第四章 右手に宿る闇(3)

 自分の部屋に戻ったブランは右手をよりしっかり布で巻きつけ闇のうずきを抑えつけた。さらには頭にバンダナを巻き付け、帽子を深くかぶる。一応鏡で黒い髪の毛が見えないよう厳重にチェックを施した。


 外に出て適当なパンを買って口に放り込む。そして、人気のいない場所に向かって歩き出そうとした。

 まずはこの右手に宿った闇をどう扱えばいいのか、それを知りたいがためだ。幸い、周りにいるほかの勇者たちには右手の闇を悟っているものはいないらしい。違和感を覚えられる前にさっさと人気から離れるため動き始める。


 だが、そんなブランに声をかけてくるものもいた。


「おや? ブランだね。おはよう」

「うぉ!? あ、アルブス先輩。おはようございます」


 とっさに右手を後ろに隠しながら声をかけてきたアルブスのほうへ視線を向ける。


「あの……昨日は……どうもすみませんでした」


 とっさに自分から昨日のことで話題を振って右手やらに意識を向けない作戦に出てみた。これほどの距離、アルブスほどになれば右の闇に気づいてもおかしくはないだろう。なら、少しでも話題をそらして……。


「別にもう構わないよ、それよりその右手はどうした? 帽子も深くかぶって」


 アルブスはそんな甘くはなかった。容赦なくブランが考えた作戦を破り捨てて逆に話題を右手のほうに持ってくる。


 でも、それぐらい言い訳は考えてあった。


「ちょっと、右手を怪我しちゃいまして。帽子は今日の気分です」


「怪我? 昨日の戦闘でおっていたのか?」

「ええ、そうなんです。でも、軽いものなので、心配しないでください」


 適当に右手を振って問題ないとアピールしてみる。


「結構、ぐるぐる巻きになっているように見えるけどな」

「え? ああ、まあ、一応ですよ、一応。ハハッ」


 いろいろ誤魔化すがアルブスはじっとブランの右手や帽子を見てくる。一応闇の力をできる限り押さえ込んでいるから、アルブスに気づかれるはずはないと思うが。


「そうか……まあ、その手じゃ勇者業もしばらく休むんだろう? この機会にゆっくりとして頭でも冷やしたらいいよ。どうしたらいいのか、今後はどう動くべきなのか。しっかり考えてみたらどうだい?」

「……ええ、そうですね。では、失礼します」


 ブランはこれ以上言及されるより前に逃げようとこの場を後にした。


 それで人気のない、誰からも見られる心配もないような隠れ家的場所にたどり着いた。時々、こっそりと訓練するための場所として使っている場所でもある。


 今一度周りに人の視線がないことを確認すると布を巻き付けた右手に意識を向けた。しっかり集中して右手に意識を向ければやはり、奥底に闇がうずくまっているのが分かる。この右手には……闇が確実に宿っていることを直感する。


「でも……どうすりゃいい?」


 はっきり言って、闇の扱い方なんてまるで知らない。まさに力だけあってそれを使いこなせない状況にあるわけだ。それは未だに自分は弱いということになる。やはり、闇の力を使えてなんぼ、扱えなければ力はないのと同じ。


「よし……まずは……布をとってみるか……」


 布を固定している結び目をほどく。すると布の先端がするりと抜けおち、垂れていく。そこからだんだん、肌色の皮膚があらわになってくるが、そこからやはり闇もまたあふれ出してきた。


「やべぇ、抑えられねえ……」


 左手で闇を抑えようとするもどんどんあふれてくる。まるで制御できる気配がない。右手はひたすらうずき眠る闇が暴れだそうとする。少なくとも、右手に宿る闇はブランのものだとはとても言い難いものだ。


「クッソ、本当にどうすりゃいいんだよ……」


 布でもう一度しっかり巻き、何とか闇を抑え込む。それでやっと、闇が外に漏れないようになる程度だ。


「せめて……闇の力を一定方向に放てればいいんだよな……」


 そう思い、今度は手のひらの一部分の布をそっと剥がして、壁に向かって手を伸ばした。それに伴い手のひらからどんどん闇があふれ出す。


「よし……ハァッ!」


 右手に力を込めてみるととたん、右手がまるで爆発したような勢いで反動が走った。右手のひらから闇が広範囲に広がるブレスとなって壁を焼いていく。視界が一瞬で闇に染まってしまった。


それはとてもじゃないが、攻撃技というよりは暴走の末に起こる爆発。反動もまた想像をはるかに絶するもので、軽く体は後ろに吹き飛ばされた。


「やっべえ……!?」


 背を地面に打ち付け、帽子とバンダナが地面に舞い落ちる。背中に来た衝撃に痛がるよりも先にすぐさま、右手のひらの布をもう一度しっかり巻き付け、闇を押さえつける。幸いにも放たれた闇もすぐに消えてくれた。


「……おっそろしい……」


 闇の力を目の当たりにしたおまけに、右手にはまだ反動が残っている。闇がさっきよりもずっと大きくうずき、しびれや微妙な痛みも発している。


 体力も一気に持っていかれ、息を切らしながらもなんとか自身の光を安定させる。さらに右にうずく闇を落ち着かせていく。とにかく、全神経を右手に集中させていた。


 そんな時だった。地面にうずくまるブランの後ろからゆったりとした足音がかすかに耳に入ってきたのだ。


「ブラン、その右手、髪の毛。いったいどうしたのかな?」


右手に集中していたおかげで、人の気配にそれまで全く気付いていなかった。気づいたのは、その人物が真後ろに陣取り、声をかけてきてからだった。


「あ……!?」


 まだ少し右手から漏れる闇をそのまま、ゆっくり顔だけ後ろに向ける。そこには、妙な笑顔を振りまくアルブスの姿があった。

 何もできずポカンと開いた口もふさがらないまま、アルブスの姿を見つめるしかなかった。完全に動きが停止して動けない中、アルブスはさらに問い詰めてくる。


「もう一度聞こうか? その右手はどうなっているんだい?」


 アルブスの言葉に対し、無意識で右手を後ろに隠す。


「いまさら隠しても遅いよ。君の右手から……闇を感じるね」


 さすがに言い逃れも出来ない状況。体中から汗が洪水のようにあふれ出す。それは闇と同じく抑えることがまるでできない。


「せ、先輩は……なぜ、ここに?」


「さっき話していた時、君の右腕からかすかに違和感を得たからね。少なくともただの怪我ではないことはすぐわかった。それでもって後をつけて見たら……いやぁ、これはいいものを見ることができたよ」


「い……いいもの?」


 アルブスはいつも通り、笑顔を見せていた。だが、次の瞬間、アルブスの表情は一変し冷たいものへと変貌を遂げた。


「ブラン、君は敵の力をその右手に宿している。よって、君をスパイ容疑の疑いで逮捕する」


「……え?」


「やれ」


 アルブスの合図とともに隠れていたほかの勇者たちが一斉に登場。なにが起こっているのか、ブランが把握する時間も余裕もないまま、気がついたときには体の自由が奪われていった。


 手足を押さえられ、地面に屈服させられる。


「ちょ、待ってください! いくらなんでも……スパイではないですよ! アルブス先輩ならわかるでしょう? まずは話を聞いてください!」


「黙れ、お前をここで拘束する!」


 勇者たちの言葉が耳に入ると同時に後頭部に衝撃が走る。それは確実にブランの意識を落とせる一撃で、アルブスの冷徹なまなざしを最後網膜に映した後、ゆっくりと闇の中へと落ちていった。

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