第五章 増大する闇と失う光(6)
ついに体中から闇があふれ出した。暗い夜をこれ以上にないぐらい黒く染め上げていくその力。一瞬にしてノワールを包み込み、世界に広がっていく。
いくらでもあふれ出して枯れる気配がまるでない闇が世界を包み込んでいく。
「闇が……闇が……止まらない……」
本当にとめどなくあふれ出す闇。だが、なぜだろう。好きじゃない、むしろ今となっては嫌悪していると言ってもいい闇が体からあふれ出すのに、ちっとも苦しくない……むしろ心地いい。
闇があふれ出すのにそれを体はまるで阻もうとしない。さっきまでの苦しみが……まるで嘘のように……。
溢れ出す闇もとめず、ため息を吐きつつ、暗い天を仰いだ。
「ああ、なんでかなぁ? なんでわたしはこう、闇ばかり手に入る? 光はどれだけ手に入れようと手を伸ばしても拒否するくせに……闇ばかりわたしを受け入れる? なんでかなぁ? なんで闇を放っているとこんなに心地いい?
でも……こんな心地よさよりも……苦しくても光が欲しいってやっぱり思ってしまうんだよな……ブラン……どうしてだ? わたしはなぜこんな思いをする? ブラン、君ならわかるのか?」
あふれる闇に包まれるなか、ブランのほうに視線を送る。視界はノワールが生み出した黒い霧状のものに支配されているものの、奥では確かにブランの輝きが見える。だが……ブランもまた……右手を抑え込み苦しんでいた。
「ぅぅぅ……痛てぇ……チクショウ……いてぇぇ!!」
ノワールの闇に反応したのかブランの右手にある闇が共鳴するかのように膨れ上がっている。何とか必死に抑え込もうとまぶしく発行するブランの光と対立している。
「ブラン……本当に君も……」
自分の髪はもう黒一色に戻っているだろう、自分が取り込んでいた光は全て持っていかれた。だが、ブラン、奴の髪の毛は違う、さっきまで五分五分の割合だった白黒の髪はさらに侵食、黒い髪が七割にまで広がっていた。
どんどんブランは闇に汚染されていっているのだ。しかも、奴はとてつもない苦痛を受けながら……。
奴も……光よりその苦しみを生む闇を……求めるのか?
苦しむブランの姿を見ながらどう対応すればいいのか分からず、立ちすくんでいるところ、ブランのもとに一つの影が駆け寄った。
「先輩!? 何が起こって? 先輩!」
ノワールから離れたビアンカだった。目を覚ましたらしく苦しむブランのもとへと駆け寄る。しばらくあたふたとして現状を理解できないでいたみたいだが、やがてブランの体に触れて光の力を送り始めた。
暗闇をさらに黒く染め上げるノワールから生み出された黒い霧。だが、その中でもビアンカとブランは確かに輝き始めた。
その光は何ともまぶしくてきれいなモノ、だがそれ以上に……暖かい温度を放ってあたりの黒い霧ごと、ブランの闇を沈めていく。
しばらくするとブランの悶えも収まり始め、ブランの髪の色も再び変化し始める。ゆっくりと時間が経過すればするほど黒い髪が白い髪に戻っていった。
気が付けばあたりに広がった闇の霧は完全に消えており、ブランが放つ輝きがこの空間を支配していった。
「ハァ……ハァ……ビアンカ……か。た、助かった……というべきか……な。お前も無事でよかった」
「先輩こそ、この右手……何があったんですか?」
苦しみから解放されたらしいブランがビアンカと目を合わせ、会話している。そこだけまるで別世界のように暖かくきれいな光に包まれているのだ。
それなのに自分が放てるのは黒く冷たい闇。ああ、気に食わない……気に食わない。イライラが止まらない!
あの光……あの光が欲しい! 私が望むものは、その光の中にある。
「ビアンカ……君はなぜ……わたしのものにならない!!」
声を張り上げるとビアンカは最初こそブランに顔を向けたまま動こうとしなかったが、やがてほんのちょっと、ゆっくりとこちらに視線を寄せた。
「ノワール……」
まるで軽蔑するような目……、いや実際に軽蔑しているのだろう。ブランをかばうように手を広げながらゆっくりと立ち上がる。しかし、そんなビアンカの手をブランが乱暴に握り取った。
「ビアンカ、お前はもう関係ない。助かったんだからさっさとここから逃げろ!」
「先輩……無理ですよ。その闇にむしばまれたボロボロな体を放っておけません」
なぜだろう、なぜだろう……ビアンカとブランの言葉が妙に胸に突き刺さる。いや、違う。奴らが放つ光だ、目の前にあって奴らは放っているのに自分は放てないそれが。
どうしようもない感情をぶつけるためビアンカに突き叫ぶ。
「ビアンカ、そこをどけ。わたしはこれからブランの光を手に入れるんだ!」
「だめに決まっているでしょ、あなたに先輩を手出しさせない。先輩に近づくな!! その汚らわしい闇で……近づくな!」
突如として放たれたのは強烈な閃光。さっきまでの暖かい光とは異なり、敵意が向けられた攻撃的な光だ。計り知れない威圧がノワールの闇すら輝き照らさせる。
ああ、なんで目の前でさっきまで取り込んでいた光がこんなに輝いているのに……自分のものとしては絶対に輝かなかったのだ?
手を伸ばした先には確かにビアンカがいるのに。
「ビアンカ……なぜだ? なぜだぁ! なぜ、君のその明るく照らす光は……わたしのものにならない! なぜ、その輝きを手に入れられることができない!?」
アルブスは輝きを保ったまま小さく首を横に振った。
「……あなたは……光をあたしやブラン先輩など……他人から奪おうとしている。それでは一生光を手に入れることはできないだろうね。もっとも、そんな増大な闇を持っているあなたにはどうやっても光は手に入らないはず。
相反する力なのだから。現に、相反する闇の力を使い続けてブラン先輩はこの有様。あなたにはまず無理」
「でも……こいつは一時期、闇の力を手に入れた。なら、わたしだって……君の光を……手に入れることができる!」
「奪えないよ……光は」
ビアンカに向かって伸ばす手がピタリと止まってしまった。奪えない……光は……奪えない。奪えない……手に入れることが……できない?
「だ、だったら……! だったら、どうすればいい!? わたしはどうすれば光を手に入れることができる!? 君から奪うことはできないのか? でも、自身は本質が闇だから手に入らない。じゃあ、どうすれば、この光を求める感情を収めることができる!? 光が欲しい、光を手に入れない、この思いはどうすればいい!!
「知らないよ……そうね、汚らしい闇のくせに綺麗な光を欲しいと思ってしまった、そんな感情を持ってしまった自分でも恨んでおけば?」
ビアンカは軽蔑する目にプラス闇よりもはるかに冷たい言葉でノワールの感情を一蹴すると、ブランに肩を貸してブランを立ち上がらせた。
「もういい? こっちは先輩が今でも危ない状況だからね。ここから離れさせてもらうよ。せいぜい自分で自分を恨みなさい」
そんなビアンカに対し抵抗するだけの気力が生まれなかった。ただ、暗闇の奥に向かって去っていくビアンカとブランの背中を眺めるまま。
今のノワールには、去っていくブランの背中が手に入らず離れていく光と同じように思えてきていた。闇の力を放っているとすごく心地よい……でも、胸は苦しい……。
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