第五章 増大する闇と失う光(4)

 王宮、そして街を飛び出したものの結局その日は何もできず、気が付けば夜となっていた。月明かりが部屋の中を薄明るく照らし、ノワールの心をうずかせる。


 対して胸の光は闇の奥へと再び封じ込まれていた……正しくはノワールが封じ込めた。やはり、光を表面に出し続けようともなれば先に自分が参ってしまう、父が言うところの破滅というやつに向かっているというわけか。


確かに父にはああいったがそう簡単に破滅を受け入れるわけにも行かない。破滅するよりも先に……光を手に入れたい。破滅などするものか!

 ゆえに破滅へと向かわないためにも光は常に押さえつけておかなければいけない状況にある。


 あたりは草原になっている。月明かりで地に広がる草が鈍く視界に広がる。隣には静かな池、身を乗り出し自身の髪の毛を確認してみた。


「あ……量が増えている」


 白い髪の部分が増えていたのだ。一割ほどだった白い髪も二割ほどにまで増殖している。これは……果たして……何を意味するのだろうか。


 髪を触り白い髪を池の水面越しに観察する。ちょうど自身の顔が反射する後ろに月明かりの光が映っており、自分の髪がとても綺麗に見えた。すこしでも……光に近づけているのだろうか。


 そんな時、後ろで何か気配を感じた。草を踏みしめる音だろう、獣かなにか……? さらにもう一歩、足音が聞こえたのを機に反射的に後ろに首を振った。


「「誰だ!?」」


 叫んだのは同時だった。振り向いた先にあったのは人影。暗がりでよく顔は見えない。相手もまたこちらに探りを入れているのだろう。ゆっくりと警戒しながら近寄ってくる。やがて距離が近づいてきて月明かりがその人物の顔を照らした。


「あ……ブラン……?」

「え? ……ノワール?」


 月明かりが照らしたのは美しいほどに白い髪の毛。だがその月明かりよりもずっと輝かしい光を内に持っているあの男。でも……ここは……王宮からそこまで離れていない場所だ。少なくとも勇者たちがいる本拠地からは程遠い。


「君……なぜここに? 大体……その髪……どうしたんだ?」


 月明かりに映るブランの髪に違和感があった。前までは真っ白な髪の毛をしていたはずだが、今は違う。全体の三割ほどが黒色に染め上っている……まるで、ノワールの髪のように、光と闇が混ざっている。


「君……まさか……闇を取り込んでしまったのか?」

「……」


 ブランは無言のまま答えを返すことはない。ただ、右手から感じるのは紛れもない闇。とてもじゃないが、その闇をブランは制御できていると思えない。ゆらゆら揺れている闇は何一つ阻まれることなくブランの右手を取り巻いている。


 ブランはその調子でノワールに視線を向けたまま突っ立っていたが、ふと上半身から顔を後ろに振り向かせた。


「チッ……やっぱここまで追ってくるのかよ……」


 そんなブランの一言に疑問を持ちながら、ノワールもまたブランが向けた視線の先に意識を向ける。すると確かに光の力がいくらかこちらに向かってくるのが分かった。だが……なぜブランが光の軍勢に追われる身になっている?


「ブラン……君はいったいなにを?」

「黙れ……これはおれの問題だ」


 そうつぶやくブランはゆっくり足を光の軍勢のほうへと進める。その姿をただ何もできず突っ立って見ていると、ブランがノワールから百メートルほど先まで離れたとき、ついに光の軍勢が月明かりの下、あらわになった。


 やはりブランと同じ勇者たち、しかもその中でリーダーとしてほかの勇者を率いている人と思しき人物はノワールも見たことあった。

 確か……アルブスとかいうブランからみた先輩勇者のはずだ。昨日、ブランと一緒にノワールと戦ったあの人物だ……確かにあの時、仲間割れしているようには見えたが、これは?


 そのアルブスが馬から降りてゆっくりとブランのほうへと近づいていくのが見える。その顔は実に優しそうな笑顔を振りまいていた。


「ブラン、君の反逆罪、並びに牢獄からの脱出を行った罪によって僕は君の確保を命じられたよ。状況によればその首をはねてでも、とね」


「……それで……おれはギルドに消されるわけか」

「当然だろうね。君はギルドを裏切ったのだから」

「それは半分、あなたのせいでしょう!」


 ……あいつ……本当に追われているのか。しかも反逆? 何をしたのだ、ブランは? いや……やつの右手に宿る闇が……理由というわけか。


 やはり……立場は違えども……同じことをすれば同じ運命になるわけらしい。ノワールもまた父を裏切ったとも言えるのだろう。


 まあ、同じといっても白黒はまるっきり反転した世界である以上、本当はそれでも正反対なのかもしれないか。


 アルブスは剣を高々と振り上げた。剣先が月明かりによって返照し、暗い夜の世界に明かりを灯しだす。

 だが……アルブスが放つ光は……濁って見える気がする。少なくともブランが放っていたあの光とは違う。まるでその光には魅力を感じない。それこそ取り込もうなどという気はさらさら起きない。なぜだろうか?


 そのような力が今、ブランに向かって振られようとしている。


 光の一筋がブランに襲い掛かる寸前、ノワールは自身に眠る闇の力を開放。なんとなく、アルブスが放つ光が気に入らないという思いもあってか、防御のために体を動かす。あふれ出した闇がブランの前で盾を象り光の攻撃を弾き飛ばした。


「ブラン、状況は良くわからないけど面白そうだし、あたしが手を貸そうか?」

「の……ノワール!?」


 ノワールが行った突然の介入に驚くブランをよそに横に並び立とう前に向かって歩み始める。敵を目の前にいるブラン以外の勇者たちと認識し、体内に闇をこもらせていく。大気が震えはじめ溜まった闇がオーラとして体から流れていった。


 ノワールとしては少しぐらい敵に動揺させる狙いがあった。たじろいだ瞬間に仕留めようと思っていたのだ。だが、敵のアルブスはむしろ剣を構え悠々と向かってきた。それも満足げな笑みを浮かべながら。


「本当に君は……闇と手を組んでいたんだね。なら、君はもう文句も言えまいな」


「黙ってください……ノワールは関係ない。おれだけの問題ですから……だからノワールも……」


 せっかくノワールが横に並び立てると思ったのに並び立つより先にブランはさらに前へ一歩踏み出した。さらに首をほんの少し後ろに回しノワールを一瞥した。


「手を出すな。引っ込んでろ」


 静かに放たれたその言葉。しかし、それと同時にブランから放出された力ははるかに力強いものがあった。その力に圧倒されとっさに数歩後ろに下がる。


 その下がった後ろからブランの姿を眺めたのだが、そこにあったのはただの光ではなかった。


 体全体から放たれるのは紛れもない光だ。本当に美しく、夜という暗闇の中でひときわ目立つその光は本当に心地よいまぶしさを放っている。


 だけど、だけれどもだ。奴の右手から放たれるのはまぶしいそれではない。まがまがしく、暗闇をさらに染めてしまう……黒いオーラ……闇。


「先輩……容赦しませんからね……」


 低いトーンで放たれたその言葉、それに反応するかのようにどんどん右手の闇が体の中央にまで広がっていく。それにつれ、ブランの髪の色も変色、どんどん黒い髪に美しい白い髪が侵食されていく。


「さあ、……飲まれろ!!」


 ついにブランの体から一気に力が爆発した。その力は光と闇がまじりあった白黒のもの。たちまち勇者軍を飲み込んでいく。それは一言で言い表せばカオス。ノワールも今まで見たことない光景が目の前に広がった。


 ただ光と闇がはっきり別れながらも広がり続けるブランが放ったエネルギー。ブランを中心に地上全方向にドーム状で広がる力は飲み込んだ勇者たちを次々と暗闇の彼方へと吹き飛ばしていった。


 アルブスはその爆発に光の防壁を張り耐えきっていたものの、そこにすぐさまブランは反応。ドーム状のエネルギーが消え去ると同時にアルブスの懐めがけて一瞬の踏み込みで飛び込むブラン。大きく振りかぶられる右腕には暗闇の中でより一層禍々しい闇が高まっていくのが分かる。


「もう、放っといてください」


 その言葉を最後に告げ右手をアルブスに向けて突き出した。こぶしとなりアルブスが生む光の衝撃にめり込んでいくブランの右手。少し遅れてまるで暴発するかのように闇の力が一気に敵に流し込まれた。


 本質が光であるはずのブランから放たれる黒々しい闇。それはまるで脈打つようにブランの右手からアルブスのほうへ流れる。

 光の障壁など軽く崩壊しその奥に入り込んだ闇はたちまち溜まりに溜まり、離れた場所にいるノワールの髪を揺らすほどの爆風を放ちながらある一定の方向に闇が放出された。


 闇で作られた一撃が夜の星空に向かって伸びていく。それはまるで統率されていない暴力的なひと柱。制御されていた闇がただ単に放出されたように汚いブレスのような攻撃になっていた。


 その力に押されたアルブスはその勢いのまま彼方まで飛ばされていく。だが、暗い夜空ではもはや光の灯を失ったアルブスの行方など知るすべはない。闇の中へただ、静かに消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る