第四章 右手に宿る闇(2)

 待ちについてからギルドに行くも、個人的な行動であったため基本報酬はもちろんゼロ、魔王女を倒したわけでもないので討伐料もゼロ。

 なんの成果も挙げられなかった事実は、その報酬金ではっきりと身に染み込んだ。


 その後、特に思考を巡らせる気力もなく、適当な食べ物を店で買って口に放り込むとそのまま集合住宅にある自分の部屋のドアを開けていた。


 ノワールの剣を壁にかけ、自分の剣、装備を防具立てに置く。乱暴な感じで椅子に座り込むと窓から空へと視線を移した。


 まだ明るいと思っていた空も赤く染まり始めている。思ったよりも時間がたっていたらしく太陽が地平線に落ちかけていた。


 そんな夕日を視界に入れながらぐっと背もたれに身を寄せ両手を頭の後ろで組む。


「結局おれは……何しに攻め込んだんだろうな……」


 ビアンカを犠牲にして逃げてしまったから、その仇を討つためという名目を自身に持たせ、アルブスと協力して魔王軍の方へと攻めていった。


 都合よくノワールが出向いたのは作戦の中ではうれしい誤算というやつだった。でも、結果はこれだ。


「おれは……力が足りないのだろうな……」


 そもそも力があればビアンカを簡単に救出できたはずだ。光の力でノワールの闇を剥がしビアンカを取り出せた。いや、そもそも、本当に力があったならば最初の戦闘時にビアンカが犠牲になることもなかった。


 ちゃんとした力があったなら、あそこで首に剣を突き立てていたのはノワールではなく、ブランになっていたはずだ。


 でも、力ってなんだ? どうすれば手に入る? 自身の光の力を全力でぶつければノワールに勝てるのか? さっきの戦闘で押し気味だったのは本当に実力の結果なのか?


 いや、違う。あの時、ノワールから感じた闇に違和感があった。前まで感じていた闇はよりもっと深々しいどこまで黒い闇。でも、さっきのは……ノワールの闇じゃない……いや、ノワールの闇かもしれないがそれだけじゃない。


 もし、もとの闇に戻れば勝ち目はない……やはり……弱いよな。


 その時、視界の端に入り込んだのは例の剣だった。視界の隅っこにしか写っていないくせにやたらと存在感をアピールするように闇を今なお放っている。一度息を大きく吐くと頬杖をつき、視界を完全に剣の方へと向けた。


 あの剣に眠っているのは紛れもない……力だ。あの剣を見ていると最初に遠くから感じたノワールの闇を思い出す。とてつもなく強力な闇だ。


 もし……自分もあのような闇を手に入れることができたら……少しはノワールの近づけるのだろうか? 闇を手に入れれば……ノワールのように強くなれるのだろうか。


「なんて……勇者が考えることじゃないか……」


 わざと口に出して自分の立場から考えをしっかり思い直す。だけれども、自分は弱いという事実は容赦なく自身の心をむしばんでいく。


「でも……力がなくて……それでも勇者でいられるのか? やっぱり……力が……」




 太陽が完全に沈み月明かりが世界をぼんやりと照らす時間。気が付けばブランは近くの公園にある水面静かな池の前にノワールの剣をもって立っていた。


 正直、本当に無意識に近いものだった。ずっと部屋の中で考えこんでいたものの、だんだん思考停止に落ちていき、何も考えられないまま、現在に至る。


 時間帯もあり、あたりは本当に静かで、月の輝きとブランが手に持つランプの明かりだけがこの世界の光になっている。それ以外はもう、すべて闇の中だ。


 だが、その中でもノワールの剣は破格の闇を放っている。黒色の壁に黒の絵の具を塗ったところで何も変わらないはずなのに、ノワールの闇は黒をさらなる黒に染め上げる力を持っている。


「はぁ……どうしたいのだろうな……おれは……」


 月明かりによって水面に自分の姿が映りこむ。そこに映る自分は白い髪を生やし、なんとも言えない表情になっている。


 まるで心情を表すかのように吹く風が夜の冷えを持ちながら肌に突き刺さった。それに合わせ体が小刻みに震える。水面もまた波立ち、水面に映るブランの顔が揺れてはまた静かになっていく。


 だが、その風が一番影響をもたらしたのは手に持つ明かりだった。風が紙のランプにある隙間からすり抜け風になびいた火は儚く闇の中に散っていく。火が光を放ち照らされていたブランの体もまた同時に闇の色に染まってしまう。


 空を見上げると同じく闇を照らしていた月も雲の影に隠れていくところだった。もうじき、月が完全に雲にもまれ光を失っていくだろう。


 光は……なんと儚くもろいのだろうか……。ちょっとした闇にすぐ飲み込まれては消えていく。今、ブランの周りに光がないのが……何よりの証拠、現実。


「やっぱり……弱いままじゃだめだ……力を手に入れないと……闇をこの手に……」


 明かりが消えた今でも剣は存在感を放ち続けている。その感覚が伝わる方向へと視線を向けると、ゆっくり手を差し出していく。


 剣の柄の部分に手が当たると、その柄に巻かれている布をほどく。布ははらりと落ち、剣の柄から一気に闇があふれ出した。それをこの目、この心で感じとっては実感し、大きく息を吐く。


「せめて……おれにも……ノワールのような、美しく深い闇を……この手に!」


 その勢いで剣の柄を右手で強く握りしめた。瞬く間に闇が右手に広がり、手首を伝って腕の方にまで染め上り始める。


「うッ、ウグッ!」


 それに対し光で闇を抑え込んでいく。けれども浄化してはだめだ。光で押しきり、闇を右手の中に抑え込むんだ……。


「うぅぅぅぅ……」


 全身が光を放ち始め、月に替わって当たりを照らす。だが、右手に悶々とする闇だけはその光でも決して揺るがない。夜という闇の中に輝くブランの光の中にまた、闇が存在するという異様な状況になる。


 闇の侵食は簡単に止まらない。剣に宿っていた闇がすべて右手に注ぎ込まれ、腕から体の心臓部へと向かってこようとするのがヒシヒシと伝わる。けれども……闇にすべてを囚われたらだめだ……そうなれば自身の光と相殺し、すべてが無になる。


 剣が右手からすり落ち、闇が右手からあふれ出す。左手で右手を抑え込むものの、どこまでも広がろうとする闇。


 もがきひたすらもがき、地面にうずくまりながらも必死に闇を右手に抑え込むさなか、視界に剣の柄を覆っていた布が入ってくる。とっさにそれを掴み取り、血が止まるのではと思うぐらいに強く肘の少し下あたりを縛る。さらに、右手全体を布でぐるぐる巻きにしていった。


 布に光の力を込めて闇をひたすら抑え込む。それからもこのくらい公園のなかで闇との格闘が続いていった。




 気を失っていたのだろうか、それともいつの間にか眠っていたのか、意識が戻り始め瞼を開け始めると緩やかな光が刺激として脳に伝わってくる。

 最初、何が起こったのか分からない、というよりも何が起こったのか理解しようと脳が働かなかったが、しばらくして自分は横たわっている状態にあるのだと理解していく。


 地面の草が視界に入り、手をついて上半身だけ少し起こした。視界はまだぼやけていたが、首を何度も降り、ようやく脳がはっきりと動き始め、目が覚ましだす。太陽は地平線から登り始めており、日の出の時間を迎えていた。


「あ……そうだ! 右手……」


 昨日のことを思い出し、右手に視線を送る。右手は布でぐるぐる巻きになっている……。別に体の奥にまで闇が侵食したような気配はなさそう。


「……どうなったんだ、これ?」


 なんかまるで右手が自分の手じゃないような感じがする。感覚がないわけじゃないが、少し遠いような、なんというか、右手から変なものを感じる、うずくというか。

 ふと気になり、試しに右手に力を込めてみた。その時だった


「うぉぉ!?」


 右手に巻かれた布の隙間から闇があふれ出してきたのだ。さらにはまるで溜まっていたものがあふれ出したかのように、止まらず湧き続ける闇の力。あわてて、光の力を右手に送り付け何とか抑え込むことには成功できた。


「闇が……」


 闇を抑え切れたが、いまだに右手に妙なうずきが残り続けている。おそらく、異色の力が備わったことによる影響か……。


 そんな自分の右手に浸っているとふと水面に映る自分の姿が目に入った。その姿に違和感があった。


顔を覗き込ませ、じっくりと自分の顔を見る。少し疲れたのかやつれた顔をしているのだが、基本的にはいつもの姿と変わらない。だが、一ついつもと違う部分がある。


 髪の毛だ。いつもは光を象徴する真っ白な髪で頭がおおわれている。でも、今は一部だけが……黒色になっているのだ。ほんの一割ほどだが、それは確かに闇のように深く濃い漆黒の色。


 水面に映る姿を頼りにその黒い髪を恐る恐る触ってみる。なんら変わらない髪のはずなのに、内心ドキドキが止まらない。


 これは……あのときのノワールと同じだ……。白と黒の量は正反対とはいえ、一部分が相反する力を象徴する色になっている。


「闇を……手に入れたってことなのか? ……力を……手に入れた……ってことか?」

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