第2話
*
次の日、俺はいつも通り学校に向かって歩いていた。
昨夜の出来事なんだったんだろうと思いつつも、あまり関わり合いになりたくないので、もう二度と来て欲しくない。
「なんだったんだ……」
「よ、拓雄」
「和毅、おはよう」
「相変わらず表情の無い奴だな」
「別に良いだろ。それよりも……」
「あ、あの! 荒山君!!」
「ん?」
和毅と教室に向かっていると、急に一人の女子生徒に話し掛けられた。
名前も知らないその女子生徒は、顔を真っ赤にしながら俺の顔を見ている。
「えっと……何?」
「え……えっと……あの……こ、コレ!」
そう言って女子生徒が渡してきたのは小さな青色の封筒だった。
俺は不思議に思いながらそれを受け取る、すると女子生徒は走って先に行ってしまった。
「ひゅ~、やるねぇ~色男」
「なにがだ?」
「とぼけんなって、どうせまた告白だろ?」
「ただ手紙をもらっただけだ」
「どうせ呼び出しだろ? こんな無愛想な奴のどこが良いんだか……」
「俺が聞きたいさ……」
こう言うことは結構多い、呼び出しを受け、俺はその場所に行き、毎回同じ事を女子から言われる。
好きです。
その言葉を聞いて、普通の男子なら嬉しいらしいのだが、俺は別に嬉しく無い。
全く知らない女子から一方的に好きだと言われても困ってしまう。
「今回も断るのか?」
「あぁ、別に好きじゃないしな」
「また泣くぞ?」
「それは少し嫌だな……俺が虐めてるみたいで」
「はぁ……なんでこんな奴がモテて俺がモテないのかねぇ~」
「お前は彼女が居るだろ?」
和毅には中学時代から付き合っている彼女が居る。
軽い感じの和毅とは違い、しっかり者の優等生で、実は学年主席だったりする。
「それでも女子からモテるのは嬉しいからな~」
「何? 浮気の相談?」
「お! 噂をすれば葵(あおい)じゃないか」
後ろから俺と和毅に話し掛けてきたのは、和毅の彼女の二階堂葵(にかいどうあおい)だ。
背は女子にしては少し高めで、大きな瞳を細めて和毅にジト目で何かを訴えかけている。
髪は後ろでまとめ、ポニーテールにしており、着崩すことなく、しっかりと制服を着ている。
「しないしない、俺には葵だけだって」
「別に浮気なら勝手にどうぞ、私が離れていくだけだから」
「そんな事言わないでくれよ~」
「ちょっと! あんまりベタベタしないでよ!」
こんな感じで、和毅が葵にべた惚れなのと葵もまんざらでもないので、この二人は長く続いている。
「ほら二人とも早く教室に行くわよ。遅れたらどうするのよ」
「お前らがイチャつき始めたんだろ?」
「な! い、いちゃついてなんて無いわよ!!」
葵は顔を真っ赤にしてそう言うと、ずかずかと教室の方に向かって歩いて行った。
「可愛いなぁ~、やっぱり葵が一番だ……」
「置いてくぞ」
「あ! おい待てよ!!」
今日もいつも通りの朝だと思いながら、俺は教室に向かう。
しかし、このときの俺はまだ知らない。
俺のこの日常が、これで終わりを告げるなんて……。
*
「よし、ホームル-ムは以上だ。あぁ、それと荒山」
「はい」
ホームルームが終わろうとしたそのとき、俺は担任の先生から名前を呼ばれた。
何か俺に用事でもあるのだろうか?
「この後、職員室に来なさい。お前にお客様が来てるぞ」
「客?」
俺は誰だろうと考えながら、昨日の黒服を思い出した。
あいつらか?
しかし、学校までやってくるなんて、一体何者だろう?
俺は先生に連れられて、職員室に向かう。
「こちらの方だ」
「はぁ……」
連れてこられたのは、校長室の隣にある来客者用の部屋だった。
そこにはソファーに座ってニコニコと笑う一人の老人がいた。
両脇には昨日の黒服がおり、絶対に普通の人ではないことをものがたっていた。
「おぉ! 君が拓雄君か!」
「はい……そうですけど、何か俺にようでしょうか?」
「あぁ……そうか……君が……そうか……そうか……」
老人は俺の顔を見た途端に笑い始めたと思ったら、今度は泣き始めた。
俺は一体この老人が何者なのかわからず、困ってしまった。
「あの、失礼ですがどなたでしょうか?」
俺がそう老人に尋ねると、老人はニコニコ笑いながら答えた。
その言葉に、俺の頭の中は真っ白になった。
「わしは君の祖父にあたる者じゃよ」
「え………」
色々な考えが頭の中を駆け巡った。
天涯孤独だと思っていた自分に家族が居た。
しかし、母親と父親から聞いていた話では、祖父も祖母もかなり前に他界しているという話しだった。
それがどうして……。
「あの……何かの間違いじゃありませんか? 自分の両親は祖父も祖母も亡くなったと言っていました」
「それもそうじゃろ……君の両親は駆け落ちだったからのぉ……」
「駆け落ち?」
「今からもう二十年以上も前の話じゃ……」
俺の祖父と名乗る老人は、ゆっくり話し始めた。
俺の母は日本でも有数の財閥の令嬢だったらしい。
しかし、親父と恋に落ちてしまった。
一般人の親父と財閥令嬢ではもちろん周りが結婚を認めるはずもなく、二人は引き裂かれた。
しかし、親父と母はすべてを捨てて二人で一緒になることを選び、家を出たらしい。
「あのときの事を思い出すと今でも後悔するわい……わしは何故もっと娘の話を聞いてはやれなかったのかと……」
「………」
俺はただ黙って話しを聞いていた。
話しによると、祖母は亡くなっており、祖父も一人らしい。
だから、俺を引き取りに来たとそういう話しらしい。
「話しはわかりました」
「わしは……娘に酷い事をしていしまった……だから……娘の残した君を育てる事が、わしの責任だと思っていた……しかし、わしは……拓雄君を見つけるのが遅すぎたのかもしれん……」
「なんでですか?」
「君の担任の先生から、君の現状を聞いたよ。成績も良く、バイトもして一人で生活をしていると……」
「まぁ、一応ですけど……」
「もう、立派に成長していて………わしは流石娘の子だと感心してしまったよ……だから、昨日この者達を送った時も、正直今からわしが拓雄君に何が出来るのかわからなかった……」
祖父はなんだか寂しそうだった。
正直、確かにいまさら祖父だと言われても実感が沸かない。
それにどう接したら良いかわからない。
でも、正直嬉しいと思う自分が居た。
この世にもう家族は居ないと思っていた。
しかし、家族が居た。
その事実が嬉しかったのは確かだった。
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