第六章 光に絶望し闇に希望を知る(2)
しかし、そんな時間を長く得られることはなかった。思考の片隅、静かなこの夜に耳から何かしらの気配的情報が入り込む。動物か何か?
違う……これは……人!?
「ビアンカ!!」
とっさに判断し、ビアンカに向かって飛び込む。そのままビアンカを抱きかかえ前転するようにその場から距離を取る。既にブランがいた場所には一筋の光と衝撃が走り、地面を揺るがしていた。
ビアンカを後ろに隠し、襲ってきた影に視線を寄せる。
最初はこの暗がりで黒い人影にしか見えなかったが、そこに月明かりが出始めた。まるで勇者がそこに現れるのを見計らったように雲が風に乗って流れていき、月明かりが地面を、そしてブランたちを照らしていく。
だが、その光の中央にいるのはむろん……ブランではない。
「アルブス先輩……」
アルブスが剣を掲げ月明かりの下で堂々立っていた。剣を角度が変えられ、月明かりがまぶしく反射する。
「ブラン……本当に効いた一撃だったよ」
アルブスが腹あたりに手を当ててそういう。ブランがノワールといるとき、アルブスに放った闇の一撃が直撃した部分だった。
「闇落ちしただけあってなかなかのものだ……。だからこそ、こうやってわざわざ君に攻撃のお返しに来たんだよ」
そう言い、不敵な笑みを浮かべながら一歩近づく。優しい顔で放たれた恩返しは……きっと強烈な仕返しの間違いだろう。だが、アルブスはブランに近づく歩みをピタリと止めた。
アルブスの焦点はおそらくブランから外れている。その焦点がある先を察するにその後ろにいるビアンカだ。
「おや? そこにいるのは……ビアンカか。なるほど……君も……ブランと同じように僕たち勇者とギルドを……裏切っているわけなんだね。実に残念だよ」
危惧していたことが早速起こってしまった。もっと早くなんとか無理やり、脅してでもビアンカを帰らせておけばよかったものを……。
今さら後悔してももう遅い。今のアルブスに今からの弁明がどこまで通用するか分からないが……というより通用しないだろうが……何もしないよりはましだ。
とにかく一歩前に出て弁明のため舌を回す。
「ああ、もうだから! 先輩、ビアンカは関係ありませんから!」
「問答無用だよ、裏切り者にはね!」
はい、無理だった。このアルブスはもうだめだ、どうにもできない。
次の瞬間には攻撃の態勢に入ったアルブス。鋭く輝くアルブスの剣は夜空に一筋を走らせながらブランに向かって伸びてくる。
「チクショウが!」
その攻撃に対し、ブランはまずビアンカを横に突き飛ばした。多少強引ではあるが、何とかこの場からビアンカを逃がすためだ。
アルブスに弁解できる余地がない以上何が何でもビアンカに逃げてもらう以外、ビアンカが助かる道はない。
続いて襲ってくるアルブスの対処に移る。自らアルブスに向かって突っ込みに行く。そのまま剣を振り上げるアルブスの右腕に対し内側から入り込み両腕でがっちり固定。
剣がブランの体に入り込まないようがっちりガードしたところで、今度は体をアルブスに向かって体当たりのように入れ込んだ。
鈍い衝突音が体中に響く。だけれども、衝撃に負けないよう踏ん張りを効かせ、立ち続ける。そのままアルブスの動きを封じ込めた。
「ビアンカ、今のうちにさっさと逃げろ! お前は関係ないんだ!! 行け!」
「で、でも……!?」
「この状況でもまだ言うのか、お前は!! いい加減にしろよ!」
固定状態から何とか抜け出そうと力を籠め始めるアルブス。それに合わせどんどんあふれ出すアルブスの光。それでも負けるわけにはいかないのでこちらもできる限り光を奥から放ち対抗する。
だが、今一つ力が入りきらない。右手の闇が邪魔しているのだ。今は闇の力は一割ほどしかないため、闇の力を行使することでもできず、光の力を扱うには邪魔。
「クソッ……」
「せ、先輩……すぐ助けますから……」
「え? ……いや、待てビアンカ! こっちにくるな!」
ああ、なんで言うこと聞かないのだ、この女は! 逃げろという忠告もまるで聞かず、むしろこちらに近寄ってきた。
それに対しどうしても意識がそっちに向いてしまい、声をかけてしまう。その瞬間、力が抜けたのかブランの固定からアルブスがするりと抜けてしまった。
「あぁ、しまっ!?」
「遅いよ!」
アルブスが握る剣の腹部分で強引に叩き込まれる。その衝撃にまるでなすすべなく、地面に顔から崩れ落ちてしまった。
あわてて手を地面に手をつけ起き上がろうとするも、その瞬間、首横に白色の光を放つ銀の剣がピタリと当てられては、動きを停止させるほかなかった。
「あ、ブラン先輩!?」
「おっと、ビアンカ。動くなよ」
アルブスの握る剣がさらに首元に近づき、ブランの首元にある薄皮が切り裂かれる。さすがにビアンカもそれを目の当たりにしては立ち止まるほかなかったらしい。
皮肉にもブランがいくら言い放とうが言うこと聞かなったビアンカだったが、このアルブスの言うことは聞いてしまうのだ。ビアンカはその場で立ちすくみ、恐怖の表情を浮かべだす。
「あ、アルブス……先輩? な、なぜこんなことを?」
「何をいまさら、裏切り者だからに決まっているじゃないか。彼の右手を見たまえ、なんともどす黒い闇を抱えてしまっている。これを放っておけるわけないじゃないか。勇者にあってはならないことだよ」
アルブスは剣を動かさずそのまま、ブランの右手を脚で蹴ってくる。
「そ、それは……あたしのためで……先輩はやむを得ずなんです。決して……先輩は勇者やギルドを裏切ろうとしたわけじゃ……!」
「はぁ、君もやはりブランと同じなんだね。彼に言いくるめられたのかい?」
ビアンカはひたすら無言で首を振り続ける。今にも泣きだしそうに涙を目にためながらもひたすら首を振り続ける。
だが、アルブスはそれに何一つ動じるわけがなかった。
「まぁ、いいけどね。ここで今からブランの首をはねるから。その後で君の処置を考えようじゃないか」
「……え!? こ、ここで!?」
面食らったように急に涙声交じりの素っ頓狂な声を上げるビアンカに対し、アルブスは恐ろしいまでに冷たい笑顔を振りまいた。
「当然。勇者は魔王軍を、敵すべてをいちいち捕虜にしてから裁いたかい? 大半をその場で倒してきた。今の彼は闇の力を使う魔王軍同然。なら、ならここで倒さなくてはならない」
「待って! 待って待って待って!?」
「ああ、もううるさいな。さっさとかたずけるから邪魔しないでくれよ」
「なんで!? だってアルブス先輩、ブラン先輩と一緒にノワールを倒そうって言っていたじゃないですか! 二人は最高の英雄候補なんです。ここで英雄候補が英雄を殺すなんて……間違っていますよ!!」
そんなビアンカの言葉に対し、ついにアルブスはブランの首元から剣を下げた。代わりに足でブランの腹を踏みしめ体重を乗せてくる。その衝撃は当然、内臓にまで響き渡り体の内側から悲鳴を上げだした。
「そうか、君は聞いていなかったんだね……英雄ってのはね……」
剣を月夜に向かって高く振り上げるアルブス。その剣先が月明かりで返照すると同時、ピタリとビアンカのほうへ剣先が向けられ、ある言葉が放たれる。
「一人で十分なんだよ」
その言葉を放った後、ゆっくり剣先を再びブランのほうへ戻してくる。両手でしっかり柄を握られ剣が固定されると、ブランの腹にめり込む足がどけられた。
その反動で喉から熱いものが一気に込み上がり口に鉄の味が広がっていく。のど元の苦しみがせき込みとなって現れた。
「さあ、裏切り者は処刑だ」
剣がそのまま振り下げられ始めた。輝く光の力が剣に宿り、月明かり以上の輝きをすでに放っている。光だ……今までずっと使ってきた光だ。でも、今はその光が自分の命を狙ってきている。光は……自分に牙を向く。
視界すぐそこまで迫ってくる剣を最後にブランは眼を閉じ始めた。もう、終わりだ、そう感じた故のあきらめが瞼の落ちる速度を速くしていく。
この瞼が閉じるころ、自分の首元に剣が入り込むだろう。光の力に……殺されるのか……なんだかなぁ。
そして瞼が完全に閉じる……その刹那、耳から激しい衝突音が鳴り響いた。それに人の口から空気が漏れるうめき声が続く。さらには、一人の地面に着地する音、もう一人の転がり落ちる音が続いた。
剣が首元に届いていないことに遅れて気づき、見開き世界をもう一度見る。そこには地面にくずれ落ちるアルブスと地面に刺さった剣、そしてアルブスを突き飛ばしたビアンカの背中があった。
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