第三章 闇は光と反発する(4)
太陽の光が瞼の裏にまで突き刺さり、その暖かさで目が覚めた。目を開けると見慣れた天井が映り込む。自分の部屋のそれだった。
「あ、ノワール。目が覚めたのですね。よかった……」
「え? お母さま?」
突如視界に入ってくるのは母の顔。隣には使用人が何人かついていた。最初何が起こったのかわからずキョトンとしてしまったが、しばらくして昨日、ビアンカを取り込んだあと倒れてしまったことを思い出していく。
「心配したのですよ。なぜあのような時間に捕虜が入る牢屋で倒れていたのです?」
「いや……その……それは……ハッ!」
どう答えたものかと言葉を選んでいると、大切なことを思い出した。慌ててベッドから飛び上がり鏡の前に行く。そして自分の髪の色を確かめた。
「ふぅ……よかった。光はまだある……」
ノワールの髪は変わらず黒いが一割はしっかりと白い色に変色している。光がまだ体内にある証拠だ。
「ノワール、お前、その髪の毛はどうしたんだ? 」
白い髪を触る手が思わずぴたりと止まってしまった。なんと部屋のドアが空き、父までもが入ってきたのだ。
「お、お父さま!? あ、あの……」
とっさに自分の頭を抑え込み白い部分を隠そうと試みるが、それほどむなしい抵抗もないだろう。父はかなりの権幕でそれこそ鉄槌でも下しそうな勢いだ。
どうすればいいか分からず口籠っていたが、そんなノワールの肩に母が優しく手を置いてきた。
「ノワール、お父さまもあなたのことを心配されていたのですよ。お仕事はたまっているのに部屋のドアの前に立ってずっと待っていたのですから」
「え?」
「ゴォッホンッ! 余計なことは言わなくてもいい。で、ノワール……どうなんだ、その髪の毛は?」
思わず父の顔を見た。相変わらず怒りあふれている魔王と呼ばれるほどの表情を向けている。……でも……父……なのかな。
心配していた、そんなことを言われればさすがにごまかすわけにもいかない。自分の白い髪の毛一房を握りしめ、目をしっかり父に向けた。
「わたし、光を取り込みました。捕虜の光です」
報告した途端、部屋の中がざわついた。使用人がざわつき、両親が目を真ん丸にして娘の発言の意味を必死にとらえようとしているのがノワールにもわかった。そして、おそらく信じられないという思いが次にあふれ出しているのだろう。
「ノワール、あなたはなぜ、そのようなことをしたのです?」
なぜか……それもちろん、光が欲しかったから。ブランのような輝く光をこの手に握りたかったから。いずれはブランの光を手に入れる。これはその布石。でも……そんなことは……いくら両親にこの雰囲気であっても言えない。言いたくない。
代わりに言い訳を思いついた。
「光を飲み込むほどの闇。それはとてつもなく深い闇である必要があります。きっと光を取り込む闇は我々が生み出す闇の新たな可能性となるでしょう……」
今度は部屋の中はシ~ンと静まり返ってしまった。さすがに臭かったか。親から放たれる視線には妙な冷たさをノワールは感じてしまう。
でも……どうしようもない。もし、正直に……「わたしは光が欲しいです」なんて言ったらどうなる? 親ががっかりする? そんな程度じゃすまない。ただの家族であればそれで終わりだろうけど、この家族は王族。
闇の力によって国を動かすのに、そこで王族……次期王の立場にあるノワールが敵対している力である光に気があるなんて言えば……家族の縁が切れるどころの話ではない。性根を叩き直されるか? 国を追放か? 牢獄行きか? 極刑か? まともな未来が待っていない。
でも……だからと言って光を求めるのをやめられない。もう、ブランの光を感じたときからそれは決まっていた。あの光は求め続けなくてはいけない。
「ふぅ、まあいい。お前は光を取り込もうが構わん。だが、これだけは言っておくぞ。我々の力は闇だ。そこに異質の光など取り込むなど百害あって一利なしだとおれは思う。可能性が目的なのだとすれば、無意味だといっておこう」
「……」
知っているよ、そんなこと。シュバルツからもさんざん聞かされた。ただ、父と目を合わせたまま、無言になるしかなかった。
それからというもの親との間は非常にギスギスしたものになってしまった。その後の朝食では会話が一切なく、このたった一つのイベントで親との間に闇より深い溝ができてしまったような気がする。
ノワールはその後ずっと部屋にこもり鏡に映る自分と向かい合っていた。長い髪の一割ほどある白い色。今はこの美しいと思える白い髪だけが心の支え。これだけが……ノワールの闇の奥に光がある証拠。
ずっと鏡を見ているとふと疑問がわいた。
「今の私って……光を扱えるのだろうか?」
ふと右手のほうに視線を落とす。いつもと変わらない右手。試しに力を込めてみるがやはりあふれ出すのは闇ばかり。手に入れたいいものの、どうすれば光を扱えるのか、表に引き出すことができるのかわからない。
「? 表?」
そもそも光は深い闇で奥深くに飲み込んだ。それを扱う、光を放つ……すなわち表に引き出す行為なんて……本当にできるのか? それって、本当に光を手に入れたことになるのだろうか? それが……
「わたしの望んだこと? ……ウグゥ!?」
突如としてまた胸あたりに痛みが走りだした。昨日の夜と同じ状況だ。自身の奥にある闇が必要以上に不快なうずきを見せ視界がぼうっとする。
「クソッ……ビアンカ……どうしてもあがくつもりか……ッ! なら……ハァ!!」
一気に体内の闇を膨れ上がらしていく。その強烈な闇でビアンカの光をゴリ押しに沈める。しばらく、力ずくで抑え込んでいると次第にその症状は消えていった。
「ハァ……ハァ……少しでも表に出そうとすればこれ……、で奥にまた押し込める。これは……違う……ビアンカではだめだ。やっぱり、私が欲しいのは……ブランの光だ!」
しばらく、全身を落ち着かせるためベッドに転がる。あふれ出した闇もいったん沈め大きく息を吐き、新鮮な空気を肺に送り込む。
そのまましばらく何も考えずベッドに転がったまま天井を見続けていると想定外の疲労がたまったのが原因か、うとうとし始める。
瞼がだんだん重くなり、視界がぼやけてくる。もう、寝ようか。そう思って睡魔に抵抗していた瞼をされるがまま落とし闇の世界に入ろうとした。
だがその直度、胸の奥がざわついた。その奇妙な感覚に目を見開く。このざわつき、内にあるビアンカの光じゃない。別のところにある光、近づいている。
この感覚……、そうだ! 初めてブランの光を感じたときと同じ。遠くにあってもあの輝きは決して忘れない。
「ブランが……こっちに向かっている!? まさか……ビアンカを助けに!? いや、わたしを討ちに来たのか!? でも……昨日の今日で……?」
一度起き上がり、窓のところまで歩いていく。サッシに手を当て窓から外を覗き込む。すると昨日、ブランが逃げるときにビアンカとの会話が脳裏に浮かんだ。
「いや……昨日の今日だからこそ……ビアンカの仇……ってわけか」
一度自分の手を見てみた。どす黒い闇が渦巻いている。面白い、……ブランの光を……手に入れるチャンスだ。
そう思ったときにはひとり馬にまたがり、部屋を、王宮を、そして街を飛び出した。
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