第三章 闇は光と反発する(2)
シュバルツと別れたノワールは自分の部屋に戻りながら、考え込んでいた。
ブラン、やつが放つ光は手に入れるに値する輝きを持っていた。ノワールが心の底から手に入れたいと思ってしまったあの光を。
光を手に入れる方法のなかで我々闇を扱う魔王側にできるのは闇で取り込むこと。そうすれば、自分が持つ闇が弱くなるかもしれない……いや、むしろ上等だ。闇など好きなようになればいい。闇を失ってやつの光が手に入るならむしろ望むところ!
だが、……本当に闇で光を取り込むのが……自分のしたいことなのだろうか。そうやって手に入れた光に意味はあるのか?
自分は光が欲しい。でも、どういう形で光が欲しいのだろう。闇によって光を屈服させる。それによって手に入る光。それが自分の望む光なのだろうか。
考え込むうちに自分の部屋の前までたどり着いていた。部屋に入るためドアノブを握り締めようとした瞬間、脳裏にある人物がよぎった。
「そうだ……やつがいるじゃないか。奴にブランのことを聞いてみるか……」
そう思い、自分の部屋に対して踵を返すとすぐさま王宮を出てある場所へと早足で向かった。適当な馬に乗り、王宮からそれなりに離れた場所へと急いで向かう。
やっとの時間で目的の施設にたどり着くと、馬から飛び降り施設の前にいる監視員のところにまで言った。
「の、ノワールさま!? このような時間になぜここへ?」
「いいから、通してもらうぞ! 奴に会いたい。今日わたしが捕虜にした彼女だ!」
「ハ、……ハッ! かしこまりました!」
ふたりいるうちのひとりの監視員に捕虜がいる場所に連れて行ってもらう。やがて檻が現れ一つ目の檻の鍵を監視員が開けた。
「ご苦労、あとはひとりでいい。席を外してくれ」
「え? お言葉ですが、相手は敵の勇者、さすがに王女さまひとりにさせておくわけには……」
「構わないと言っている。それともなにか? わたしがこのような檻に入っている雑魚如きに傷を負わされるとでも?」
「あっ、いえ。失礼いたしました。では、わたしはこれで……」
まるで自分に対し恐れるように後ずさりする監視員。それに対しノワールは手を突き出した。
「ああ、その前に鍵をよこせ」
「……へ?」
「あの内側、捕虜が入っている直接の檻の鍵もだ」
捕虜は二重の檻の中にいる。今開けてもらったのはその外側の鍵だけで、まだ捕虜との間に檻が隔たっている。
「ま、まさか。捕虜を逃がすおつもりで?」
「そのまさかッ……なわけがないだろう! 冗談じゃない!」
「で、では……捕虜と同じ檻に入るおつもりで?」
「はぁ、もううるさいな……いいから……鍵をよこせと……言っている!」
体から闇を一気に放出。そこから生み出された衝撃波は周りの檻、壁や屋根、無論、監視員の体を大きく揺らす。さらに怯える監視員に一歩近づいた。
「なんなら、力ずくで奪おうか?」
忽ち監視員は震える手で鍵をノワールに渡し一目散に入口へと戻っていた。
相手を力で脅す行為を特に躊躇なく行ってしまえる自分に対し、つくづく自分もまた魔王と呼ばれる人の血を受け継いでいるのだな、と思ってしまう。でも、そんなのも含めて自分は自分なのだろうとも思い、捕虜の前に立った。
「よう、気分はどうだ?」
檻の中にいる捕虜に対し話しかける。するとなかにいる捕虜は白いショートヘアを揺らし、だるそうに体を持ち上げてきた。
「……最悪ね。魔王の本拠地ってだけあって。空気から濃い闇に染まっている。気分が悪いったらありゃしない」
そう話しながら捕虜は後ろの壁にもたれかかった。
「それは辛かろう。何しろ闇は……汚く禍々しいからな」
「魔王女がそれをいっちゃ、魔王軍もおしまいね」
「ほう、軽口を叩けるのか……しかし、檻の中の君は実に様になっているじゃないか。え? ビアンカ」
「……チッ、言ってなさいよ」
そう、捕虜とは白髪の少女、ビアンカだ。ブランと戦っているとき、しつこく邪魔をしてきたあの女。最後は自らを犠牲にブランを助けようとしていたやつだ。
ま、目の前のこいつを生きたまま捉えたのは自分が甘かったのかもしれないが、今となれば好都合だ。こいつは確かブランを慕っていたはずだ。いろいろ聞けるだろう。
しかし、妙だな。このビアンカというやつ、おそらく空気に充満した闇で体がだるいのは本当なのだろう、体に力が入っていなさそうだ。
だが、奴の目、目だけはまったく緩んでいない。完璧なまでにこのノワールを敵視している強いまなざしをひたすら向け続けている。
もう、檻の中、敵地のど真ん中。逃げることなどまずできないはずだが、その目はまるで死んでいないように思える。
「君、その目……まだ希望を失っていないのか?」
「希望? 知らないね」
「……不思議だよ、君にとってここは絶望しかない場所のはずだ。でも……君の中からまだ強い光を感じる。消えそうにないな、その光……」
ビアンカは口を何一つ開かずただ、ノワールに対し光がともった鋭い視線を送りつけてくる。
「そうか、君。ブランが助けに来てくれるって思っているのか? だから、その光を失わずにいられるんだな?」
ビアンカはしばらく変わらず鋭い目つきをしていたが、やがて鼻で笑うと視線を落とした。
「まさか、こんな敵地に先輩が来るはずないでしょう。大体、あたしのことは死んだと思っているでしょうしね。助かる道など望んでもない」
「なら……なぜ?」
「簡単なことよ。ブラン先輩は必ずアルブス先輩と手を組んであなたを倒しに来る。あなたを倒す! あなたがここで偉そうにするのも今のうちっていうだけだから!」
思いもよらない言葉に呆れてため息が出てしまった。
「君、それだけでその光を保っているのか? ばかばかしい……まあいい。ここにいればいつかはその光も汚染されてしまうだろうからね」
そうだ、こんなやつの光など興味もない。気も付かないうちに消えているだろう。そんなことよりも、こいつには聞きたいことがあるのだから。
「なあ、ビアンカ。わたしはね、ブランの光が欲しいんだ。あの、美しく輝く光をね。どうすれば手に入ると思う? 君たちはどうやって光を手に入れている?」
「は? 先輩の光?」
ビアンカはこんどこそ眼を真ん丸にして驚くがすぐに表情が薄ら笑いに変わった。
「バカみたい。先輩の光は先輩のもの。あなたみたいな闇くずのものになるわけないじゃない。大体、魔王女が光を手に入れられるわけないでしょ? あたしたちのマネをしても光を手に入れられるわけがない」
「光は闇で取り込めばいい」
「ふっ、無理ね。取り込む前にあなたはブラン先輩に倒される」
急に目つきが再びノワールを敵視する鋭いものへと変わってきた。あの、強い光が目を通して感じるあの目つきに。
「先輩がお前を殺す! 必ず! お前なんか……死ね!!」
「黙れ、勇者の端くれ」
一気の闇の力を展開。ビアンカに向けて闇の力を解き放つ。加減はしたつもりだったが、闇の力に包まれ少しは苦しむほどの闇を送りつけた……はずだ。
「な!? き、君……」
だが、ビアンカは何一つ怯みやしなかった。それどころかより一層心の奥にある光が強くなっている気がする……なんなのだ、こいつは?
「面白いね、君にもちょっと興味が湧いてきたよ」
監視員からいただいた鍵を確認し、鍵穴に突っ込む。それを相変わらずな目つきで睨んでくるビアンカをよそに、鍵をひねりドアを手前に引っ張った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます