第六章 光に絶望し闇に希望を知る

第六章 光に絶望し闇に希望を知る(1)

 ノワールから無事助けられたビアンカ。そんな彼女の肩を借りてブランは暗い夜を歩き、適当な場所で大きな息を吐きながらなんとか座り込んだ。


 ノワールといた場所からも離れたところだ。あの雰囲気だと追ってくることもないだろう。月も雲によって隠れ本当に暗い夜が続いている。


 本当に……暗い。でも、そんな暗い世界が……とても愛おしいと感じてしまうのだから、もう……。


「ウグゥ……」


 思わず空に掲げていた右手に再び痛みが走り出す。まるで闇に対し体がついていけていない。この痛みを受け続ける限り、ずっと闇は自分を拒絶しているのだと感じ続けてしまう。本当に悲しい……。

「先輩……手を……」

 半ば無理矢理ビアンカに天に掲げていた右手を下ろされ、ビアンカによる浄化を受ける。ブラン自身が行う浄化作用にプラスさせるのでたちまち痛みは緩和し、闇がどんどん落ち着いてくる。


 だが、それは同時に宿る闇の力をどんどん弱まらせていくことにもなっていった。


「よかった。先輩の髪もほとんど白に戻りましたよ。残り一割ほどです。このまま一気に浄化してしまいましょう」

「ッ!? ……悪い……もう十分だ」


 残り一割ほどしか闇が残っていない。それを聞くや否やビアンカの手を強引に剥がし、ビアンカとほんの少し距離を取った。

 さすがに……せっかく手に入れた闇をはいどうぞと浄化し切るのは気分的に無理だ。というより……せっかく手に入れた闇を……失いたくない。


「もう、大丈夫だから……な」


「なぜですか? 闇が少しでも残っている限り、また先輩をむしばみ続けます。ここでさっさと浄化しきっておかないと。さっきだって、あれほど苦しんでいたじゃないですか。

 闇はきっとまた膨らみます! またさっきのようになったら大変じゃないですか! これは先輩のためなんです!」


「おれの……ためか……」


 ビアンカの必死な対応に嬉しさと申し訳なさがこみ上げてくる。でも……この闇は……この闇は……。


「だってその闇、さっきの戦いでノワールに植え付けられたものでしょう? だったら早く浄化しないと……取り返しのつかないことに」


「……この闇は……おれが自分の意思で宿した闇なんだよ」


 熱く浄化をしまってくるビアンカを黙らせるため、勘違いしている部分を正すためにも紛れもない事実を告げる。その言葉を放つと思惑通りビアンカの口は閉じられる。だが、あたりの空気が想像以上なまでに一気に静かになってしまった。


 なにしろ今は真夜中だ。周りには人なんて誰ひとりとしていない草原。静かになってむしろ当然か。


 一瞬間を置いたビアンカは眼を真ん丸にしてブランを覗き込んできた。


「そ、そんな……なんで……」


 最初は理由など言わず、無言で通そうと思った。本当のことを言えばおそらくビアンカは後悔するだろうから。これはブラン自身が望んでやったことだとしても、ビアンカはおそらく……嘆く。


 だが、そんなブランの思惑を外れ一発でビアンカは真相をついてくる。


「先輩……わたしの為だったんですか?」


 ……無言で通しても顔、表情まで隠しきれなかったらしい。あまりにあっさり言われてしまったので、ため息をつきながらゆっくりと目を閉じる。考えた挙句、もう黙る意味もないと話し始めた。ビアンカと目を合わせずに。


「そうだ、ノワールに取り込まれたお前を助けるためだ。光の力で助けられたらそれでよかったのだろうがな。なにしろ、おれの光は弱いんだよ。だからこそ、闇の力に手をかけたってわけなんだ」


「そ……そんな……先輩は……弱くなんか! 英雄候補ですよ」

「ノワールはもっと……強かったってだけの話だ」

「ほ……本当に……? ノワールは……」


「力はあったかもしれない。でもノワールはさらにその遥か上をいっていた。だからさらなる力を手に入れた。実に単純だよ」


「だから……闇に……手を染めた?」

「その通りだ」


 ビアンカは数歩後ろに下がりながら左右に首を何度も降る。自分で気づいた事実に全力で否定するように。でも、いくらやっても否定されることはない。ビアンカは力が抜けるよう図面に崩れ座り込んだ。


「あたし……捕虜になったとき、先輩に助けられることはないって思っていたのに……先輩……ごめんなさい……あたしが……ノワールに取り込まれさえしなければ」


「謝るなよ……お前が犠牲になって助けてくれていたから、今のおれはここにいるんだ。もし、お前がおれを助けてくれなかったら、おれのほうこそノワールの中に取り込まれていたかもな……」


 言ってからそれはそれでありかも、なんて一瞬でも思いかけて全力で否定する。そんなブランの頭の中のことなどつゆ知らないビアンカは再び走り寄ってきた。


「ならせめて、やはりこの闇を浄化しないと。あたしは助かりました。なら、もうこの闇は必要ないでしょう。先輩を苦しませるだけ」


 そんな話の流れになって思わず右手を自分の背中に隠した。


「いいや、もういい。構わない」

「そうはいきません。あたしに浄化させてください」


「いいから! もうおれの闇に触るな!! ……ハッ」


 あまりにしつこいビアンカに対し怒り気づけば怒鳴ってしまっていた。でも、一度叫び冷静になったあと頭がスゥっと冷たくなれば、瞬く間に自分の怒った理由が分からなくなってくる。


ビアンカの言うとおり、もう闇は必要ないはずなのに……。ビアンカを助けるために闇の力を手に入れた。なら、もう……闇は捨て去っていいのに。


「ご……ごめんなさい……」


 考えれば考えるほど胸が苦しくなる。しかもビアンカにそう謝られては一層苦しみはますばかり。ごまかすように話題をすり替えていく。


「おれこそ……悪い……でもよ、そんなことよりも……ビアンカさ。あぁー、お前はもう、……帰れ……」


「ん? え? い、いきなり何を? やはり……あたし、何か気に障るような」

「そうじゃない。おれはもう勇者じゃないんだ」


「そ、それはどういう……?」


 ブランは自分の右手に視線を落とした。しっかりと闇がうずいていてやはり、制御はできていない。そんな右手が……すべての元凶。


「アルブス先輩、ギルドに裏切られたんだ……いや違うな、おれが……他の勇者たちやギルドを裏切ったんだ。光の力を使う勇者が文字通り闇に手を染めたからな。それでスパイ容疑がかかって牢屋にぶち込まれたんだよ。

 で、その牢屋の壁をぶっぱなして……さらにはアルブス先輩をぶっ飛ばして今、ここにおれがいる」


 自分で言いながら自分でやったことのむちゃくちゃさに逆に笑いがこみ上げてきそうだった。


「なら……やっぱりあたしのため……」


 どんどん落ち込んでいくビアンカ。でも、これ以上ビアンカにこんな思いをさせる理由も、意味もない。そう思い、そこからおもむろに立ち上がった。


「そんなんじゃねえよ。これはすべておれの意思でやったことだ。お前にはなんの関係もないし、何も深く考える必要も、責任もまるでない。気にするな」


 そう言ってビアンカのほうを向く。右手をビアンカへ伸ばして立ち上がる手助けをしようと思ったが思いとどまり闇宿る手を引っ込める。闇の力が宿っている右手で勇者の手を握るわけには……勇者をこの闇の手で助けるわけには行かない。


 こいつはまだ……勇者に戻れる……いや、まだ勇者なのだ。


「だから、お前はギルドに今すぐ戻れ。これ以上おれと一緒にいたら、お前まで裏切り者扱いされちまうだろ、お前はまだ勇者だ。それどころか、ノワールの闇にも耐え続けた将来有望な勇者だよ」


「そんな……あたしはやはり勇者の素質なんて……ブラン先輩のほうがよっぽど勇者にふさわしいのに……、これだと、あたしが最初に助けたのに……意味が」


 いっこうに立ち上がる気配がないビアンカに対し、ひざを折り曲げ視線を同じ高さにまで持っていく。


「もう、そんなことどうでもいい。おれのことは気にするなって。お前はまだ勇者だ。今すぐ帰って……ギルドに自分の無事を知らせてこい」


「でも……あたしにとって……先輩は命の恩人なんですよ! 今回を入れたら二回も命を助けてらった。だからこそ、あたしは先輩に恩返しするために勇者になったのに。先輩を置いてギルドに戻っても……あたしが勇者を続ける理由はそこにありませんから。

 大体、命の恩人を裏切って、放ったらかして……ひとりのこのこギルドに帰るやつを勇者だなんて言い張れる自信も……ありませんよ」


「別に……裏切るってことにならねえよ……」


 いくら言っても話は平行線上をひたすら走り抜けるばかり、話がまとまる気配がまるでなかった。どうすれば……ただ、どうすればビアンカに納得してもらえるかばかり、頭をよぎらせる。


 そのまま、ただ妙な空気のまま時間が過ぎ去っていった。ビアンカもまた、特に口をきくことなく、どこかに行くこともなくひたすらブランの横でじっと座り続けているばかり。絶対に……何があっても離れないという意思でも表しているのだろうか。

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