第五章 増大する闇と失う光(5)

 辺りの勇者をすべて吹き飛ばし、ひとり闇を放ちながら悠々と暗闇に佇む勇者ブラン。いや、奴はもう、勇者と言えるのかどうかも分からない。


「ブラン……なぜ……闇をもっている?」


 ブランはゆっくりこちらに目を合わせてきた。奴の髪はすでにだいぶ黒色に侵食されている。もう、五割ほど黒い髪に変貌していた。そんなブランは鋭い目でノワールのほうに視線を寄せてきた。


「お前を……超えるためだ」


「わたしを……超えるため?」


 ブランは右手を音も立てず天に掲げる。そこにはあふれ出して一向に止まる気配がない闇が強大なオーラとして右手全体を汚染していた。


「見ての通り、まるで制御はできていないさ、腕も痛い……。でもな……光だけじゃお前の立つ場所にはたどり着けないって悟った。だから、今こうして闇の力を手にしたんだ。これで少しは……お前に近づける。お前の力に近づける」


「わたしに……近づける……だと?」


 そんなブランの言葉に一瞬にして怒りという感情が頭の頂点にまで走っていった。自分がどれほどの思いで……どれほどあがいて……光を手に入れようとしているか。それを…あのきれいな輝きを厳かにしてまで……汚い闇を……。


「き……きぃさまぁああ!! そんなくだらない理由で!?」


 怒りにまかせて闇の力を爆発。大地をゆるがし月夜に闇の波動をとどろかす。


「いいぞ、ノワール。その闇だ……それこそ、おれが……」


「黙れ! せっかく輝いていた君もそれでは台無しだ! わたしがどれほど頑張ってもまともに手に入らない光を……君はすでに持っているのに。大体、君はなぜ……自身と相反する闇の力を簡単に手に入れることができる!」


「簡単じゃない。この力の為におれは勇者やギルドを失ったし、今でもこの腕がちぎれそうなほど痛ぇんだよ。この力のために犠牲は払ってる」


「そんな……そんな程度を犠牲だと!? それを……わたしは簡単だといっているのに……クソ……」


 未だ自分の中に流れるのはしょせん闇ばかり。いくら怒りにまかせて力を開放しようがただただ、黒いオーラのみが揺れ動く。何一つとして……この夜を照らすことができる力が出てこない。なんでだ、こっちだって……光は取り込んでいるのに!


 そんな怒りの感情と裏腹に冷徹な思考もまた同時に頭によぎった。


「そうだ……、君、その腕がちぎれそうなほど痛いっていったよな。ならいっそ……わたしがその忌々しい右腕をそぎ落としてやる! そのどす黒く気に食わない闇もろもろ、お前が放つ光と分離してやろう!

 その残った光を……わたしが取り込む!」


 両手を合わせ、力を込めていく。どんどん手に闇の力が集中していき、強烈なオーラが腕の周りでゆらゆらとうごめき始めた。


「さあ、よこせブラン! 君の持つ光を……わたしによこせ!! 今度はわたしが光を手に入れる番だ! 君の光をわたしが取り込めば……少しは光に近づけるのだろうな! わたしが欲しい光に近づけるのだろうな!?」


 闇がまとわりついた手でこぶしを作りブランに襲い掛かる。闇の流星となり夜に駆け抜けるこぶしがブランの右腕を穿つ。だが、インパクトの衝撃は起こらなかった。

 見事紙一重と言える間隔でブランの右手が攻撃の一線から離脱。空を殴るこぶしから大気のみが轟音を放って震える。


「お前……いきなり……むちゃくちゃだぞ!」

「ああそうだ、むちゃくちゃだ。でも、そうでもしないとわたしは光を手に入れられないんだ! 君と違ってね!」


 すぐさま後ろにいるブランに攻撃の向きを変更。体ごとくるりと地面を踏みこみながら旋回、その流れに乗ったこぶしに対し腰から回転させ入れ込むように攻撃を叩き込む。だが、それと同時にブランから突き出された右のこぶしが衝突した。


 今度こそ大気に走る凄絶なインパクト。ブランとは今まで幾度かこぶしをぶつけ合ってきた。今のような衝撃を何度も受け続けた。だが、それでも今は前までとは違う。奴の右手から放たれているのは光じゃない、闇。


 こちらからも放っているのは当然、闇。すなわち、今まで白と黒で対立しぶつかり合ってきた二つのオーラだが、今は黒と黒。どす黒い空気があたりに広がるよう。

 こぶしとこぶしの間に広がる衝撃は闇の波動として地面に生える草木を揺らすように円形に波紋として広がっていく。


 だが、この対立は完全な力と力。力が強いものがこの一撃を制す。悲しいかな、やはりブランは相反する闇を取り入れたが故にこちらの闇には及ばない。ノワールがさらに力を入れ込みブランのこぶしを押し出していく。


 このままいけば、そのまま押し切れる。そう確信し次の一手のため態勢を変えようとしたその時、ブランの左の方から輝く力を感じた。視界の端のほうで映るその光は左手から発されたもの。


 回避はまるで不可能な絶妙なタイミングを狙われた。何とか防御のため自分の左手を構えようとするが、それはまるで遅かった。


 ノワールの右手がブランを押しきると同時、ブランの左手で繰り出された掌打がノワールの腹にクリーンヒット。互いにはじかれ距離を取った後、態勢を立て直そうとするも体に走った衝撃もなかなかのもので地面に手をつけ、腰を崩してしまった。


「クソ……怒り任せて油断した……ん? ……ウグッ!?」


 突如として胸のあたりが苦しくなり始めた。同時に熱がどんどん上がっていく。奴だ……ビアンカの光がまた……ブランと反応して……。


「ウァァアアアアア!?」


 ノワールの闇を押し出すように体の奥が発光し始める。まるで肋骨が軋むような痛みが込み上げてきては、光が闇を通りこし体の中央部が輝きだした。


 光だ……光! まぶしい、夜を照らし出す光が体からあふれる……でも……


「ああ、熱い熱い熱い熱い熱い熱いアツイアツイアツイ! ゥアアア!?」


 まるで制御できない。途方もない光が体をむしばんでいく。そんなノワールの姿をブランは驚き半分、薄ら笑い半分で見てきた。


「なんだ……お前だって光をもっているじゃねえか」

「違う……これは……欲しいの……ウゥゥ、グゥウ……」


「こっちだって痛いっていったろ、今でも叫びたいぐらい右腕が痛い。でも……それでも……おれはこの闇を失いたくない。だがな……お前にその光は似合っていない。おれが近づきたいのはお前が漆黒に放っていた闇だ。今の光に侵される闇なんかじゃねえ!」


「黙れ……わたしが欲しいのは光! 君が前に持っていた……あの光!!」


「……おれにまだ残っている半分の光になど……価値はない。すべての闇をこの身、宿る光に捧げてもいい」


「違う……君の光にこそ……ウゥゥ……ゥゥゥウゥアアアアア!!!?」


 さらに光の力が増してきた。まるで制御などきかず、光が独自の意思を持つかのように体中暴れる。痛い……胸が物理的に張り裂けそうなほど……痛い!


「苦しそうだなノワール……ならいっそ……おれがその光を引きはがしてやる」


「……なっ!? やめ……」


「お前に光は似合わない、光を……ビアンカを返してもらうぞ!」


 はいつくばり苦しむなか、必死にブランと視線を合わせる。ブランは左手を振り上げゆっくり近づきながら光の力を高めていく。

 本当にまぶしい、まさにノワールが求めている光だ……本当に欲しい光……。でも、せっかく手に入れたこの光を……手放すわけには……! これを手放せば……また、君の……ブランの光から……離れてしまう!


「やめろ! せっかく手に入れた光……うぅッ!?」


 右手のひらを突き出しブランに行動停止を求めるも虚しくスルーされ、左手の掌底打ちがノワールの胸元に入り込む。もちろん、真っ先に体に走り抜けたのは衝撃だ。

 だが、その攻撃をくらうと同時に今までむしばんでいた胸の奥の苦しみがスッと抜けていった気がしてしまった。まるで胸奥にあった重いものがすり抜けたよう。


 そんな思いに浸るころ、ノワールは数メートル先の地面にまで吹き飛ばされ転がり落ちていた。何とか意識を取り戻し、思考をフル回転。重力を感じとり、地面があると思しき方向に腕を突き立て体を静止。吹き飛ぶ力を押し殺す。


 態勢を立て直すよりも前に攻撃を放ってきたブランのほうへ視線を送る。だが、それよりも手前に何かが物音立てて地面に転がり落ちてきた。

 暗がりでも自ら発行し光を放つそれは人型。……そうだ、取り込んでいた女性、ビアンカがノワールという闇の檻から解放され地面に転がり落ちていたのだ。


 それを理解した途端、胸の奥で大きく脈打つ鼓動が走った。まるで一気に血液が送られたかのような衝撃で一瞬クラリと立ちくらみが発生。


「光が……闇が……闇が……」


 ぞわぞわと体中が熱くなってくる。だが、それは光によるものじゃない。光があることにより弱まっていた闇が一気にうずき始めているのだ。ずっと栓で抑えられていた闇……それが……それが……。栓がはじけ飛べば……起こるのは……ッ!


「ゥォォォァアアアアアア!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る