第四章 右手に宿る闇

第四章 右手に宿る闇(1)

「な……何が起こった?」


 ブランはついさっきノワールの闇に包まれてしまったかのように思えた。その時感じた想像を絶するほど闇の深さとその黒さについ見とれ何も動けなかったはず。だが、実際はなぜか闇がブランの体に触れた瞬間反発し闇が消えていた。


 おまけにノワールは瀕死状態。それを好奇と見たアルブスが攻めようとするも突如現れた魔王軍の老兵がノワールを連れて逃げて現在に至る。


「君、大丈夫なのか?」


「え……ええ、まあ」

「ふぅ、そうか……」


 アルブスは大きくため息を吐くと天を仰ぐ動作を見せる。しかし、アルブスはこちらに視線を動かさず、天を見たままさらに続けた。


「ブラン。なぜ……ノワールを討つ邪魔をしたんだい?」

「あっ……その……それは……」


 確かに邪魔をしてしまった。それも光の力で吹き飛ばすという物理的で直接的な方法で……つまり何一つ言い訳できない方法で。


「ビアンカがノワールの中にいたから、というのはまあよしとしても、僕を吹き飛ばすなんて……いくらなんでもやりすぎだよ」


「……返す……言葉もありません……」


 本当につい、やってしまったという感じだった。正直、いくらビアンカを助けるためとはいえあのような行動をとったなんで、自分でもどうかしていると思う。実際、その行動がノワールを逃がしたのみならず、自身すら危険に及ぼしたのだから。


「正直言うと、君のことは本当にすごい勇者だと思っていたんだけどね……勇者として君はまだまだ弱いよ」

「……ッ!? よ、弱い……」


 弱い……ただのその一言が胸に突き刺さる。そうだ、弱いのだ、だからこんな結果になったのだ。あまりにブランの心に痛恨の一刺しを与える言葉であったため、一気に視界が黒くなっていくような気さえしてしまった。


「もう少し勇者としてやるべきことをしっかり見定めるべきだと思う。そもそも戦う理由が分からないとか言っていたから、こんなことになったんじゃないのかい? 今の君を見ても……脅威にはあまり感じないね」


「はい……すみま……え? 脅威?」


 ひたすら『弱い』という言葉に付きまとわれ、まともアルブスの話が耳に入らなかったが、最後に続いた『脅威』という言葉に一瞬耳に止まり、同時に違和感が走る。だが、振り向くころアルブスはひらりと馬にまたがっていた。


「ここにいつまでいても仕方がない。帰るよ」


 そういうとアルブスは馬を走らせ始めた。ブランもまた、自分の馬のところにまで足を進め始める。


 弱い……弱いな……。


せめてもの……ビアンカを助けることができたら少しはいい結果になったかもしれないが、アルブスの邪魔をして、ノワールを逃がして、ビアンカを助けられず、自身はやられかけた。……弱い……本当に弱い。


 もっともっと、強くならなくては……力が……もっと必要。

 馬のところまで行き、またがろうと足をかけたとき、背中に強烈な闇を感じた。


「ノワール!?」


 だが、振り向いた視線の先にあったのはノワールではない……いやノワールの闇ではあるが、それはノワールが使っていた剣だった。


 確か戦闘の時にブランはノワールの剣をはじいたのを覚えている。それが後ろで地面に刺さっていたのだ。


 最初はそのまま放っておこうかと思ったが、馬に体重の乗せかけたとき留まる。そう、あの剣に宿っているのは闇、力だ。剣だけになっているにもかかわらず、一瞬ゾクッとするほどの闇を確かに背中で感じさせたほどの。


 馬を下りて剣に向かってゆっくりと足を進める。近づけば近づくほど感じるのはノワールの闇。あまりに深い存在感を放ち、ブランを魅了してやまない漆黒の剣。やはり、ノワールの闇に惹かれているという事実を無視することはできない。


 剣の前にまで行くと、よりその剣に宿る強烈な闇がひしひしと伝わってくる。剣から鈍く闇のオーラが出ており、空気を揺らしているように見える。


「でも……この剣、どうしたものか……」


 いざ目の前に立ってみるも自分は剣に対しどう対応すればいいのか、どうしたいのかわからなかった。惹かれるがまま歩んだだけだから。とにかく剣を持ってみようかと柄の部分に右手を出してみた。その途端、


「うっ! うぉあ!?」


 剣の柄に触れるか触れないかといったところ、右手にものすごい勢いで闇が流れかけたのだ。それも、とてつもない強力な闇が。まるで高熱のヤカンを触った時のような反射反応で右手が脳の意思関わらずひっこめられた。


 思わず右手を左手で覆い隠す。本当に一瞬のはずだったがすでに闇が右手に取りついており、右手にうずく闇が光で浄化されていく。


 幸い、すぐに浄化されたが、剣のすさまじさを理解するには十分すぎるほどのものだった。こいつはそう簡単に握れるものではない。


「やっぱり、ここに置いて帰るか? ……いや……」


 一度馬のところに戻り、汗をぬぐうための布を手に持ち、また剣のところに戻る。そして慎重に剣の柄の部分に布を厚く何重にも巻きつけた。最後にしっかりとれないよう固定を行い、ゆっくり布で巻いた柄の部分を握ってみる。


 やはり、まだ闇の感触は根強く残っているがこれで闇に侵食されることもなく持てるだろう。刃の部分にも簡易的な保護を施し、剣を背中に固定すると馬にまたがり、今度こそ自分の街に向かって馬を走らせた。

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