後編
なんだぁ? 誰がこそこそしてるんだぁ?」
近づいた窓が開き、髭面で強面の中年男が顔を出した。顔が赤い。どうやらアルコールが入っているようだった。
「っ……!? ……ファイドさん!?」
その顔を見たシフが、素っ頓狂な声を上げる。ファイド。2刀流の剣士で、魔王城到達者の一人だった。会話をしたことこそ無かったが、オッカナイーの酒場などでよく見かける顔である。
「おお!? なんだいなんだい新たな到達者か!?
おいてめーら!! 新しい到達者だぞ!!」
「まじか!?」
「早く入って来い! 早く!」
面食らったのはシフと、遠巻きに警戒していたセンシーたちである。やり取りは聞こえていた。こんな所に羨望の的でもある到達者たちが居る。いや、魔王城なのだから居てもおかしくはないのだが。
釈然としない気持ちになりながらも、センシーたちは宿らしき建物の入口をくぐった。
「いらっしゃい」
「ふっ、よくぞ参られたな!」
そして、宿の従業員と思われる2人に出迎えられたのだった。
☆☆☆
「な、ま、魔族……っ!?」
先頭で入ったセンシーが驚きの声を上げる。
後続する3人も待ち構えていた少女に気が付き、硬直する。魔族は、ダンジョンの主。彼女は見た目こそ幼いが、魔族の見た目などあてにならない事を彼らは知っていた。
疑問なのは、魔族は本来ダンジョンの最奥部に篭もり、ダンジョンの管理をしているはずだ。
「うむ。我が名はマオ。この『魔王城の宿』の主じゃ」
仁王立ちで宣言する少女。その言葉から察することができるのは……この宿屋自体がダンジョンであるという事。
「あはは。大丈夫ですよ、お客さん。ここは、魔王城に挑む人たち……
にこやかにそう告げる黒髪の青年。彼は人間であろう。身長はやや高め。パッと見の印象は薄いが、かなりの腕を持つであろう事が、センシーには感じ取れた。
混乱する一行のもとに、先ほど声をかけたファイドが隣の部屋から現れた。ここは宿に入ってすぐのホールであり、受付。ファイドが現れた部屋は食堂か酒場であろう。宿屋としては一般的な構造だ。
「いつまで呆けたツラ晒してんだい。まぁまずは祝いだ祝い! マオちゃん、マスター、酒頼むぜ!」
「だから
「はいはい、よろこんで」
センシーたちは混乱が解けぬまま、ファイドに連れられ食堂の方へと向かう。そこには数人の男女が酒盛りをしていた。そして、その誰もが名を馳せている探索者であった。
「なんだ……ここ?」
「マオちゃんとマスターが言ってたろ。ここは魔王城へ挑む探索者の為の拠点だ。休んで、飲み食いして、準備ができる……な!」
「そんな話、聞いたことねえぜ……」
「そりゃそうだよ。町じゃここの話をすることはご法度だ。いや、別に知ってる者同士でする分には構わねえんだがな……」
ようやく混乱が解けてきたセンシーたちの疑問に応えるように、4つのジョッキを持ったマオと名乗った魔族が口を挟む。
「この宿屋がある事を前提に来られては困るからな。最低限試練を往復出来るだけの腕と準備がなければ、魔王城の攻略は不可能じゃ。
はじめから片道想定なら、ここにたどり着ける連中はもう少し増えるじゃろ?」
そして、力が足りないものに物資を渡すのは無駄でしか無い、と言う。センシーたちの現状は、正当な攻略と認められるから安心しろ、とも。
「初到達者にはサービスで食事と1泊をプレゼントです……存分に飲み食いしてください」
ユーシィと呼ばれた青年が出来たての酒のツマミを持って現れ、そう告げる。センシーたちは戸惑いながらも、大騒ぎしている勇者たちに流され酒盛りに加わった。
☆☆☆
「魔王城も試練ほどではないですが、財宝の出現率自体は低いです。その代わり、それに見合ったものが見つかりますよ」
一泊して食料の購入もしたセンシー一行。彼らはこのまま、4人で魔王城に挑むことを決めた。ユーシィとマオに見送られながら決意を新たに、夢にまで見た魔王城へと突入していった。
「おっ、連中もう行ったのかい」
センシーらを見送り2人が宿に入ると、寝起きのファイドが2階から降りてきた。ファイドはこの後町へと帰る予定であったので、気楽なものだった。
「はい。……ええと、ファイドさんは確か20分でしたね」
「まぁあいつらじゃそんなとこだろ。試練超えギリギリじゃあなぁ」
「じゃがお主の記録は15分じゃろ? それを考えると評価しているようじゃな」
「俺の時よりパーティのバランスはいいからな。魔導師が居なきゃキツイぜ」
「そもそも前衛のみで試練突破されるのは想定外だったんじゃが……」
「ソロで突破した旦那ほどじゃねえだろ」
「違いない」
そんな談笑をしている彼らの元に、続々と目を覚ました探索者たちが降りてくる。朝食を出しますね、とユーシィが厨房へと入っていった。
全員が降りてきたのを見計らって、マオは空中で何かを操作するように手を動かす。管理者が行える、ダンジョン操作だ。やっていることは客室の清掃とベッドメイキングであるが。彼女にとってソレは全く手間ではなく、一瞬で終わった。
そういった宿自体の管理は彼女の担当であるが、頭を使う事、料理を作ることはユーシィ任せであった。細かい作業は苦手なのである。ダンジョン操作じゃ出来ないし。ベッドメイキングとかその実ベッドごと入れ替えであるので。
その為宿の中で出来る仕事は特に無く、日中の仕事である畑仕事をしようと、倉庫から必要な道具を取り出した。宿の裏手には、結構な規模の畑がある。そこはダンジョンでは無いので、自らの手で世話をする必要があるのだ。
「あ、全滅した」
宿から出ようとした直後、マオは何かに気がついたように声を漏らした。それが聞こえたのか、ファイドが顔を出す。
「何分だ?」
「18分じゃな。おめでとうファイド、ニアピン賞じゃ」
「よっしゃ転送陣無料券ゲットだぜ」
「流石ファイドさんですね。いい読みです」
その会話に気がついたユーシィと、他の勇者たちがぞろぞろと食堂から出てきた。
「ダークドラゴンのブレスで一掃じゃな。ま、よくある死因じゃ」
軽いノリで彼らは魔王城探索者の生存時間を当てるゲームをやっていたのだ。センシーたちの死をだれもが軽く扱う。それはこの場では日常的な風景だった。
それもそのはず。なにせこの場にいる全員、そのゲームの対象者となっていたのだから。
この宿屋に泊まった者は魔王城の中に限り、死んでも宿の中で蘇生される。当然センシーたちも承知の上だった。そうでなければ補給できたとはいえ、この期に及んでブレアたちまで魔王城に挑もうとは思わなかっただろう。
城内で破損した装備などは修復されないので、生き返るからと気を抜いて行くと大損するので注意は必要だ。
ファイドたちが盛り上がっている中、センシーたちが泊まっていた部屋に光が集まり遺体が転送、蘇生される。それがこの、魔王城の宿の日常である。
☆☆☆
魔王城。それは入り口から10分で最高クラスのモンスターに襲われる、最凶の名に恥じないダンジョンです。
だがご安心を! 魔王城前に店を構える宿屋で一泊すれば、魔王城内に限り、死んでも転送され蘇生されます。魔王城ご利用の際には是非お立ち寄りを!
一度訪れれば、転送陣による町への移動も有料も行っていますので、ご用命の際は従業員に声をおかけください。
魔王城の宿。それは魔王城の主であり、魔族の王が経営する探索者たちの為の宿。リーズナブルな宿泊料金で皆様をお待ちしております。
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