第二章 光を飲み込むのは闇(5)

「……冗談だろ……てんでかないやしない……おれが感じた闇は本物だったというわけだ……、ほんとさすがだ」


「いやいや、君こそさすがだよ……君の輝く光を確かにこの腕に感じた。だからこそ……わたしはその輝く光が……欲しい」


 まるでお返しとばかりに今度はノワールが剣を振るう。

 そこから飛翔するのは闇の刃。かろうじて後ろにステップをかますがその直後、ちょうどブランの足元を闇の刃が深くえぐりさった。


 衝撃とプラス飛び散った地面の破片が体に直撃し、ダメージがモロに蓄積されてしまう。衝撃の勢いのまま、体は地面に叩きつけられ数メートル先まで体が打ち付けられるように転がった。


 回転する体を停止させるも脳が震え視界が回る。なんとか意識を取り戻そうと頭を必死に振る。ぼやけながらも視界に映るのは魔王女ノワール。

 例えどんなに視界がぼけようともやつが放つ闇ははっきりと見える……いや、感じる。


「闇……おれが感じた闇……おれが惹かれた闇……」


 ノワールが放つ闇は想像以上に壮大で……ブランの手から遥か先にあった。圧倒的な力の先にあった。


「おれのこの手では……あの闇は握れないのか……」


 ゆっくりと近づいてくるノワール。闇が今さら溢れ出すのを止める気配はない。いや、むしろ止められてはダメだ。あの闇は溢れ出してこそ……価値が有る。でも……


「でも、おれの負けか……あの闇は遠い場所にあったな」


 ついにブランのすぐ手前まで来たノワールは剣を音も立てずブランの首元に当ててきた。剣から溢れる闇は更にブランを興奮させてくる。すぐ隣にノワールの闇が踊っているのに……これを握れることはないのだ。


「この闇に殺されるなら本望かもな……ノワール……殺せ」


「……君の光は……君が放つ光はわたしのものになるのか?」


「……へ?」


 てっきり「最後に残す言葉は?」だとか「消えろ」だとの言葉が飛んでくるのだと思っていたばかりに思考が一瞬にして飛んだ。

 だが、剣はいまでもブランの首を捉えている。ノワールに自分の命を握られているのは確かだ。


「それは……どういう……」


 質問を返そうとしたその時だった。ブランの耳元で鳴り響いたのはとてつもなく甲高い擦過音。金属と金属が弾け合う音。

 しばらくしてノワールの剣が何かに弾かれていたということに気がついた。


「な……君は……逃げたはず!?」


 ノワールの言葉に視線をそちらの方に向ける。そこにいたのはノワールと鍔迫り合いをしているビアンカの姿だった。


「この場はあたしが抑えます。先輩は逃げてください!」


「ビ、ビアンカ! お前、逃げたはず!」

「いいから! 早く!」


 突然のことで何一つ理解が追いつかない。わかるのはノワールにかけられていた死に神のカマが外れていたということぐらい。


「君……わたしはブランとふたりのときを過ごしていたんだ。雑魚の癖に……邪魔、しないでくれるかな!」


 ノワールが急激に闇の力を上昇。体から溢れ出た闇がビアンカを軽く押し返す。ビアンカはなすすべなく地面に転がり落ちた。


「さあ、ブラン。もう一度聞く。君の光はわたしの……」

「なにがふたりきりよ! 先輩を殺そうとしたくせに! この魔王女め!」


 ぴたりと口を止めるノワールは苛立ちを隠そうともせず首を横に振った。


「君……本当にうざい。君の光に興味はない」


 その直後、ノワールの目つきが今までの戦闘で見たこともないものへと変わった。


「邪魔、弱い奴は消えてろ!」


 突如ノワールが右手を天に突き上げるとその周囲が闇の炎のもと爆裂した。そのなか、ブランは確かに見た。ノワールの目はあまりに冷徹で獣のように鋭い、まさに魔王の娘というにふさわしい目つきだった。

 さっき、ブランと戦っていた時には決して見せることがなかった、魔王女の目。


 爆裂であたりに煙が舞う。視界が濁るがノワールお構いなしにブランに近づいた。しゃがみこんでくるとブランの顎を手で掴み上げてくる。


「さあ邪魔者は消えた。その光、その輝く美しい光を……わたしによこせ」


 だんだん、ブランの顎にあるノワールの手に闇が溜まっていくのがわかる。こいつは……冗談やからかいで言っているわけじゃない……、本気のブランの光を……。いったい……なんなのだ、こいつは?


「お前は……おれと……同じなのか?」


 ブランの光が灯る目とノワールの闇がまとう目が交差する。そのとき、やはり感じるのはノワールの目の奥にある深い闇。欲しい、そう思えてしまう闇。


「だから……先輩に手を出すな!」

「な!? 君、しつこいぞ!」


 再び現れたのはビアンカ。ノワールが振り向こうとするより先にビアンカがノワールを後ろから羽交い締め。ノワールの動きを封じる。


「ビアンカ……なんでお前……」


 ノワールは羽交い絞めにされたことにより剥がそうと行動をとり始めたが、すぐに諦めた、というよりは呆れたようにため息をつき抵抗をやめた。


「君……いったいなんだ? 本当にうっとうしい。そこまで死にたいのか?」

「先輩を守れるなら……本望かもね。あたしはね、この命に代えてでも先輩を守るって決めていたんだから」


「は?」


 今までそんなこと全然知らなかった。そんなそぶりも見せなかったはず。いや、確かにずっとブランの後ろを付きまとってはいたが、だからってそんな守られるような覚えはブランになどいっさいなかった。


「おれは別にお前に守ってほしいと頼んだ覚えはないぞ……」

「知っていますよ。わたしが決めたって言いましたよね」


 ビアンカはノワールを固定する両腕を身長差から無理しているであろうが必死に決して緩めず、こちらに視線を向けてきた。


「あたし、分かっていました。自分が弱いって。勇者になっても何の役にも立たないって。でも……なんとかして先輩の役に立ちたかった。あたしの命を助けてくれた勇者ブランに恩返しがしたくて。ただ、それ一心で勇者になりました。


 勇者になってみたものの力はまるでなくて、直積的に先輩の手助けにはならないと悟ったから、あたしは決意したんです。先輩の命が危ないとき、あたしの命の代わりに先輩を助けようって。だから、いつでも助けられるようにずっと先輩のそばにいました」


「お、お前……そんなことをするためにおれはお前を救ったんじゃないぞ! おれが助けた命でおれが助かりたいとでも思ったのか?」


 そんなの頼んでいない。望んでもいない。


 だが、ビアンカはそれでも笑みを浮かべた。


「先輩は……みんなの希望なんですよ。魔王を倒せる英雄候補、そんなあなたがここでやられたらダメなんです。勇者の素質がないあたしより、先輩が生き残ることに価値があるんです。逆にそこにしか、あたしは自分の価値を見いだせなかった」


「違う、そんなことはない。勇者じゃなくてもいいだろ、おれに恩返しする必要もない。おれは勇者だからお前を救った。それだけ、お前は何も背負わなくていい」


「わかっています。先輩ならそういうと。でも、これはあたしのエゴなんで。あたしの欲望、あたしの戦う理由なんですよ。だから……」


 次の言葉が来るより先にビアンカの体から闇があふれ出してきた……いや、ノワールの体から闇がどんどん流れ出していたのだ。


「ねえ、もういいかな。君の心もまた輝いていることは分かったけど、あたしが欲しいのは君の光じゃない。本当に……死ぬよ、君」


 闇が以上に濃くなっていくのが分かる。本当に黒々とした靄がノワールをはじめ、ビアンカまでも包み込もうとする。


 その闇を振り払ってやると意気込み、剣を再び手に取り光の力を集中していく。もうすでにビアンカの顔がほとんど闇の中に消えようとしていた。


「ビアンカ、今助ける!」


「先輩は逃げて! ここで先輩が助けたらふたりとも殺されますよ!」

「……そういう問題じゃねえだろ」


「先輩、逃げろ! もし、この結果に不満があるならかたき討ちでいずれ魔王女を倒して! アルブス先輩と組めばきっと倒せる。あなたにとってあたしのかたき討ちがきっと、先輩の探していた戦う理由になるはずですから!」


「……ッ!?」


 戦う理由……それがかたき討ち……、それがおれの戦う理由になるのか? おれが勇者である理由になるのか? おれが……この剣を握る理由。


「先輩、ありがとうございました……行って、倒して」


 その言葉を最後にビアンカの顔が完全に黒の闇に包みこまれた。その直後に繰り出されたのは壮大な爆発。ノワールが発生した闇がビアンカ丸ごと強烈な爆発のエネルギーとなる。


 ブランは……その爆発で発生した爆風に背中を押されるように逃げ出した。ノワールから逃げるように走り出した。


 ここまできたら、もう逃げる道しか残っていない。それこそ、ビアンカの犠牲が無駄になってしまう。ブランが望んでいた結果ではない。想像もしていなかった現実だ。でも、……もう結果が出てしまった事実。


「すまん、ビアンカ……」


 せめてもの、アルブスと組んでノワールを倒しに行く。それが、あいつが望んでいることなのだとしたら、成し遂げるまで。


 後ろでは漆黒の闇でできたきのこ雲が天高くそびえたっていた。この空を闇で染めるような勢いで出来上がった闇。それはノワールが生み出したものでビアンカが飲み込まれた闇。ブランが打ち倒すべき闇。


 でも……、あの闇……。


 十分離れ、ノワールに追われる心配もなくなった距離で、もといた場所を振り返った。


「なんて……黒く深い……美しい闇なんだろうか……。でも……討たなきゃ」

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