第三章 闇は光と反発する(5)
走り出すこと数時間。次第に近づいてくる光がはっきりと捉えられるようになってきた。光はふたつある。一つはブランのもので間違いないが、もうひとつはなんだ?
だが、その疑問もすぐにわかる。そのまま馬を走らせるとすぐ、同じく馬に乗るブランともうひとりの人物に出会うことができた。
馬を降りた三人が何もない荒野で対峙した。
ブランではないもうひとりの人物はブランより少し年上に見える青年。男性にしては長髪ぎみの白い髪を見る限り、勇者。
「グッ!?」
一瞬胸にチクリとするような痛みが走る。またビアンカの光が暴れだしたのだ。だが、すぐに闇で無理やり奥に押さえ込む。目の前の勇者の光と共鳴でもしたのか?
でも、こいつの正体はわかった。おそらく、コイツこそビアンカがブランに組めと言っていたアルブスというやつなのだろう。つまり……このふたりは自分を……このわたしを……殺しに来た。
「やあ、君が魔王女ノワールだね。ぜひ会ってみたかった……そして、この剣で切り倒したかった」
アルブスが優しそうな爽やかな笑顔で剣をゆっくり抜き取り、こちらに向けてくる。でも……その表情の裏にあるのは真逆の感情だというのはノワールにもすぐわかる。
「僕が進む英雄への道の糧となれ」
そぉら、すぐに本性の欠片が見え始めた。アルブスが小さく不敵な笑みを作ると握る剣先がキラリと輝く。光がどんどん高まっていくのがわかる。でも……大した光じゃない。所詮、一勇者が放つ光だ。欲しいのはそんな光じゃない。
ノワールは意識の全てをブランに向けた。もちろんブランの視線もこちらにあったため、視線がぶつかり合う。ブランの目は……? 敵視している目じゃない?
ブランもまた剣を構えこちらに殺気を向けているかのように見える。でも……、いや、関係ない。こっちがやるべきことはひとつだけ。
こちらも剣を構えるとそれぞれの戦闘態勢が整った。それと同時に三人が放つ光と闇の力が荒野に充満していく。一触即発、今にでも光と闇がぶつかり合う。という時だったが、ブランが急に声を荒らげた。
「ちょっと待ってください! ノワール……お前……その髪どうした? それに……お前から感じる闇が……前と何処か違う!」
「な!?」
自分が放つ闇が……前と違う? 自身の体から溢れる闇に意識を向けてみるが、何か違うとは思えない。光を取り込んでも変わらなかった……気がしていただけ?
思わず自分の剣を持たないほうの手を見る。溢れる闇は闇のまま……。
「ブラン、余計なことは考えないほうがいいよ。目の前の敵を倒すことだけ、集中すればいい……」
「え? あ……でも……あいつ……」
そうか……、光を取り込んだ証拠というわけだ……。ブランには……ノワールの闇の質が変わったことに気がついたのだ。自分ですら気付かなかった違いに。
そうと分かり、ノワールは白い髪をアピールするようさらりと流してみせた。
「そうだ! ブラン、わたしは、光を取り込んだ……、光を手に入れたんだ!」
「光!? な!? ど、どうやって!?」
「ブラン! やつの話を聞いてはダメだ。剣をしっかり握るんだ!」
アルブスがブランを制止させようとするが、ブランは一歩一歩近づいてくる。それに対してノワールは笑顔で高らかに告白した。
「ビアンカの光だよ! わたしはビアンカを取り込んで、光を手に入れた!」
「ビ……ビアンカ? ……ギィッ!!」
ブランの目つきが変わった。それに伴い、あの美しい光が輝き始める。
「ブラン? 挑発には乗るな。ちょ、ブラン!」
輝く閃光の塊がブランごとノワールに向かって突っ込んできた。こちらも応戦態勢に入る。右手に握る剣に闇を注入。剣から生み出す闇の結界でまずはやつの第一手を受け止める!
白と黒の剣がインパクト、衝撃が走る。昨日既に戦っているのでわかる、この攻撃を受け止め流せば、こちらに攻撃のチャンスができる。だが、今日は違った。
「な……これは……? この力!?」
昨日とは比べ物にならないほど光の力が上がっている。あまりの違いに対応しきれず、作り出した闇の結界が音を立てて崩壊、ノワールの体が大きくはじかれる。同時に剣もまた弾かれノワールの手からすり抜けては遥か先にすっぽ抜けていった。
「ビアンカは生きていたのか!? 本当に……取り込んだのか?」
防御態勢が崩され、隙だらけの懐にブランは光の衝撃波を直接放とうとしていた。剣をもたない左手が輝きを放ちながら近づいてくる。せめて一方的にやられてたまるか、そんな気持ちでこちらもまた闇の衝撃波を放つ。
だが、こちらの力などもろともせず、闇ごと押し返したブランの一撃がノワールの体を宙に舞わせた。
時間の流れが遅くなったかのように視界がゆっくりと横転していく。視界に写っていたのは攻撃を放ったブランの姿だったが、やがて何もない青空へ、背後にある山へと景色が変わっていく。
なぜだ……なぜブランの光がここまで強くなった? ブランとの力の差が逆転しているのだ? なぜ……自分は今、負けて宙を舞っているのだ?
……いや、違うな……ブランの力が強くなったかもしれない……でも、それだけじゃない……。自分の闇が……弱くなっている……。
やがて視界に映る景色は地面に移り変わり、体が重力に対して何も抵抗できず地面に叩きつけられた。
「グゥゥ……、クソ……。……ウゥッ!?」
突如として胸にズキンと鈍い痛みが走り出した。まただ、ビアンカも光が!? でも……それだけじゃない!?
ブランの光がノワールの体に付着、ノワールの闇を蝕んでいく。まさに昨日、ノワールがビアンカにしたことと同じ現象が起こっている。
なんとか光を浄化しようと闇を高めてみるが、奥にあるビアンカの光が邪魔をして闇すら上手く制御できない。体中が悲鳴を上げるような痛みが込めあげてきた。
「ァアアアアア!!!? グゥゥウ……ひ、ひか、り……がぁああ!!」
なんとか闇を形成していくが光がその闇をまるで打ち消していく。
「の、ノワール?」
「ふふふっ、いい。よくやったね、ブラン。チャンスだ、ここままとどめを刺そう」
アルブスとブランがもがき苦しむノワールに対し近づいてくる。なんとか光をおしかえしたい、せめてもの闇の力を放出しブランらの前に壁を生み出したい。だが、そんな力を放出しようとすらできない。
「ウアァアアアア!!!?」
ついに胸の奥からビアンカの光が表に湧き溢れてきた。
「あ!? 先輩待ってください!」
突如ブランがアルブスを制止する。
「今、ノワールの中にビアンカの光を感じました……やつは……本当にビアンカを取り込んでいる!? このままじゃ、ビアンカまで」
ノワールが必死にビアンカの光を押さえ込むなか、アルブスは冷徹な眼差しをノワールのほうに向けてきた。
「関係ない。ここでやつを倒すことにこそ、勇者としての意義がある。そうは思わないかい、ブラン? 強敵を討つチャンスをちっぽけな勇者ひとりの命を優先して逃す理由はない。我々は英雄になるという理由で戦うのだから、……決してひとりの勇者を助けるためじゃない」
「な!? 先輩……それ、本気で言っているんですか?」
「当然だ、ましてやビアンカは英雄候補でもないのだからね」
ノワールの体にだんだん闇の力が戻ってくる。ブランの光も浄化しはじめようとしたその時、ブランの強烈な光が世界全体に染め上がった。
世界中がまるでブランの光に包み込まれたよう。荒野にある全てを美しく照らすように見える。そのブランの輝きが放たれた光のエネルギーは周囲を巻き込み、ノワールに近づいてきていたアルブスを大きく吹き飛ばした。
「先輩……さすがにその意見には賛同しかねます。目の前にビアンカがいるというのであれば……見殺しになんてできないです」
「……ブラン、君……何をしたのか……ッ!!」
「ウァァアアアアアアアアア!!!!」
「「なッ!?」」
突如としてノワールの奥底から闇が溢れ出した。自身の意思で生み出した闇ではない。感情が爆発し、その連鎖で闇が一気に充満、ブランの光が浄化されていく。
なんとか膝を立て、手を付きながらも立ち上がる。全身に力はまだ入りきらないが、視線だけは……ブランに力強く向け続けた。
「あの光だ……わたしが欲しいのはさっき感じた……ブランから放たれたあの光!」
一歩……一歩……おぼつかない足取りながらも精一杯ブランに近づいていく。手を
伸ばし、ブランの光をつかむため前に足をひたすら踏み出す。
「ブラン……君は何故……そこまで綺麗に輝ける? その光はどうやって放っている? なんでそんな簡単に……光を手に入れられる?」
「ノワール? ……な、何を言い出す?」
「わたしは欲しい……君が持つ美しい光を……輝く光を……強い光を……」
自身の体が浄化しきり、浄化に使っていた闇を一気に体外に溢れ出していく。そのまま、ノワールが憧れる光に狙いを絞る……いや、もうそれ以外は視界に映っていない。
すぐそこにある。あとは思いっきり手を伸ばせば……ブランの光が掴める。
「ブラン、君の光……わたしによこせ!」
闇でできた巨大な膜がブランを襲う。ブラン自身も突然のことで何が起こったのかわかっていない様子、呆然と突っ立っている。アルブスはブランに向かって走り出すがまず、間に合うまい。これで……ブランの光を取り込める!
だが、ブランが闇で包まれる瞬間、闇が一斉に弾けとんだ。ブランを包み込もうとした闇はことごとく弾かれ空中に散っていく。
ノワールはその瞬間、すぐ目の前にあるもうすぐ手に届くと思っていたブランの光はただの錯覚で、本物はまだまだ遠い遥か先で輝いているのだと悟った。
闇が弾けとんだ反動はノワールの体にまで連鎖を引き起こし、同じように後ろにはじけ飛ぶ。もはや、それに対し抵抗する力など残っていない。みるみる遠のいていくブランの光に何もすることができず、ただ、もう一度宙を舞う。
「あぁ……どうしてこう……わたしの闇は……光を拒むのだろうか……」
自身の体に疼くのは闇ばかり。ビアンカの光は中にあっても本質は闇で光が表に出れば自身の闇を蝕むだけ。ブランのような輝く光が……欲しいのに……。どれだけ手を伸ばしても……まるで届かない。
近づこうとしても闇は弾かれ、拒絶され……闇は消えていく。
「ちくしょう……なんで……光は闇を受け入れない?」
どれだけ疑問を投げかけようがその答えは帰ってこない。ただ、闇の沈黙だけがノワールの耳に残るだけ。溢れ出す闇が……残念ながらノワール自身なのだろう。
「ノワールさま!」
地面に倒れこむといった寸前、ノワールの体がある人物によって受け止められた。体はほとんど動かないが、首をなんとか動かし、その人物の顔を見る。
「しゅ……シュバルツ……」
「ノワールさま、突然王宮を出て行かれたと聞き、驚きましたぞ。しかし、その様子では随分とやられたようですな。ここは一旦引きましょう」
「ま……待て……! まだ! ブランの……光を手に入れるまで!」
「行けません、あなたは光を飲み込めていない……光にとりつかれているだけ。一度お気をお沈めください」
「ふざけるな! 光だ……光を……よこせ……」
力を振り絞って手を天に捧げる。手の遥か先に見えるは太陽の光。本当に眩しくて輝いている光。光、光、光、光……
「ノワールさま、……失礼、ご容赦を!」
突如として首あたりに鋭い衝撃が走った。忽ち腕の力がなくなり天から崩れ落ちる。それと同時に全身の力が薄れていき、また深い闇の底に落ちていった。
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