第七章 闇に灯る光(2)
どうすればいいのかもわからず途方に暮れていると気が付けば自分は王宮の近くにでは戻ってきていた。
特に意識をしたわけでもないのに自分の足は自然と王宮に向け有られていたのだ。その床にやっと気が付いたのは目の前に町が見えてきてから。
「習慣は恐ろしいな……いや、帰るとこもない、ここ以外に……帰ることができる場所などないのかな」
だが、いまさら王宮に入るのはどうも気が進まない。つい昨日の夕方(おそらく今は夜十二時を過ぎている)に親に啖呵きって出ていったのだから、そうのこのこ帰るわけにもいくまい。
街中にまでは足を進めるもその先、足取りはどんどん遅くなっていった、自分の意思にかかわらずに。
しまいに足取りは止まり、視線は街中にある一つの公園に向けられていた。しばらくその公園を見つめていた。誰一人としていない、夜の公園。噴水も何一つ音立てず静かに朝の光を待っている。そのくらい公園の中に今は光など一つとしてない。
試しに一歩、片足を公園に入れてみた。それと同時に冷たい風が吹き肌に突き刺さり、髪もまたふわりと揺れる。公園に生えている草木もまた、その風に揺られ音を奏でた。そんな公園にさらに一歩踏み込む。
あまりに静かだった。吹く風がなければまるで音を奏でる要素がこの公園にはない。噴水が動いていれば少しは変わるだろうがそれもないのだから、もうそれは静か。
試しに噴水の静かな水面に顔を覗き込ませてみた。自分の髪は再び白色を取り戻している。三割ほど白くなっているのだろうか。やはり、光は手に入れられているのだ。それに……何の違いもない。これは……自分の光だ。
「……なんだよな?」
自分の白い髪を触りながら水面に映る自分の虚像に問いかけるも無論、返事など来ない。ただ、自分と同じ動作をする自分が返ってくるのみ。
「ノワールさま、探しましたぞ」
いや、返事なら後ろから来た。その言葉を発した人物の気配にまるで気が付かなかった……別のことに意識していて気が付けなかったゆえ、一瞬驚きながらあわてて後ろを振り向く。
最初は暗闇によって生み出される影によってその人物の姿顔を確認しきることはできなかったが、近づくにつれてその正体が分かった。
「シュバルツ……どうしてわたしの居場所が分かった?」
「あなたの闇を再びこの街で感じましたのでね……飛んできましたよ」
……飛んできた……か。飛んでくるのは……当然のように親ではない。
「ふん……そうか」
適当にあしらって再び水面に視線を落とす中、シュバルツはさらに近づいてきた。
「しかし、ノワールさま。またずいぶんと光を取り込んだようですな」
「……一度失ったがな……」
「ふむ……、では一度失ってまた取り込んだと……しかし、やはりわたしはあなたさまに謝らなければならないようです」
「……なに?」
「光は……無理矢理取り込んでもあなたさまの光には決してならないらしい。あなたを見てみてはっきりと分かりました。勝手な憶測で余計ないなことを言ってしましましたな。本当に申し訳ありません」
「ばかな……違う、違うぞシュバルツ。これは紛れもないわたしの光だ。わたしが手に入れた光だ! それ以外にはない! いっそわたしの中にある闇などすべて消し去りたい! あの輝く光を手に入れたい!」
「本当に……申し訳ありません」
「謝るな! 謝るなシュバルツ! これはわたしの光だ! そうだと言え! 言え!」
なんどもシュバルツの肩をゆすり、認めさせようとするがシュバルツは何一つとして言葉を訂正しようとはしなかった。
そんな時だった。後ろからさらに誰かの声が耳に届いた。
「ノワール、ここにいたのですか」
また、そんな声をかけられ、今度はシュバルツと一緒にその陰のほうを見た
「な!? お、王妃さま……?」
「お母さま!? な、なぜここに!?」
なんとノワールの母だったのだ。ドレスを地面にすらせ汚く汚しながらもゆっくり近づいてくる。
「使いのものにばれると止められますからね。こっそり抜け出してきたのですよ。シュバルツ……悪いですけど少しそこをどいてください」
母に言われるがまま一礼を行い、そこから数歩下がるシュバルツ。母はさらにノワールに近寄ってきた。
「お、お母さま……」
目の前にまで来た母にそう声をかけた瞬間だった。視界の端から母の手のひらが飛んでくる。そう気づいた瞬間には頬に痛い衝撃が走ると同時乾いた音が夜の公園に響き渡った。
それが母からぶたれたと気づくのに数秒のロスがあるほど、あまりに唐突で信じがたいものだった。
「こんな時間まで……本当に何をやっていたのですか!! どれだけ心配させたか……分かっているのですか!!」
あまりに真剣でなおかつ鋭い目つきだった。母の声がグッと心の奥を突き刺してくる。まだジンジンと痛みを上げる頬を抑えながらただ母の顔を見ることしかできない。横にいたシュバルツもまた驚きの顔を上げているように見える。
それからしばらく気まずい空気が流れてしまう。ノワールはそう思ったのだが、その後気づけば母は手をノワールに向かって伸ばしてきていた。
瞬く間にノワールの頭と背中に母の手が回され引き寄せられる。抵抗しようかと思った時には既には母の胸のなかにすっぽりと入り包み込まれていた。
「お……お母……さま?」
グッと力強く抱きしめられ思わず、母に意識を向けるとその母の頬から小さな水滴が流れ落ちていることに気が付いた。
「本当に……心配をかけさせて……、もう! もう!」
「……」
暖かい、そう思ってしまった。その暖かさにはあのブランが放つ光のようなものがある。闇なんかとは違う、本当に心がほっとする温かさだった。その暖かさに甘え、そのまましばらく母に身をゆだねることにした。
どれくらい時間がったのだろうか、唐突に母が話し始めた。
「そういえば、さきほどのシュバルツとの話を聞いていましたよ」
「……え?」
そういうとゆっくり母はノワールをその身から離し、じっと目を見つめてきた。
「あなたは光を取り込んで手に入れようとしているのでしょう? その白い髪の毛がその意味を表しています。でも……それはあなたの光ではないと」
「……ッ。そう……なんでしょうか?」
一度ちらりとシュバルツを見たがシュバルツは特に何も示すことなく、こちらをただ見ていた。それを見たノワールは視線を地面に落とす。
「それは確かにノワールの光ではありませんよ。わたしもそう思います。残念ながら人から奪った光は決してあなたの光になどならない」
「……」
「ノワール……こちらを見なさい」
そう言われゆっくり視線を上げていき、母と目を合わせたそのとき、ノワールの目の奥に何かが一気に入り込んだ。その衝撃で半歩後ろに下がりながら目を手に当てる。
「な……何を!?」
「ノワールさま!?」
「シュバルツ! 手を出さないでください。ノワール、あなたにわたしの闇を送りました。これであなたの持っている光の正体がはっきりと分かるはずです」
「ぬぅぅ……ぅう……!?」
母から送り込まれた闇が体の中を渦巻いていく。ちょっとした苦しみだったがそれが全身に回るかどうかといったところ、ノワールの奥にあった光が一気に放出、散乱してしまった。
手に入れた光がすべて失われ、たちまちノワールの髪の色は元の黒色へと戻っていく。さらにノワールの後ろには放出されたあの勇者たちが転がった。
勇者たちはすぐ目を覚ましたらしくこの状況に混乱している様子だった。そんな彼らに母はゆったりとした声で話しかけた。
「そこの勇者たち。ノワールはご迷惑をおかけしました。そのお詫びというのもなんですが、今すぐここから逃げなさい。見つからないように音を立てずこっそりと。ここにいるわたしたちはあなた方のことを見ていない。さあ、お行きなさい」
街の出口がある方向を指差す母の言葉を勇者は最初理解できなかったのか、あたふたしながらあたりを見渡していたが、やがて立ち上がると不恰好に走りながら公園から……そして町を出ていった。
「さて……と、ノワール」
再び母の視線はノワールに向けられ始める。
「光の正体……やはりそれはあなたが取り込んだ勇者でしかなかった」
「ああ……ああ……」
あれだけ必死に取り込んだ光なのに……手に入れようと必死にもがき握りしめた光なのに……いとも簡単に失ってしまう。
「なぜだ、なぜこうまで簡単に光は消えてしまう!? せっかく手に入れた光も……一瞬で失われる。なぜだ! なぜ、光は……わたしのものにならない!!」
地面に何度もこぶしをたたきつける。何度も何度も……。そんなこぶしが母の手によって包み込まれた。
「ノワール……あなたは光に取り憑かれています……でも、その取り憑かれ方は尋常ではないほどに……そうですね、例えるなら……まるで恋する乙女」
「……ハァ? な、何をバカな!?」
あまりに予想外の言葉に全身に熱がこもり、顔が赤くなってしまうほどあわててしまう。
「手に入れるためにどこまでもあがきたい、あがいてあがいて手に入れたい。どんなに打ち下れようとも諦めきれないそれは……恋」
「く、下らないですよ……」
「これだけははっきりといいましょう。わたしたちに宿る闇は決して消えることはありませんよ。誰しもが……闇を抱えているのです。
それはたとえ……光の力を使う勇者であったとしても。ただ、勇者が眠っている力のなかで光の力を引き出し扱うのと同じように、勇者は眠っている力のうち、闇の力を引き出して扱っているだけ。
わたしたちも、勇者も、結局は同じ人間。どの力を訓練の過程で習得したかという違いだけなのですよ、彼らとの間にあるのは」
「なら! わたしにも光があるということでしょう!」
顔を上げ母にそういうと母はゆっくりとノワールの肩に手を優しく置いた。
「わかっているではありませんか」
「え?」
「光は……手に入れるものではない。自ら心の奥に灯すもの。いや、もうすでにあなたの心にも光はともっているはず、それをより輝かせるだけなのですよ」
そう言われ自分の胸の奥に意識を向けた。
「わたしの……なかに? 光が?」
とてもじゃないが、そんなものがあるとは思えない。まるで感じることはできないのだが。……だいたい、どうやって灯せばいい? どうやったら輝く。
「ど、どうすれば? どうすればわたしの中にある光が輝くのですか!!」
「それは自分自身で考え悟らなくてはいけないことです。光は自分で灯すもの、他人に灯してもらうものでもありませんから」
「……そんなことを言われても……」
「それも分からないのなら、光を得る資格などないのかもしれませんね」
「なっ!? ……クッ」
あまりにぐうの音も出ないことを言われてはもう押し黙るしかなかった。そんなノワールの手を再度、グッと握りしめてくる母。
「ノワール。あなたがあなた自身で輝きなさい。自分が光となるのです。そうすれば、それはきっとあなたが手にする光になるはず」
「お母さま……」
母はゆっくり手を離すと後ろを向き歩きは出し始めた。
「シュバルツ、あなたももう帰りなさい。あとノワールひとりでいけるはずです」
「……はい、王妃さま。では、ノワールさま、失礼」
シュバルツはノワールに一礼をすると母と一緒に公園を出ていく。そうして、ひとりノワールはこの暗い世界の公園に取り残されたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます