第3話

 ヒュドラというモンスターは、多頭のドラゴンである。驚異的な再生能力を持ち、生半可なダメージではあっという間に再生してしまう。

 その再生能力を封じる方法はただ一つ。首を落としその瞬間、その切り口を焼いて潰してしまうのだ。そうやって、全ての首を落とせば命を刈り取ることができるのだ。


 逆に言えば、そうしなければ延々と再生し続ける。


 だからユーシィはあえて、炎の魔法は使用せずにヒュドラの首を刈り続けた。それはもう刈り続けた。約半日の間、ひたすら絶対首刈るマンとして戦い続けた。

 そして夕食時、ダンマスの部屋へと戻った。


「こんな感じでどうですか?」


「おかしいじゃろ!? こんなの1人が戦っただけで回収される力ではないぞ!?」


 ユーシィが全力で手加減をしながら戦った結果、ヒュドラ換算で3体分ほどの力をダンジョンへと還元していた。


「まぁヒュドラの再生にダンジョンの力を使ったりしないようなので。それこそどうなっているんですか?」


「維持にかかるコストはモンスターをそこへと縛り付けておくのに必要な力じゃ。それ以外の力はモンスターが自前でまかっていて、その生命から発生するもの。じゃからモンスターの戦闘分も当然還元される……いやそうではなくてな!?」


 そもそもこれではユーシィがヒュドラを切り続ける限り、力を延々と回収できてしまう。そんな馬鹿な事があってたまるかとマオは頭を抱える。


「僕も延々とこんなことを続けるつもりはありませんよ。それに時間効率がいいわけではないでしょう? 所詮僕一人分の戦闘ですからね。とりあえず環境を整えるために、初期費用を集めようとしているだけです」


「お主と戦わずに済んで、心底安堵しておるわ……」


「とりあえず夕食にしませんか? 力で食事も出せるんですよね。どんな食事が出せるんですか? 僕これでも食欲は強いんですよ」


 はははと笑いながら、食事の提案をするユーシィ。期待に満ちた表情でマオを見つめる事に気をそがれながら、マオは申し訳なさそうに答える。


「期待しているところ悪いんじゃが、食材は保存食や一部の野菜果物しか出せんのじゃ。そもそもダンジョンのシステムはそういうモノが出せなくての。役所で保管してある食材を転送する仕組みになっている。あまり気の利いたものは出せん」


「はぁ、それは少し残念です。でも、魔族が食べているものが気になりますから、それで構わないですよ」


 多少気落ちしながらも、キラキラとした目で食べ物を求めるユーシィであった。マオとしてはお礼として良いものを用意したかった所であるが。

 魔族の国の保存食や野菜を出すと、ユーシィは見たことがないその食料を興味深そうに外見を眺めると、嬉しそうに食べ始めた。これはピリ辛ですね、とかこれはスゴイ甘い! とか言いながら食べる姿は満足そうだ。

 気に入ってくれたようでよかった、とマオも自分の分を食べ始めた。


 割とこんもりと盛ってあった食料が尽きると、笑顔のユーシィは立ち上がりながら、


「とりあえず一息ついたので、腹ごなしにもうちょっとヒュドラと戯れてきますね」


 と言いホールへと向かっていったのだった。

 哀れなりヒュドラ。


☆☆☆


「とりあえずこれだけやればそれなりに稼げたのではないでしょうか?」


「いや……うん。我はもう何も言わぬ……」


 ユーシィがさらに頑張った結果、魔王城をまっさらにした時程度の力は還元された。マオにとっては久しぶりのまとまった量である。

 ちなみに還元効率が最も良いのは命が散った時であり、モンスターが死んだ時は召喚時の大体3分の1から半分が還元されることになる。ある程度戦闘を行った後、探索者かモンスターどちらかが死ぬことで黒字収益になる計算である。本来は。

 ちなみに、能力の高い者が雑魚を狩ると収益が吊り合わなくなる。そのためダンジョンにはショートカットが出来る転送陣が用意されていることが大半だ。なんでそんな便利なものがあるんだろうと探索者達の間では最大の疑問だったが、何の事はない、魔族側の都合であったのだ。

 そして、マオの一連のダンジョンにはそんなものが設置されていない。それでいてバランス調整のつもりだったのか、入り口付近には弱いモンスターが配置されている。その為収支が合わなくなる要因の一つとなっていた。


「まぁいまさら転送陣が出現するのもアレですしね。高難度ダンジョンであることはそのままで行きましょう。そのかわり、出てくる財宝の数を絞りましょう」


「確かに出現する財宝を絞ればコストが浮くが、ここに潜る価値が下がるのではないか?」


 なぜ探索者達がダンジョンに潜るかといえば、十中八九財宝のためである。コストを削減するために財宝を減らしてしまえば敬遠されるのではないか。そう懸念するマオにユーシィは大丈夫、と笑顔で返した。


「いやあ、財宝を一つでも発見できると結構でかいですよ、漆黒の谷でも。なので出現する財宝自体の価値を落としてしまうのはガッカリします。ここは絞る方向で良いと思いますよ」


 財宝の発見率なんて体感じゃよくわからないですし、とにこやかに絞ることを指示するユーシィ。そもそも財宝なんてものは1度のダンジョンアタックでひとつ見つけられればラッキーなのだ。なにより変えてしまえば以前との比較は出来ないし、そもそもきちんと比較できる人間なんて居ないのだから。

 割と酷い話ではないかとマオは思ったが、見栄のために財宝の質がちょっと良すぎたのもまた事実。出現数か価値か、どちらかを変える必要はあるだろう。


「んー、今の財宝部屋の財宝出現率と、モンスターからのドロップ率がこうじゃから……これくらいかの?」


「いや、見えないんで数字で教えてくださいよ。高等教育受けてますから理解できると思いますよ」


 どれだけ能力が高いのか。マオはそんな事を思いながら各種パラメーターを紙に書き写し、ユーシィに見せる。それを受けてなにかしら計算や思案をしながら、変更後のパラメーターを書き記していっていた。


「……どうして、ここまでしてくれるのじゃ?」


 それを見ながらマオは疑問を口にする。

 そもそも、人間と魔族は全くと言っていいほど交流がない。意思疎通がまともに出来るとも思われていないのだ。

 ユーシィはしばらく考え、まとめてからそれに答えた。


「まずはあまりにもいたたまれなくなったから、ですかね」


「おおぉ……」


 マオには次期魔王候補と言うプライドがあったが、すでに空回りした挙句に人間から同情される始末である。そんなものはズタズタであった。ユーシィが規格外だと言う事も差し置いてだ。


「さっきも言いましたけど、僕達にとってダンジョンは稼ぎ場所ですからね。それなりに稼がせてもらっています。お互いにいい思いが続けられるのならそれに越したことはないじゃないですか?」


 もちろんこのマオのダンジョンで命を落とした探索者も数多い。しかしそれは本人たちが望んだ冒険の結果。危険なのははじめから分かっているし、見返りを求めてやっているのだ。そこに文句をいうのはお門違いであろう。調整が良くなかったと言っても、一応初見殺しなどの理不尽さはなかったのでユーシィとしても言うことはない。


「それに……」


「それに?」


「結構、楽しいですよね、ダンジョン経営」


 屈託のない笑顔をユーシィはマオへと向けた。


「お、おう……」


 その視線に、マオは頬を染め顔をそらした。現魔王の娘である彼女は割と箱入りだった。そのためか男に対する免疫力もちょっと低い。

 ユーシィはいかにもな美男子! と言うほどではないが世間では男前に分類される方である。惚れたとかそういう話ではないが、やはり意識はしてしまうのであった。

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