第三章 闇は光と反発する(3)

 ギィィという金属音が建物内に響き、一歩牢屋の中に足を入れる。そのまま床に座り込むビアンカに視線を落とすとゆっくり彼女に近寄った。


「何をする気?」


 逃げるどころかなんの動作も起こさないビアンカと視線を合わせるためしゃがみ込むとビアンカの顎を手で固定し、視線をしっかり合わせた。


「君の目、確かに強い光が宿っている。でも、その光、どこまで保つのかな? 試してみるとしよう。わたしがその光、消してやる」


 闇の力を自身の目に凝縮。そのまま一気にビアンカの目に流し込んだ。今度は加減などいっさいない。全力の力だ。


「ウッ!? ウァァ!! ウグゥゥ……」


 さすがにビアンカも堪えてくれたらしい。闇が送り込まれると同時に地面にうずくまり、苦しみ始める。ビアンカの体から闇の靄が発生し、徹底してノワールの闇がビアンカをむしばみ始める。


「さあ、ビアンカ。どこまで保つ? ほら、光れよ、ビアンカ」


「ヌグッ……、ウゥ……、クゥウ……」


 床をのた打ち回るビアンカ。どんどん闇があふれ出し始める。やがて光は消えて、闇も光もない無の体へとなるだろう。


 だが、そうならなかった。突如としてビアンカの胸あたりに白い輝きを見たのだ。


「なっ!? まさか……」

「ウゥ……ハァ……ウゥ……ハァ! ウゥゥアアアアア!!」


 その光の範囲がどんどん広がっていく。それに合わせてノワールの闇がどんどん押され消えていく……浄化されていく。


「な、嘘だろ?」


 だが、無情にもビアンカから強烈な閃光が放たれだした。そのまぶしさに思わず目を細める。再び視線を向けたときには息を切らしながらも完全に闇を浄化しきって今なお光を持ち続けるビアンカの姿がそこにあった。


「君……勇者としては弱くても……ずいぶんと図太い光をもっているのだな」


「ハァ……ハァ……突然、なにするのよ!?」


 ビアンカ……、なんて奴だ。もはや、呆れるよ。いや、いっそのこと……。


「なあ、ビアンカ。君の光、わたしの闇に飲まれたらどうなるんだ?」


「な!? あたしを!?」


「そうだ。闇に飲まれたら光はどうなってしまう?」


 ゆっくりと再びビアンカに近づく。さすがに今度ばかりはビアンカも心なしが少しずつ後ろに下がっていくが、むろんノワールが歩むスピードのほうがダントツに速い。追いつくとしっかり視線を合わせた。


「闇につぶされ消えて無くなってしまうのか? それとも、わたしの闇の中でも光はなお、輝き続けるのか? その場合、その光は闇になじんでくるのか? その光はわたしのものになるのか?」


「し、知らないわよ……そんなこと……」

「なら、実験あるのみだな」


 意を決し体から強烈な闇を生み出していく。それは強大な影となりノワールの後ろで踊り狂う。圧倒的に濃く深い闇を作り出して、光を取り込む。それだけだ。これで、少しは……汚らわしい闇から変わるのだろうな。


 闇をまとった手をゆっくりビアンカに近づけていく。たちまち後ろに溜まった闇がビアンカを包み込もうと動き出す。


「な……あっ……」


「君が持つ決して屈服しないその光、わたしによこせ」


「ぅ、ぅぁあああ!?」


 ノワールの作り出した闇がビアンカを完璧に包み込む。渦巻き姿はすべて闇の中に消え闇と化していく。


 そのままビアンカが取り込まれた闇を再び自分に浴びせた。全身が自分の闇に覆われ、闇を吸収していく。これで光が……自分のものになるのだ……。


 牢屋全体に黒々しい闇が広がる。だが、その闇も晴れていきすべてノワールの体のなかへとおさまっていく。ノワールの体を中心に渦巻くように光を取り込んだ闇が吸い込まれていく。


 やがて闇が完全に体の中に入り込んだ。目の前にいたビアンカの姿はもうなくなり静かな時がこの牢屋のなかで流れている。だが感覚はあまり変わらない……自分の闇は自分のままだ、黒い闇が自身の心を渦巻いている。


 試しに手に力を集中させてみるがあふれ出すのは闇ばかり。


「これは……? 何も変わっていないのか? 変わらない? あぁ……、わたしは光を手に入れることは……できないのか……? ふざけるな!!」


 光を手に入れることができない自分に対しる憐みや悲しみ、怒りにまかせ力を爆発させる。もちろん衝撃波として表に現れるのは闇の波動のみ。見慣れた闇が鉄の牢獄を大きく揺らす。甲高く不快な音がただ、建物内に響くのみだった。


「ノワールさま、何かありましたか!?」


 監視員がさっきの音に異常を感じたのか、走って寄ってくる。ノワールは最初「うるさいな」というような思いで監視員を見たが、監視員は途中で足を止めノワールの顔に視線を向けては驚くそぶりを見せていた。


「なんだ? わたしの顔になにかついているのか?」

「……あの……その髪、どうなされたのかと思って……」


「髪だと?」


 触ってみるが特に違和感はない。すると監視員は牢屋の外にある鏡の前に立つことを進めてきたので、しぶしぶ鏡をのぞくと自分の髪を見た。


「な!? こ、これは!?」


 思わず、自分も監視員と同じように驚いてしまった。恐る恐る問題の髪を触り、自身の視界に引っ張り出す。それは……闇を示す黒色ではない。光の象徴である白色の髪の毛がうっすらと備わっていた。


 ノワールの長い髪の一部、一割ほどが白色へと変貌していたのだ。


「光だ……光だ!  わたしの光だ! フフフフッファハハハハハ!! やったぞ! やったぞ! ついに手に入れた! これこそ、わたしの光だぁ!! 素晴らしいィッ!!」


 分かった瞬間歓喜に打ち震えた。光、ビアンカの光を取り込むことに成功していたのだ。柄にもなく、騒ぎ笑いが止まらない。


「の、ノワールさま? なにをおっしゃって? って、ん?」


 監視員が突如、檻の方へ近づく。


「ほ、捕虜!? ノワールさま! 捕虜はどこへ?」

「ええ? 捕虜? ああ、ハハッ。ここだよ、ここ」


 親指で自身の胸を指す。監視員はきょとんとした様子を見せたのでさらに説明を続けてあげた。


「奴はわたしが取り込んだ。今、捕虜の牢獄はわたしの闇そのもの。だから、安心しろ、逃げられはしない」


 最高の気分だ。光が手に入ったのだから、もう、何も聞こえない。ああ、最高だ。


 手を天に向かって掲げ、高らかに笑って見せる。新しい自分の誕生だ!


 だが、その喜びもそこまでだった。

 突如として胸のあたりに強烈な違和感が生まれる。何かと思い、手を胸に当てた瞬間、自身の奥にある闇がうずき始めた。それは胸の苦しみとなり苦痛で自身を襲い始める。たちまち苦しみに耐えきれず地面に崩れ落ち、倒れこんでしまった。


「ノワールさま? ノワールさま!? どうなさいました? お気を確かに!?」


 監視員が必死に叫ぶのは聞こえたが、それに返事する余裕はない。そのまま、ゆっくり瞼が落ちていき、意識は深い闇の中へと沈んでいった。

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