」
そして、些細なことでもあるが琴音のほうから俺の手に自然に触れてくれるようになった。
俺のほうも照れながら学校を後にして、いつもどおりの甘味処へのルートを、手をつなぎながら歩くのであった。ものすごく幸せかも。
「ふぁ~」
「善郎さん、お眠ですか?」
ここも今までと変わったところだが、甘味処に行った後はそのまま帰らずに、少し公園でベンチに座りながらお話をする。
「ああ、昨日ちょっと寝つきが悪くてな。でも授業中寝るわけにはいかないからな」
「ふふ、律儀ですね、ではどうぞ」
「どうぞって……、え?」
琴音が自分のふとももの辺りをぽんぽんと叩いて笑顔で俺を見る。
これはあれか? 世に言う膝枕か! 位置は太ももだが。そういうことはどうでもいい。
「い、いいのか?」
「変な姿勢で寝たら首が悪くなります。太ももくらいお貸ししますよ。私は善郎さんの彼女なんですから」
「そ、それじゃよろしくお願いします」
ちょっと緊張しながら、おそるおそるベンチに座る琴音の太ももの辺りに頭を乗せる。
おおぅ。
やばい、これは気持ちいい! 琴音のひざまくらやばい!
なんていうんだろう? 硬くもなくかといって柔らかくも無い理想的な弾力。俺専用の低反発枕みたいだ!
しかも琴音のぬくもり、感触まで付いてくる。
「すぅ……」
「あんっ……、匂いをかがないでください……」
何よりいつも香る和服からのお香の香りに、琴音の甘い香りがほどよく混ざって、極上の香りになる。
これを俺は無料でやってもらってんだぞ……、バチあたらないかな。
「まるで天国……、いや、ここに天国はあったのか……」
「大げさですよ、ふふ」
俺の額に優しく琴音の手が触れられる、暖かいスベスベの手だ。ちょうどいい体温が伝わる。
これは……、あまりにも気持ちよすぎる。元々眠かったのもあってか、意識が吹っ飛びそうだ……。
でも俺を優しく見つめるあまりにも愛くるしい琴音の顔を見ていたい……。
俺は完全に目が閉じる直前にその感情が強くなり、ちょっと薄目で琴音を見る。
木漏れ日の中で、琴音が優しく微笑んでいる。
葉の隙間から日が差して後光のようになっていて、寝ぼけながら見ていたせいか、琴音が天使のように見えた。
今更ながら、とんでも無い美人で、そんな彼女と長い付き合いがあって、恋人関係になったのが本当にすごいことだと思った。
「善郎さん、不思議な気持ちです……」
琴音が優しい言葉でつぶやく。目線が俺の目とあっていないから、俺が寝ていると思っているのだろう。
「私も恋についての話をしたことは友人とあります。その中で膝枕をすると、殿方が喜ばれると聞いておりました。ですが、何が楽しいのかと内心思っておりました。でもこうして今、善郎さんを今こうして膝枕していると……、なんだかとても不思議に幸せな気持ちになっています。私の膝枕で、あなたがとても気持ちよさそうにしているのが……嬉しくて。これがもしかして、女性としての幸せというものの1つなのでしょうかね?」
「…………」
なんかすごく恥ずかしい。俺が寝てると思ってるから、恥ずかしい台詞を普通に言ってるし。
「ふふ、ちょっと失礼します……」
俺の意識が完全に飛びそうになる直前。琴音の顔が俺に近づいてきて、唇に柔らかい感触がした。
ファーストキスは既にしている。でも何度しても琴音のキスは気持ちいい。
「ごめんなさい……。でも善郎さんが愛おしくて……、愛おしくて……」
その辺りで俺の意識は本当に飛んだ。
「悪い、すげー寝ちゃった」
俺は約1時間半熟睡してしまった。家の前まで琴音を送った後謝る。
「別に起こしてくれてもよかったのに」
「そうしたかったんですけど……、あまりにも善郎さんが気持ちよさそうに寝ているものですから」
「善郎さん……」
琴音は俺の名前を呼び、手を少し広げる。
琴音との付き合いは長い。恋人関係になって、何度か初めてのジェスチャーもあるが、それでも分かる。これは抱きしめてくれである。
「ん……」
俺は正面から琴音を抱きしめる。
「ありがとうございます、何かこうしてもらいたくて……」
「そっか」
ちゅっ。
「!?」
「そしてこれもです……、ありがとうございました」
最後にまたキスされて、琴音は丁寧なお辞儀をして家に入っていった。
俺はかなりの満足感と、ちょっとだけ感じた寂しさを後にして家路についた。
毎日のように会っているのに、少し寂しい気持ち。でもまた明日会えるし、明日以降も、来月も来年も、彼女と当たり前のように一緒にいられることを、俺が疑うことはなかった。
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