第七章 闇に灯る光

第七章 闇に灯る光(1)

「光を……光を失った……」


 ノワールは溢れ出す闇を止める気にもなれず膝が崩れ落ちた。光に対して未だに遠い、いや……むしろ、前よりもさらに遠くなっている現実に……どうすればいいのかまるでわからない。


「自分を……恨め……か」


 考えれば脳裏をよぎるのはビアンカが放った言葉。光を欲するこの感情を持った自分を恨めというわけだ。本当に……もう恨むしかないのだろうか。

 どうあがいても……光を手にすることはできないのだろうか。


「光は奪うことができない……なら……どうすれば手に入る? 本質が闇のわたしは……奪う以外の方法で……手に入れることができるのか? やはり……無理なのか?


 ぬわぁああ! なぜだ! なぜだ! なぜなぜなぜ! 闇ばかり……闇ばかりがわたしを包み込む! 闇ばかりが……わたしの中にある……」


 地面に何度も何度も拳を叩きつけた。それに合わせて溢れ出す闇の鼓動。それは確かに大地を揺るがし、世界を闇に染めていく。


 どれだけあがいても……光は決して生まれない。空に浮かんでいるはずの月も……雲隠れてまるで見えやしない。明かりなど……今この世界に……存在しない。闇が……全てを支配する。


 暗闇の世界はどこまでも続くのだろうか。そんな思いを巡らせてはとめどない感情が溢れ出していく。それは闇と同じように……奥から果てしなく溢れ続けるもの。

 ノワールの目元をほんのりと熱くさせていく。


「ああ、光……輝きが欲しい……あ?」


 そのとき、周りに何か気配を感じ取った。悲愴する思いのなかぐっと顔を上げ、周りに意識を向ける。そこにはブランによって吹き飛ばされた勇者たちだった。アルブスの姿は見えないようだが、それ以外のやつらがよってきたのだ。


 暗闇の中、ノワールが勇者たちと対峙する。


「あれ? ノワールだけ……ブランは? それにアルブスも……」


 どうやらこいつらは状況を上手くは把握できていないらしい。吹き飛ばされ、とりあえず戦闘が行われていた場所にまで戻ってきたという感じだった。だが、ノワールに乗ってあまりいい状況ではないのは違いない。勇者たちは紛れもなく敵。


「いや、もういいや、それよりおれたちでこいつをやろう。相手はひとり、手柄はおれたちのもんになるってことよ」


 やはり、すぐ勇者の敵意がノワールに向けられ始めた。ほかの勇者も同様の意見で一致したらしく一斉に構え始める。


「英雄になるのはおれたちだ!!」

「「おおっ!!」」


 英雄……か。なんともキラキラ輝いている奴らなことで。一度大きくため息をつくと最初の攻撃を最小限の動きだけでさっとかわした。

 続いてくるほかの勇者の一撃を足でガード。周りにいる残りのやつらを右手で払いのけながら、足の方を振り下ろし敵を地面に叩きつける。


 それでも襲いかかってくる敵陣。横一閃の斬撃をしゃがみ避けると突進する勢いを利用して足掛けをして横転させる。先ほど倒した敵が起き上がり攻撃体制に入るところをすぐさま逆に懐に入らせてもらい、こぶしの連打を浴びさせた。


 どれだけあしらっても次から次へと攻撃の手を緩めない勇者たち。それに対しさすがに面倒になってきた。その思いを胸に右手に闇の力を収束させる。

 大気を震え上がらせる力が右手に溜まりそれを地面に叩き尽きた。その直後に発生するのは闇の衝撃波。円状全方向にわたって繰り出される攻撃は周りにいる勇者たちを問答無用でなぎ払った。


 衝撃が収まり乱れた長い髪を整えながらゆっくり立ち上がる。


「名も無き勇者たちよ、悪いが君たちがいくら束になってかかろうともわたしには勝てないみたいだぞ。このままおとなしくさったらどうだ?」


 膝をつきながらそれでもなお、ノワールに敵意の視線を向け続ける勇者たちを見渡していく。どいつもこいつも、まるで輝きを失わない。ブランの光のような美しさには到底及ばないかもしれないが……本当に奴らでも光を持っているのだ。


 ……対して自分は……。


「まだだ! 目の前に英雄になれるチャンスが転がっているのに、そう簡単に諦められるかよ」

「そうだ、英雄に……おれたちは……なる!」


 再び剣を構える勇者たち。


「どうしてそこまで英雄にこだわる? 勇者よ。ブランはそこまで英雄に固執していなかったように思えたが?」


「あいつはちょっと考えがおかしいんだよ。勇者なら、英雄になってその後一生の安泰を狙って何が悪い! 英雄は……勇者のあこがれなんだよ」


 ……一攫千金みたいなものか。そんな夢みたいなものを目指して戦い輝いているのか……いや夢みたいなものを追っているからこそ、輝けるのかな。


「ブランはバカだよ。英雄になれる力とチャンスを持っていたのに……全てそれを放棄した。しかも、そのチャンスはいまおれたちにあるんだからよ!」


「……ッ!!」


 それを合図にしたかのように、周りの勇者が一斉に光の力は開放し始めた。この位夜の大地に複数の光が現れ、あたりを照らす。それは確かにノワール自身も照らされた。でも、なぜだろう……なぜだろうか。


「なんか今……イラっとした……怒りが込み上がった。君がブランを侮辱したその言葉だ、その言葉がわたしの胸の奥を刺激してきた。これはいったいなんだ? 君たちに対して今、はっきりと嫉妬と敵意を向けている自分がいるよ」


 体内の闇を感情に任せ一気に高めていく。それに伴い当然自分の体から嫌というほど闇が溢れ出してくる。


「ふん……ぬぅぅ、ハァ!!」


 それを一気に解放させた。一斉に放出された闇が瞬く間に周りにいる勇者とその勇者が放つ光を飲み込んでいく。一瞬にして世界は混沌の闇に包まれた。


「君たちにはその光はふさわしくない。君たちが光を扱えば大切な光も汚れる。だから、君たちの光はすべて……わたしによこせ!!」


 ビアンカを包み込んだときと同じように闇で光を取り込んでいく。みるみると濃くなっていく闇。さらに意を決し、大きく息を吐くと光を飲み込んだ闇すべてを再び体に吸い込ませていった。


 勢いよく吸い込まれ取り込んでいく闇。やがて周りに広がったすべての闇がノワールの体内に引き戻り、同時に耳が逆に痛くなるような静けさが世界に訪れた。


 周りに居た勇者たちの姿はもういない。すべて……ノワールに取り込まれたのだ。


 荒くなった呼吸を整えながら自分自身の体を見渡していく。そして自らの奥に取り込まれた光に意識を向ける。そこには確かに光があることを実感した。さらに自分の髪を拭い視界に引っ張り出す。


 再び白色の輝きを取り戻した一部の髪がそこにあった。


「フフフ……ハハハ! なんだ、何が奪えないだ。奪えたじゃないか! 光は奪える! 光は……わたしのものにできる! 光はすべて……わたしのものだ! アッハッハ!!」


 白と黒の髪が夜に揺れるなか、背中に暖かい光を感じた。振り返るとそこには雲から再び顔をだした月が夜に再び輝きをもたらし始めている。


「美しい……これこそ……光。光を再び手に入れたわたしを祝福するのか?」


 手をひたすら月明かりに向けて伸ばす。まだ、光に伸ばせるチャンスはある。だが、月に向けて手を伸ばしていると妙なことに気がついた。やはり、いくら手を伸ばしても月明かりには決して届かないのだ。


「フフフ、アハハ、ハッハッハ……ハッ、ハハッ……ハァ……。なんだ、この感覚は? 光をもう一度手に入れたはずなのに……虚しい」


 いったい、……どこまで足掻けばいい? 伸ばした手をひたすら、とにかくひたすら握り締め続ける。だが、握りしめ場握りしめるほど……この虚無感は激しさを増すばかりだった。

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