第2話
「強制送還じゃ……。皆から白い目で見られながら初等教育からやり直しなのじゃ……」
渋い顔をしてそう答えるマオ。ダンジョンマスターである魔族を倒したわけでもないのに、ダンジョンがその機能を停止したという話は、少数ながらもユーシィも聞いたことがあった。
それらのダンジョンはモンスターがあまりにも凶悪、階層が広く大きく探索の難易度が高い、回収できる財宝がイマイチ、などの傾向があったことを思い出す。
今にして思えばそれは、調整が不十分なダンジョンであり、維持コストが高かったり
「
「うぐぅ……」
どうやら図星であったようで、顔をしかめながらマオは俯いた。ユーシィはここに至るまでの道中を思い返す。漆黒の谷にはダンジョンマスターが居なかった。最奥を抜けた先には、また別のダンジョンがあったのだ。そして、その先にもまた。そして、3つのダンジョンを抜けることでようやくこの魔王城にたどり着いたのだ。
しかし到達点であるこの魔王城は……。
「ここがスカスカなのは、維持できなかったんですね」
「……」
それまでの3つのダンジョンとは打って変わり、この魔王城には罠もモンスターも存在していなかった。外から見ると巨大なのだが、中はシンプルに通路とホール、そしてこの謁見の間らしき部屋だけである。決してダンジョンと言える物ではなかったのだ。
「どうせ、誰も来ないからの……。維持するだけ無駄じゃと、シンプルな状態に改装したのじゃ。その改装に必要な力の負担もまたでかかったのじゃが……」
「そもそもなんで4つもダンジョン作ったんです?」
「我は現魔王の長子じゃからな。やはりこう、見栄も重要じゃろう? 階層ごとに雰囲気を変える、とかは出来んからな」
階層ごとに大きく様相が変わるダンジョンは存在するが、それは成人が認められた後のベテランが増築した物らしい。それらが構造としては別のダンジョンだと言うことはユーシィも知らなかった。
マオの物が別だと気がついたのはまず一つに、一つの規模が他の平均的な物と同程度あったこと。一つはダンジョンとダンジョンの間に緩衝地帯と言える、ダンジョンではないエリアがあったこと。前述のダンジョンは一つの階層はそう多くはないし、隙間も存在しない。
「しかし、結局2つも遊んでいるダンジョンがあっては意味がないのでは。貴女の生活にも支障が出ているわけですし」
実は現在、魔王城どころか3つ目のダンジョンである「灼熱の台地」もユーシィしか到達者が居なかった。灼熱の台地もそれまで同様、高難易度の通常サイズダンジョンである。
「ふ、不甲斐ない人間どもよのぅ……」
弱々しく引きつった笑みでそう呟くマオ。強がりですら無い、ただの現実逃避だ。
「裏を知ってしまえば到達できないダンジョンなんて無駄の極みですねえ。まぁ、今のところはシチュエーションに助けられてはいます。馬鹿みたいな難易度ですが、町から見えるこの魔王城のおかげで、みなモチベーションが高いのです。だからこそ貴女はまだ生き残れているのだと思いますが」
ハッタリのおかげで首の皮一枚でつながっているということである。そもそもハッタリのおかげで首がもげそうなのだが。
「……なんで我、人間にこんな話しているんじゃろうな」
「弱みを見せてしまえば飲み込まれますよ? 魔王だというのならもう少しシッカリしたほうがいいと思います」
「指導までされとるよぉ……!」
不甲斐なさからはらりと一筋の涙が頬を伝う。先ほど干し肉を食べながら泣いていたせいで涙の跡は飽和状態だ。イマイチ様になっていない。
「そういえばお主、1人なのか? パーティメンバーは居ないのか……?」
「そうですね、僕はずっとソロでやらせてもらっています。完全制覇したことも有りますよ」
完全制覇。なんだかんだ言ってもダンジョンは貴重な資源の宝庫である。ダンジョンマスターである魔族を倒してしまうと、即すべての機能が停止する……と言うわけではないが、いつかは枯れ果ててしまう。そのため、ダンジョンマスターである魔族を討伐する事例はあまりなかった。
それでも、様々な事情から魔族を討伐する「完全制覇」が求められる事はある。ユーシィは依頼として、完全制覇を行ったのだ。
マオから裏事情を聞いた今、若干の憐憫の情が湧いた。人間側に影響が出るということは、恐らく運営でなにかやらかしてしまったのだろう。成人の儀式や、それを終えた魔族たちがわざわざ人間にちょっかいを掛ける理由もなさそうだと思ったからだ。
事実、魔族が人間を下に見ている風潮がなくはないものの、侮れる強さの相手ではないことも一般的な認識になっていた。命がけで単独で人間を困らせる理由がないのだ。
もちろん、倒さなければ人間が困るので知ったことでは無い話ではある。
「誰も到達できなかった場所にソロ到達とかわけがわからないのじゃ……」
「まぁ、鍛えてますから」
「そういう問題じゃないと思うんじゃがな……」
ここに限らず、普通探索者達は4人から6人程度でパーティを組んでダンジョンを探索する。
それ以上の人数ではダンジョンで身動きが取りづらくなり、それ以下であれば戦力が足りない。ソロなどという頭がおかしい暴挙をとっているものが居るなど、マオは聞いたことがなかった。
背筋に気持ちの悪い汗が流れていると感じながら、マオはユーシィと目を合わせる。
「この部屋に入ってきたと言う事は、我と戦うつもりだったのか……?」
恐る恐る、と言った風に問いかけるマオ。もちろんユーシィは、戦うつもりなどさらさらなかった。
「今更ですね。空っぽの魔王城ですから一応ダンマスの部屋と思しきここを覗いてみただけですよ。扉も強制的に開かなくなるような仕組みを感じられませんでしたしね。そうしたら貴女が倒れているから思わず近づいたのです」
困ったように苦笑いするユーシィに、マオの表情が少し明るくなる。
「そ、そうじゃな! 我も恩人に刃を向けるとなると抵抗があるしな!!」
「依頼があるわけでもないですしね。僕もここで稼がせてもらっていますし」
そう言ってユーシィは懐から袋を取り出し、ジャラリとその中身を見せる。金貨や宝石がユーシィの手にこぼれ落ちた。彼の実力を持ってすれば、このダンジョンでは十分に美味しい思いが出来ていたのだった。
「それよりダンジョンの事なのですけど。数、減らさないんですか?」
当然とも言える疑問をぶつけられ、再びマオの表情が曇る。俯いたまま、絞りだすように「ダンジョンを減らすことの意味」を答えた。
「計画を立てる所から成人の儀式ははじまっておるからのう。臨機応変に内部構成の変更は認められるが、ダンジョン自体の削除は計画の不備として大きな減点となってしまう……」
減点される程度であれば仕方がないかもしれないが、現状この無茶苦茶なダンジョン運営ゆえ、削除した時点で中止命令が出る可能性もあると言うのだ。
そもそもが4つものダンジョンを作ることは想定されていなかったという事もあるだろうな、とユーシィは思う。これまでの話からだけでもルールに穴が結構ありそうに思えたからだ。
「とりあえず、どんな事ができるのか見せてもらえませんか?」
「それは構わんが、力が少ないからの。維持分を除いたらあまりできる事はないぞ」
ふむ、とユーシィは顎に手を当て思案する。何をするにも力が必要だというのであれば、まずはとにかく目先の力を稼がねばならない。
その力は、戦闘による命のやり取り、魔力の消費で回収できるという。ならばやることは一つだなと、答えを出した。
「その僅かなポイントで出来うる限り強くて、タフなモンスターを魔王城に配置していただけませんか?」
「うむ? そうじゃな、それならヒュドラがいい感じじゃと思うが」
中空に視線を向け、指をくるくると回していたマオがしばらくした後そう答える。何かとユーシィが聞けば、本人しか見えないダンジョンシステムの操作盤があるということだった。
「ヒュドラですか。悪く無いですね。それではこの部屋の前のホールに置いていただけますか?」
「いや、しかしそれになんの意味が……」
「戦って、回収できる力を発生させればいいのでしょう?」
「……ふむ?」
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