能面少年と千変万化な少女

Joker

第1話

「なぁ、お前っていつも無表情だよな」


「そうか?」


「あぁ、そうだよ。まるで能面みてーだよ」


 無表情で能面みたいだと、これで何回言われたのだろう。

 俺は荒山拓雄(あらやまたくお)、今年の春に高校二年になり、今は友人の岡部和毅(おかべともき)と学校から自宅に帰る途中だった。


「まぁ、表情を作る必要性を感じないというか……正直面倒だ」


「お前は本当に人間かよ……そのせいで入学当初は随分大変だったしな」


「あぁ、何考えてるのかわからないから、変に恐れられてたな」


「うちの学校の裏番って事になってたしな」


「迷惑な話しだ」


「そう思うなら、たまには笑え」


「可笑しなことが無いからな」


「なら泣け!」


「何故泣かなければならない?」


「じゃあ人間味のある表情をしろ!」


「しているだろ?」


「それで!?」


 俺と違って、こいつは表情をころころ変える。

 それが世間一般では普通かもしれないが、俺にとっての普通はこの無表情だ。

 いつからだっただろうか、俺が表情を作らなくなったのは……。

 いつからだろうか、あまり人生を楽しいと思わなくなったのは……。


「悪い、俺はこれからバイトだ」


「おう、そうか。じゃあここで、またな」


「あぁ」


 俺は岡部にそう言い、駅前の方に向かって歩いて行く。

 俺のバイト先は小さな喫茶店だ。

 

「夕方でもむしむしするな……」


 夏を前にし気温が高くなり始め、外を歩くのが嫌になる。

 額に掻いた汗をハンカチで拭きながら、俺はバイト先の喫茶店に到着した。


「お疲れ様です」


「あぁ、荒山君。お疲れ様、今日も暑いね」


 この喫茶店のマスターが俺を見てニコリと微笑んでくる。

 歳は確か50代で最近腰が痛いと言っていたマスター。

 無表情で無愛想な俺なんかを雇ってくれた、凄くいい人だ。


「そうですね、もうすぐ夏ですしね」


「今年も頼むよ! 荒山君は仕事が出来るし、顔も良いから女性客に人気なんだから」


「俺なんかが役に立ってるなら、嬉しいです」


「十分に立ってるよ! それじゃあ、着替えてきてくれるかな? とは言っても……お客さんは居ないけど……」


「まだこれからですよ」


 俺はマスターにそう言い、制服に着替えて仕事を始める。

 あまり大きな店では無いが、この店はこの辺りでは少し有名だ。

 マスターの入れるコーヒーは深みがあり、そこら辺のコーヒーとは別次元のおいしさだ。

 それを知っている一部のコーヒーマニアは連日足を運んで来るのだが、いかんせん小さなお店なので、普通のお客さんは敬遠してあまりお店に来ない。

 今日も閉店までに来たお客さんは、十人ほどだった。


「お疲れさまです」


「あぁ、お疲れ様。気を付けて帰るんだよ」


「はい」


 俺はバイト終えて家に帰宅していた。

 とは言っても、帰っても誰が待っている訳ではないのだが……。

 

「ただいま……」


 小さなアパートの一室に到着し、俺は真っ暗な部屋のドアを開けて、一人でそう呟く。

 

「……ただいま、母さん、父さん」


 部屋に入り、まず最初にすることは、今は無き父と母の遺影に手を合わせる事だ。

 小学二年の時に親を失い、俺は施設に居た。

 俺の両親は駆け落ちだったらしく、親戚はおらず、引き取り先も見つからないまま俺は中学を卒業と同時に施設を出て一人暮らしを始めた。

 お金は父親と母親が残してくれたのがあり、なんとかなったが、それでも余裕があるわけでは無い。

 だから毎日バイトして金を貯め、大学に進学するための費用を貯めている。

 しっかり勉強して、しっかり働いて、しっかり生きることが、親を安心させる事だと信じて、俺は毎日頑張ってきた。


「いただきます」


 食事も自炊して節約し、食事が終わったら毎日の勉強も欠かさない。

 俺の生活はこんな感じだ。

 そして勉強が終わり、風呂に入ると、少しだけテレビを見て寝る。

 それが俺の一日の過ごし方だった。

 こんな毎日がいつまでも続くのだろうと思っていた……。

 しかし、そんな日常は意外にもあっさり崩れ去ったのだった………。







 とある土曜のことだった。

 いつもは滅多に鳴らない家のチャイムが鳴った。


「はーい」


 俺はテレビを見るのをやめて、インターホンに近づき誰が来たのかを確認する。

 そこには黒服にサングラスの男が数人写っていた。

 なんだこいつら……。

 俺が始めに思ったのはこれだった。


「どちらさまですか?」


『荒山拓雄さんでしょうか?』


「そう……ですが」


『貴方に伝えなくてはいけないことがあります。中に入れては貰えないでしょうか?』


 怪しい。

 伝える事ってなんだ?

 そもそもこの黒服はどこの誰なんだ?

 俺はかなり不信に思いながら、ドアを開けるか否か悩んでいた。


『開けないと強行突破しますよ』


 絶対に怪しい人たちだ、通報しよう。

 俺は直ぐに机のスマホに手を伸ばし、警察に電話を始める。


「もしもし警察ですか?」


 俺は警察に事情を説明。

 とりあえず来てくれるらしいので、その間俺は黒服達を足止めするためにインターホン越しで話しを聞く。


「あの、流石に怪しいので入れたくないんですが……」


『な、何故ですか! どこが怪しいっていうんですか!』


「いや、全体的に……」


 俺がそう言うと、黒服達はインターホンの前でこそこそ話し始めた。


『どうする? そんなに怪しいか?』


『しっかりとした格好で来たんだが……何か変だろうか?』


『グラサンか? レンズの形が四角いからダメなのか?』


 いや、グラサンだけじゃないんだが。

 そんな事を考えながら、俺は警察の到着を待っていると、外からサイレンの音がこちらにやってくるのが聞こえた。


『もしもし、何をしてるんですか?』


『え! なんで警察!?』


『不審な黒服が居ると通報がありましてね、とりあえず署までご同行お願いしてもよりしいですか?』


『いや、我々はこの部屋の方に用があるだけで!』


『いや、強行突破しようとしてるって聞いたんだけど……』


『た、確かにドアをぶち破ろうとしましたが!』


『あぁ良いから、とりあえず行こうか』


『えっ! ちょっと! 待って下さい!!』


 そのまま黒服は警察に連れて行かれた。


「……なんだったんだ?」


 俺はその後、普通に食事をし歯を磨いて普通に寝た。

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