第1章 ~魔王城に人が来ない~

第1話

 これは、探索者が初めて魔王城へと到達した日の出来事。



「くっくっくっ……よくぞここまで来たな、探索者よ」


 深淵の闇の中にいるかのように漆黒に塗りつぶされた広間。地獄の怨嗟のような低い音が響き渡る。

 その少女と思われる存在は部屋の最奥部。一段高くなった場所に在る真紅の玉座の前に居た。

 燃え盛る炎のような赤を輝かせ広がる髪。頭部より生える黒く太い角が左右に一対。竜のような翼を背に、光沢を持った闇色の尾をくねらせる。

 それは魔族。そしてその中でも一際強大な力を持つ一族、魔人の特徴であった。

 彼女こそがこの北限のダンジョン「魔王城」の主であった。


「長き時に渡り待ち続けた。貴様が初めての到達者だ。祝福しよう……そして、我が糧となるがいい……!」


 そう声を張り上げる少女の顔は見えない。それに対し、探索者と呼ばれた青年は武器を手にかけながらじりじりと少女の方へと歩みをすすめる。

 そうして、少女の目の前まで到達するとゆっくりと道具袋の中に手を入れ、命の次に大事であろう貴重なモノを取り出す。

 そうして、閉じていた口を開いた。


「……干し肉しか無いけど、食べますか?」


「肉ッ!?」


 がばり、と潰れたカエルのようにうつ伏せに倒れていた少女が、力を振り絞って起き上がる。ようやく見せたその少女の顔は、美少女と言って差し支えないほど整っていたが酷くやつれていた。10代前半に見えるその少女は瞳をキラキラと輝かせ、みっともなくよだれを垂らしながら最後の力を振り絞って右手を伸ばす。


「肉……!」


 そうして、はたり、と力尽きた。ぐるごろと広間に響く地獄の怨嗟腹の虫の音はそのままに。


☆☆☆


 人類最北端の都市オッカナイー。その都市が北限である理由は地理的な理由があった。

 大陸の東西に連なり、これより北方への道を分断する「魔王山脈」。高く険しいその山脈は、とてもではないが人間に越えることは不可能であるとされていた。

 そんな中、発見されたのが「漆黒の谷」と呼ばれるダンジョンである。魔法による簡易的な調査から、このダンジョンが上や下へと伸びるものではなく、山脈の奥へと貫いていると予想された。その先には薄っすらと、巨大な城が姿をみせていた事からも納得される。

 漆黒の谷に挑み始めた人々はいつしかその城を「魔王城」と呼ぶようになった。

 谷を超え魔王城へと。その野望が人を集め、いつしか町が形成される。魔王城へ、そして、まだ見ぬ遥か北の大地への見果てぬ夢。

 これが、オッカナイーの成り立ちであった。


 ダンジョンは基本的に人里離れた場所に発生し、誰かが侵入するのを静かに待ち構えている。その中には凶悪なモンスターが生み出されるが、基本的にそのモンスターが外へと溢れだすことはなかった。どういうわけか、そこにあるだけでは害がないのである。もちろんダンジョンが突然出現したり、或いは既に存在していたりと、人間にとっては気持ちの悪いものには違いがない。勇気ある者たちがソレが何であるかを突き止めようと、徒党を組んで突入する。そうしてそこが恐ろしいモンスターが跋扈し、凶悪な罠が仕掛けられた場所であることを知ったのだ。

 それだけであれば、それは放置してしかるべきもの。しかしダンジョンにはもうひとつ、重要なモノ・・があった。

 それは財宝である。ダンジョンの中には希少な物品が数多く眠っていたのだ。貴金属や宝石に始まり、魔力が込められた金属、あるいは武具など数多の価値あるもの。

 人々はそれを求めてダンジョンの攻略を開始する。そしてその果て、最奥部には異界の知的生命体、「魔族」が居ることを知る事となる。ダンジョンは魔族の領域でああったのだ。

 魔族は人間と比較し恐ろしいまでに強く、傷つけることが困難であった。

 しかし、魔族もまたダンジョンの外には出ようとせず、ただその奥深くで人間を待ち構えていた。


 ダンジョンという領域を生み出し待ち構えている魔族。そのダンジョンに挑戦する人間たち。


 いつしかその構図は、この世界にとって当たり前の姿となり、営みの中に組み込まれる。そうして、ダンジョンを攻略する人間たちを「探索者シーカー」と呼ぶようになっていた。


☆☆☆


 ガツガツと差し出した保存食を貪り食う魔族の少女。探索者であるユーシィは不思議そうな顔でそれを眺めていた。魔族の見た目が人間のソレと一致するのかは定かではないが、年若い少女が空腹で倒れているなど、彼には見過ごせなかった。人間であれば極度の飢餓状態で通常の食事を与えるのは危険であろうが、そこは魔族。問題はないようであった。最低限町へ戻るのに必要な食料だけ残し、分け与えられるだけの保存食を提供していた。それほど多いわけではないが、それでも大の大人2日分ほどの食料があっという間に少女の腹の中へと消えた。


「ごちそうさまでした」

「あ、はい」


 対面した時の尊大さは何処へやら。やけに丁寧にそう言って手を合わせ頭を下げる魔族の少女。世界中を旅していたユーシィは、それがどこかの国で見た食後の作法であったなとぼんやりと考えた。


「さて……」


 差し出されたお茶を飲み干し、すっくと立ち上がり少女は腕を広げる。


「よくぞここまで来たな、探索者よ!」


「あ、それもう一度やるんですね」


 冷静に返され、いたたまれなくなったのか頬を朱に染めながら、振り返り背後の玉座へと歩いて行った。


「……うん。助かった。もう3ヶ月位何も食べてなかったのじゃ。まさかこの次期魔王ともあろう我が飢え死にする所だったとは」


「次期魔王、ですか」


「うむ。改めて礼を言おう。我が名はマオ。次期魔王候補にして、ここのダンジョンマスターダンマスじゃ」


「はぁ。で、その次期魔王さまがどうして飢え死にしそうになっていたんです?」


 玉座に就いたマオは恥ずかしそうに目を逸らしながらも、ポツポツと現状の説明を始めた。


「本来であれば人間に伝えることではないのだが……恩がある。質問には答えよう。どこから話すべきか……そうじゃな、まずダンジョンというものは、我ら魔族の成人の儀式によるものなのじゃ」


「成人の儀式」


 人間たちにとって色々な意味で重要となっていたダンジョンが魔族の成人の儀式である。ユーシィは力の抜けた声で復唱してしまった。


「ダンジョンというものはな、力の回収設備なのじゃ。命のやり取りによる魔力消費を行うことでその力が回収され、我ら自身の糧とする事ができるのじゃ」


「驚愕の真実です」


「もちろん、それを実行するためには人を呼び込まねばならぬ。そこで宝石なんかを餌として撒いておくんじゃな」


「都合よく使われていたことにびっくりですよ」


「人間の領域からは離れた場所に作っておるし、直接被害を出すわけではないのじゃから、お互い様じゃろう?」


 別に人間と戦争したいわけではないのだ、と語るマオ。確かにその結果、人間の富は増えているので間違いではない。現時点で人間が住んでいる場所の外は、生きるのには厳しい土地だ。荒野にしろ樹海にしろ、簡単に住める場所ではない。そのような場所にあるダンジョンだ。徒歩圏内が多いとはいえ、どちらかと言えば人間のほうが侵入者になるだろう。


「それで、定められた期間内にダンジョンを使って”力”を一定以上貯めることで、成人として認められるのじゃ」


「なるほど」


 ダンジョンの整備、管理。モンスターの配置や維持、そして財宝。その全てにその”力”が必要となり、そのやりくりをして黒字にするのが目的だという。そして成人として認められた後も、そのダンジョンを経営し自らの力としていくのだという。


「成人として認められなかったら?」


「強制送還じゃ……。皆から白い目で見られながら初等教育からやり直しなのじゃ……」


 世知辛い話だった。

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