第四章 右手に宿る闇(4)
「う……ん、ハッ! ここは!?」
意識が戻ると同時に立ち上がり、あたりを見渡す。そこは小さな窓が上の方に一つだけある壁と鉄格子で囲まれた薄暗い個室。すぐにここは牢屋の中であると分かってしまった。それと同時に強烈な絶望が一気に押し寄せてくる。
鉄格子の向こう側にいる人物に目が映り慌てて鉄格子を手で握り締めながら顔をできる限り前に突き出した。
「そこの人! おれは無実だ! 確かに右手に闇は宿っているけれど、勇者であって、決して魔王軍とかかわりがあるわけではない! 信じてくれよ、お願いだ! ここから出してくれ!」
牢屋の監視員に対し必死に声を荒げるがまるで聞く耳がない。いや、それも当然か。監視員にブランを出す権利なんてないだろう。
「チクショウ!」と鉄格子にけりを入れてみるが、結果は自分の足を痛めるだけで、監視員はびくともせずに自分の任務をこなしている。
「ああ、チクショウ、なんでこうなるんだよ……」
本当に突然起こった絶望的状況に頭を抱えうずくまる。右手は変わらず布が巻かれているが頭は完全に露出。自分では確認できないがおそらく、一部黒髪のまま。
正直、こんなあっさり牢屋に入れられるなんてまるで想像もしていなかった。もし、右手の闇が見つかれば、何かしら問われるとは思っていたが、まさ、躊躇なく話をすることもできないままだなんて……、しかもそれを行ったのはアルブス。
「アルブス先輩……なんで……?」
そんなとき、ギィという鈍い音を立てながらドアがゆっくりと開き始めた。薄暗い部屋に少し光が入ったかと思えば、すぐまだドアが閉まり暗い世界に戻る。その暗い世界にドアから入ってきたのは紛れもない、ブランの先輩、アルブスだった。
「やあ、ブラン、一時間ぶりだね、大丈夫かい?」
アルブスは場や状況にはとても似つかない笑顔とセリフをブランに向けてきた。まるで、いつも通り会話を始める前ふりのよう。
「アルブス先輩、おれ!」
「いいから、それより。そこの君、少しでいいから席を外してくれないかい?」
「え? はい、承知しました」
アルブスに言われたった一つしかないこの部屋の出入り口から出ていく監視員。それを確認したアルブスはこちらに近寄ってきた。
「やあ、君がまさかノワールの闇を右手に宿してしまうとはね」
「その……これは……そう、ノワールを倒すためですよ! だから力を手に入れたんです! 先輩、言いましたよね。おれのことを弱いって! だから、敵を倒せる力を求めた結果、行き着いた答えがこの闇なんです!」
布で巻かれた右腕を鉄格子越しでアルブスに見せる。だが、アルブスは横に首を振ってため息をついた。
「実に残念だよ。本当に、少しでも脅威だと感じていた僕自身がいやになるほどに残念だ。弱いからと言って闇の力を求める。
はぁ、君だって話をしていたじゃないか。戦う理由という話を。でも君は理由をそっちのけで力を手に入れようとしていた。君は……戦う理由を探し求めていたはずなのに、結局君が求めたのは力だ」
「……戦う……理由? ハッ! いや、でもそれはビアンカの仇で……」
「ビアンカの仇? ノワールを討つチャンスを自ら逃したじゃないか」
アルブスの目が急に冷たいものになりだした。その変貌具合は意識を失いかけたあのとき、見えたのと同じ。一瞬にして心 が冷えあがった。
「……でも、おれは……スパイじゃない、それは先輩も分かりますよね?」
「それは……わたしに分かることではない。個人的な感情、意見箱の場では無意味だよ。すべて客観的に君の右手に宿る闇を見て判断したまでだよ」
「で、でもいくらなんでも牢屋に入れなくても……この力、すぐにでも手放しますから」
「いやぁ、もういいよ、このままで」
ついにはアルブスから放たれる言葉にまで冷たさが乗り始めた。
「え? せ、先輩、何を言って?」
「君はこのままここにいてくれていいよ、期待外れにも程があったからね」
もはや、そこにブランの知る後輩思いの優しいアルブスの姿はなかった。ただ、淡々と冷たい視線と冷たい口調で蔑むようにブランを見てくる。
しかも……次に放つ言葉はあまりに想像からかけ離れた内容だった。
「僕はね、ノワールを倒すために君を利用しようと思っていたんだよ。ノワールと君をぶつけて弱ったところを僕がしとめる。あわよくば君はノワールとの戦いで死亡し、英雄への道を独占しようと思っていたんだ。
でも正直、今の君じゃ、その役目も果たせないだろうね。いや、もともとそんな素質はなかったのかもしれないね。すべて僕の買い被りだったのか」
次々にまるで当たり前だと言わんばかりに話してくる新事実。あまりに唐突の事実にまるで信じることができず、ひたすら小刻みに首を振る。しかし、目の前にいるアルブスの表情は何一つ変わらない冷たいまま。
「いや、先輩、あんなにおれに対してアドバイスなどを……」
「君さ、僕が君のことを嫌いじゃないとでも思っていたのかい?」
そんなアルブスの言葉がブランの胸に突き刺さった。
自分の中にあったアルブスという先輩の像がことごとく音を立てて崩されていく。暖かい笑顔を見せるアルブスの像がはがれていき、中から、冷たい剣をブランに突きつける姿があらわになっていった。
「僕は君が現れるまでずっと英雄に最も近い勇者。若き天才勇者ともてはやされていたんだよ。それなのに、君が勇者になった途端、そのすべては君に奪われたんだ! 屈辱にもほどがあったよ!」
「いや……でも、先輩だって、いまでも英雄候補のひとりと言われていますよ!」
そういうもアルブスは右手を音たてながら鉄格子に当ててきた。衝撃が鉄格子全体にまで響き渡り音が響き渡る。しかし、ブランの耳にはその次に放たれたアルブスが放つセリフのほうがずっと耳に残ってしまった。
「ブラン、君は分かっていない。英雄はひとりでいいんだよ、ふたりもいらない。ずっと僕だけが歩いていた英雄への道に君は横から割り込んできたんだよ。
しかも、君はあの時、なんといった? 英雄に興味がない? 食うために勇者をやっている? 冗談にもほどがあると思ったよ!
屈辱だ! ただでさえ、僕の英雄になるのには邪魔で厄介な存在だと思っていたのだからね。もう、利用して消えてもらうって思ったんだよ」
「そ、そんな……」
ひたすら首を横に振るブランだったがアルブスの態度は変わらない。
「これでも君のことは本当に買っていたんだ。僕の英雄伝において邪魔にはなるほどだって。だからこそ、君にアドバイスを送りながらより強くして、利用できるように育てながら、最後に君の屍を踏み越えて僕が勇者になるシナリオを考えていた。
でも、今の君はその価値もない。ならいっそ、反逆者として勇者から降りてもらう方が早いと思っただけ」
とことんブランをさげすむ発言をする中、アルブスはさらに鼻で笑った。
「まあ、期待外れはノワールも同じかな。昨日みたあのノワール程度なら、僕一人でも倒せるね。その点でも君を利用するまでもない。君にもノワールにも……がっかりだ」
そこでブランに投げつけられたのはアルブスが出す不敵な笑みだった。
「先輩……ノワールまでバカにするんですか……!」
なぜか妙な怒りがこみ上げ、右手が闇で打ち震えだす。だが、アルブスが一振りで放った光によってその闇は簡単に押さえつけられた。
「その闇が君の力になるわけがないだろう。ノワールも同じだ。光があいつの力になるわけがない。ふたりとも本当に愚かだよ。おろかすぎて……君たちを買っていた自分自身が情けなくなる。だからこそ、今はすっきりしているよ」
ついに反論も出来なくなったブランはただただ、事実にも向き合えず後ろに倒れこんでしまった。アルブスはもとの笑顔へと戻っているが、それが前と同じように優しい笑顔に見えることはもうないだろう。
いや、前まで見えていた優しい笑顔もすべて演技だったのだ。すべて……ブランを落とし入れるため、自分が英雄になるために偽ったものでしかなかった。ブランが見ていたアルブスの姿はすべて……ただの虚像。
「君は英雄に向かないし、英雄になれない。そして……ならせない! 僕が君の分まで英雄になって見せよう。君はここで反逆者として過ごせばいいよ。その右手の闇がある限り、スパイ、反逆者の疑いは晴れないだろうからね」
アルブスはそういうとくるりと体を回し、背をブランに見せてくる。そのまま出口に向かって歩き出したのだが、すぐに足を止めて首だけこちらに向けてきた。
「あ、その闇が消えても……反逆者の疑いは晴れないかもね。一生をその中で過ごすことになるのかもしれないか。
まあ、まず勝ち目なんてないだろうけど裁判などでせいぜいあがいてみればいいよ。せめて、君の今後の人生を同情ぐらいはしておいてあげよう。じゃあ、また暇だったら顔をしに来るからね」
そんな言葉を最後にドアが開き、光が少し入るかと思ったが、すぐに冷徹なドアが閉まる音とともに閉ざされた世界に戻る。アルブスに代わりに入ってくるのはさっきアルブスに言われ出て行った監視員で、その監視員はブランに対してまるで関心がないかのように仕事を続けるのみだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます