第5話 異変
俺がエルバサに着いた時には町はすでに火の海だった。
町民の多くは戸惑い、逃げることで精一杯だ。その中でもみんなに指示を出している女性がいた。黒髪ツインテールで小柄なロリおじさんだ。
「ロリおじさん何があったんですか? ログアウトしたはずでは?」
「アーサーさん! よかった。あなたが無事で……」
ロリおじさんの顔には随分と疲れが見えた。スタミナゲージの回復が追いついてないのかもしれない。俺はそう考えて、ひとまず手持ちにある兎肉のジャーキーと水を渡す。ロリおじさんは「ありがとう」と言うと一息に飲み干した。
「町民の方々の話によると魔物たちによる大規模な襲撃だそうです。特に最初の一撃『
「こんなに早く襲撃イベントですか!? 今のレベルと装備ではいくらなんでも攻略できない。これではこれからのストーリーにも影響があるはずです。俺たちの他にプレイヤーはいないんですか?」
「残念ながら……」
ロリおじさんは首を横に振ってそう呟いた。
「わかりました。俺はやれるところまでやってみようと思います。ロリおじさんはどうしますか?」
「私はここの避難指示をクリアしたらそのまま逃げます。私の攻撃力とプレイヤースキルでは足手纏いになるだけですからね」
ロリおじさんのジョブは軽業士系ジョブレベルIのシーフ。全体的にステータスは低く素早さと固有スキルが売りだ。そのため、ボス戦などで活躍することは少ない。上級職のニンジャなどになってくれば話は別だが、今は関係のないことだろう。
「おそらく町長のところでイベント参加のはずです。場所はエルバサの中心、噴水広場です。あと、これは私の思い過ごしならいいのですが……」
ロリおじさんはそこで一度言葉に詰まった。そして、少しの逡巡ののち口を開いた。
「ログアウトはできないかもしれません」
その言葉は重く俺の心のうちに沈む。
「……え?」
「アーサーさんと別れた後、私はいつも通り宿屋に宿泊しました。部屋のベッドでしっかりと寝たはずです。それなのに私は『
真剣な面持ちで自分の身に起きたことを話しているのであろう。とても嘘を言っているようには見えなかった。
「今回の
ロリおじさんにそう見送られた俺はうるさく鼓動する心臓を黙らせようと全速力で町長たちの待つ噴水広場を目指した。
道中、目に止まるのは飛散した瓦礫と魔物たちの数々であった。
「くっそ、こんなの俺一人じゃどうにもできないぞ……」
その時だった。
「いやあぁぁぁぁ! こっち来ないで! 誰か助けて!!!」
甲高い悲鳴が聞こえた。
俺がすぐに声がした方を振り返るとそこには今まさにオアル――イノシシによく似た中型の魔物で槍を巧みに操る――に襲われようとしている女の子の姿があった。
「今、助ける!」
言うが早いか。俺は一目散に女の子の元に駆け出した。少女は恐怖で動けないのかその場でへたり込んでしまい、オアルはその手に持った槍を高々と掲げて振り下ろ……
「お前の相手はこの俺だッ!」
せなかった。
スキル:体当たり。
俺はそのままの勢いでオアルに全体重を乗せた体当たりを行なった。
オアルは見事に数メートルは吹き飛ばされ、無事に女の子との距離を話すことができた。
なんとかなったみたいだな。
体当たりにはノックバック効果がついており、敵との距離を離したい時やハメ技としても有効に使える。
「君、大丈夫? 怪我はない? 一人で歩けるかい?」
女の子は軽く頷くと震える足で立ち上がる。俺も軽く手を貸してあげて少女の無事を確認する。
「金髪のお兄ちゃん、ありがとう!」
「よし、それじゃあ早く逃げるんだ。お兄さんはあの魔物をやっつけるから」
女の子は未だに震えている手を離して一人で走って行った。
そして、俺はその背中を見送りながら半歩横に体をずらした。すると俺がさっきまでいた場所をオアルの槍が貫いた。
「ナニッ! キサマ、ナゼワカッタ!」
「オアルは背中を見せているプレイヤーに背後から近づいて大ダメージを与えるのが得意な魔物だ」
そして……
「その攻撃を避けられた場合は大きな隙が生じる」
今のオアルは槍を持った腕を大きく前に突き出し、体の重心が大きく前に傾いていた。
スキル:体当たり。
がら空きになったオアルの体に痛恨の体当たりをお見舞いする。先ほどよりもより大きくバランスを崩したオアルは手に持っていた槍も落として地面を転がっていた。
「ハァハァ……イ、イソイデ ブキ ヲ ヒロワナクテハ」
俺はその醜い醜態を晒しているオアルの心臓に刃を突き立てる。
「ガハッ!」
オアルは短い悲鳴を上げると、剣を抜こうとしばらくの間もがいていたがやがて動かなくなった。
力尽きたことを確認した俺は噴水広場に早く向かうためにも、突き刺していた剣を思い切り抜いた。
その時だった。
勢いよくオアルの体から血が吹き出し返り血を浴びてしまった。
これ自体に何か毒にかかるというような効果はないはずだ。だというのに――
「スライムとは全然わけが違うな。こんなものわざわざ表現する必要もないだろ。というかリアルすぎて気味が悪い」
とはいえ、スタミナゲージがゼロのときはクリティカルが確定で入る。仕様では理解していたが実際にダイブモードで実感するととてもらしい演出だ。
俺は顔についた血だけでも拭い終えるとすぐに噴水広場を目指した。
手には肉を突き刺す嫌な感触が残ったままだ。
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