第二章 光を飲み込むのは闇(4)

「魔王軍だ! 魔王軍の襲来だ!」


 突如として街中が大騒ぎしだした。その理由はその民の叫び声通りだ。


「手が空いている近くの勇者は戦闘準備が整い次第……」


 街がパニック状態になる中、ブランは自身が愛用する剣を腰にかけ立ち上がった。民の逃げる波に逆らうよう迷わずまっすぐ進み続ける。その後ろをなんの躊躇もなくついてくるのはやはりビアンカだった。


「お前さ……おれの後ろに居るとまた手柄がなくなって報酬がなくなるぞ?」

「へへっ、それでも先輩について行くって決めていますから」


「……これから戦いに行くってことわかってそのノリか?」

「先輩こそ、戦う理由は見つかったのですか?」


「……っ! いいから、さっさと片付けるぞ」


 といっても結局自分がほとんどの敵を切り倒していくのだろうけど。


 ビアンカに問われた都合の悪い話を完全にスルーし、戦いに全神経を移す。まず向かってくる敵は魔物五体の群れ。剣を握り締め構えると正面から突入を噛ます。


 剣を握る右手に力を込めると剣が光で輝き始める。光の力が解放されエネルギーの塊と化す。駆け抜けながら最初の一匹目を素早い一閃で切り裂いた。 


 さらにニ撃目、三撃目と閃光が魔物に対して突き刺さり、地面に倒れる。


「はぁぁ……ラァア!!」


 一度体を縮こませ、光のエネルギーを溜め込むとその力を一気に周りに放出。体から放たれた円状に広がる光の波動が周りに迫りくる魔物を一掃していく。

 さらに光の力に押し負けて闇ごと粉々にちっていった魔物を確認するまでもなく、続いて輝く剣を大きく振り上げた。


 右手に込める光の力が大気を震わせ、剣から一筋の光が解き放たれる。気合を込めたひと振りをかますと今度は大地までもが震える。振り切った剣の軌跡から放たれる三日月型の光の刃は飛翔する斬撃となり、地を這いながら敵陣へと飛び込んだ。


 一気に残滅していった魔王軍の前にブランは残心。息を整え、ゆっくり攻防一体の構えに戻しながら敵軍が居た方向への注意をさらに上げていく。


「すごい……さすがブラン先輩」


 何一つ動くこともなく、と言ってブランの戦闘の邪魔にもならない位置でただ、感心を示すビアンカ。武器すら構えず拍手をかましていた。


「……お前、本当にそれでいいのかよ」


 油断なく構えたまま、ビアンカにツッコミを入れつつ視線を敵軍に向け続ける。そこは大量の光で包まれており、魔物はもういない。そのままさらに先に進もうと自らが放った光の中に向かって歩み始める。


 だが、光の中に入ろうとしたほんの僅かな直後だった。唐突に首筋で感じ取ったのは光の先にある異様な空気。


 まだ、敵がすぐ先にいるのか?


 不意打ちに対し反応できるよう剣を構える。その瞬間、周りにあったブランが放った光のエネルギーが先の一点に吸い込まれるように集まっていった。すぐさま警戒し後ろに下がったとき、光が吸収された一点から逆に猛烈な闇が溢れ出した。


「なッ!? この闇!?」


 背筋が凍りそうなほどに深く黒い闇。数歩下がったところで勢いを殺しながら地面を踏みしめ溢れ出す闇を見据える。


「せ、先輩……これ……」


「黙れ、いいからそのまま下がってろ」


 構えを怠らないまま剣先を少し上に向ける。後ろでビアンカの剣を抜く音も聞こえたが、それよりも目の前に広がる闇に視線を持っていかれる。

 剣を握る手から溢れ出すのは光の力ではない。汗だ。猛烈な緊張が走る中、闇の向こうから足音が聞こえてきた。


 コツコツと実に単調で緩やかな足音。やがて闇の中からさらに黒い影が映り出す。その影から伸びる手が何やら振り上げる動作をすると同時、闇が一気に虚空へと消え、その姿があらわになった。


 姿がさらされてもなお、ゆっくりと歩きながらブランの方に近づいてくる。それは黒髪の少女で、まさに闇のごとく黒い腰ほどにまで伸びた髪を歩くテンポにあわせて揺らす。鋭い目つきから放たれるのは殺気を超えた自身に満ち溢れた闘士だった。


 スラリの伸びた手足を始め実にスレンダーな体つきといえよう。だが、その身体に秘められた闇はとてつもない闇が肌にヒシヒシを伝わってくる。


 ついにその少女はブランと数十メートル先にまでやってきた。


「お前……その闇……お前が……魔王の娘……魔王女ノワールなのか?」


 目の前の少女は問いに対して不敵な笑みを浮かべてきた。


「……試してみる?」


 突如として少女は動く。下がっていた両手を少し上げ小さく左右に広げる。そんな少しの動作と裏腹に少女から放たれた闇は凄絶なものだった。

 それは闇でできた嵐というにふさわしい。剣を即席の盾にして目を守るも体全体が強い圧力で押される。


「この闇……やはりノワールか」


 この闇はあの時感じた闇とまったく同じ。遠くにいてもはっきりと感じたあの闇の力。底知れぬ深さと漆黒の黒を放つ闇。惹かれた闇そのもの。


「ビアンカ……下がってろ……いや、逃げろ」


「え!? いや、先輩」

「いいから、さっさと逃げろ!」


 一気に力を解放。体の奥から最大限光の力を解き放つ。それは体外に放出された輝く光となり、ノワールが放つ闇をも照らし始める。


 さすがにその雰囲気にここにいるべきでないと分かってくれたのかビアンカが後ろへと下がりはじめる。それと同時にブランはノワールの黒い目を見据えた。


「一回お前とは剣を交えてみたかった。その力、直接試してみてもいいか?」

「好きにすればいい」


 ノワールによる余裕の笑みのもと告げられた言葉。それに対して自然とこちらも笑みで返すと一気に懐めがけて飛び込んだ。別に魔王軍に対する特別な感情もない、勇者としての使命でもない。

 ただ、純粋にノワールの力を試したい一心での踏み込み。


「ハァアア!!」


 光の一閃がノワールへと襲いかかる。だが、ノワールは片方の口角を少し上げるといつ抜剣したのかも分からないほど、一瞬にしてかつ無駄のない動作で剣を前に出した。


 光を放つ剣と闇をまとう剣が激しく甲高い擦過音を生み出す。光と闇が混じりあった火花を放つインパクトとともに生み出された衝撃が剣を通じて手に響いてくる。

 さらにその衝撃は二人の間に留まらず、それぞれの背中から強烈な光と闇のエネルギーとなり、衝撃波とともに放出された。


 骨にまで響く衝撃。自分の腕がどうにかなりそう。だが、ノワールは何でもないかのように剣を素早く振り上げた。反動でこちらの剣が上に流される中、ノワールは長い黒髪を揺らしつつ剣に更なる漆黒を作り出し横切りの一閃を放つ動作に入った。


 とっさに反応し胸から頭にかけて反らす。そこを寸分の狂いもなく過ぎるのは闇の一太刀。少しでも遅れていたら間違いなく首ごと持って行かれていたのを意味する。


 こちらも負けずに反撃。流れるように来たニ太刀目に対し体を右に倒し避けつつ、光の力を精一杯込めた剣の一突きをノワールに向ける。タイミング、角度間違いなく最高の一手だと思えたのだが相手の腕前は相当なもの。

 迷いのない動作で剣筋を見切っては最小限の動作でよけきってきた。


「クソッ!」


 ノワールの黒い髪が中に舞うように踊るに対しノワールが描く剣筋はキレッキレのダンスが如く寸分の狂いなく完璧な一手を生み続ける。それに対しこちらは一部を剣で流しながらかろうじて避けるので精一杯。まともな反撃はまるでできないでいた。


 なんとか隙を見つけてもう一度反撃の一手を繰り出してみる。剣筋の先にノワールの首を見据えて放つ一突き。だが、ブランが突き刺したとき、そこにあったのは残像が如く慣性で残された長い髪のみ。何一つ手応えがない。


 一方のノワールはブランが放つ一突きに対し頭を下げて回避。その直後、剣を握っていないほうの手のひらを突き出してきたかと思えば、そこから闇の衝撃波が放たれた。


 見事な不意打ちに一歩後退、吹き上がる闇の衝撃波に目を腕で庇う。だが、やはりその衝撃は凄まじいものでバランスが保てず重心が後ろのほうへ持って行かれた。


「フッ、甘いな」

「グッ、ぬぅお!?」


 突如として飛んできたのはノワールによる袈裟斬り。崩れたバランスの中、剣を横に構え両手でその攻撃を受け止める。

 ノワールの一撃は全体重に強烈な闇を上乗せした重いもの。荒れ狂う闇がより一層ブランを押し込む。まさに闇がブランの光を飲み込むよう。


 剣術、戦闘スキルにおいては明らかに相手、ノワールが上だ。このまま戦い続ければ間違いなくやられるのはこっち。だったら……力で勝負するしかないだろう。


「ギッ! ラァアアア!!」


 ノワールの一撃を受け止め続ける剣に全身の力を注ぎ込む。その途端、今にも飲み込まれそうだった闇の奥から光で押し返し始める。

 ノワールが放つ闇はもちろん相当なものだが、それを押し返せるだけの光もまた、ブランは持っていた。


 勢いに任せ一気に剣を押し切る。光と闇が反発し二つの力が大地をものすごい勢いで這う。生み出された衝撃が離れた場所にある木々を揺らした。


 すぐさま、次の攻撃態勢に移る。反動がまだ残る中、光の力を最大限に込めた掌底打ちを試みる。だが、そこに対し同じよう素早く対応するノワールは闇のオーラをまとうこぶしを繰り出してくる。そのまま二つの力が衝突。互いに奥底に眠る力の引き出しあいへと発展する。


 白と黒の壁がぶつかり合うエフェクトが発生。それはほぼ五分の力ではじかれるよう互いに距離をとった。


「くぅぅ……いってぇ」


 手のひらからじかにノワールの力が伝わり今でもなお、軽い痺れが続く。対するノワールは自身が放ったこぶしを見つめるも不敵な笑みをこぼしたのが見えた。


「やはり……あのとき感じた光は君だったのか……」


「……え?」


 ノワールは突如としてそんなことをつぶやくと少し戦闘態勢を緩め、腰を上げた。


「わたしは君が察する通り、魔王の子、ノワール。君、名はなんという?」


「は? おれの名前?」


 ノワールは剣をブランのほうに向け、いまさらながらに名前を聞いてきた。あまりに謎の行動にどう反応すればいいのか分からなかったが、すぐにノワールの目つきが変化。


「名前はなんだと、聞いている!!」


 ノワールの体からあふれ出す闇。まるで影がどんどん大きくなっていると感じるそのオーラによって完全に気圧された。


「ブ……ブラン……」


 身構えながら自分の名前を絞り出すや否やノワールはさらに闇の力を増大させた。


「そうか、ブランと言うのか……気に入った!」


 ノワールからあふれ出していた闇がどんどん右手に集まっていく。その右手にこぶしが作られるとブランと離れた位置から正拳突き。そこから発せられたのはブランに向かって伸びる漆黒の闇でできた柱だった。


 剣に光の力を注ぎこみかばいながらその闇の柱を受ける。だが、その影響力は絶大で瞬く間に体が飲み込まれた。


 全身が闇で包まれる。それは光を扱う勇者にとって非常に嫌悪感を抱く状況ではある。当然ブランも同様。だが、それ以上にある何かしらの感情に打ち震えた。


 体内に一回光の力を凝縮。グッと力をため込む。暴発寸前までため込んだ光を内側の内側から一気に放出。たちまちブランを囲む闇を押し返すような輝く光が増大していく。


 だが、その間にノワールはブランのところへ接近していたようだった。ブランが放出する光の中、ノワールの黒い髪が映し出される。


「それだ、この光だ! わたしはこの光を見たかった! ブラン、もっともっと美しく輝く光をわたしに見せろ!」


 闇を押し返したブランの光をもまた押し返すように突っ込んでくるノワール。そのノワールの手のひらがブランの腹に触れられる。と、同時に強烈な闇がブランの体に注ぎ込まれるように放たれた。


「もっと見せろ! わたしの闇すら押し返し照らす光を見せてみろ!」

「グゥゥ……」


 ゼロ距離から撃たれた闇の力に強烈な衝撃を覚える。その闇に飲み込まれるようにブランが体から放っていた光が薄れていく。ついには腹を押さえうずくまってしまった。


「ブラン、君が見せる光はそんなものなのか? もっと輝け! 輝いて見せろ!」

「グッ……言われなくても」


 腹にうずく闇を光で浄化。さらに光を解き放っていく。剣に全身が放てる力すべてを注ぎ込む。それに答えるように剣大きく光り輝きだす。


「望み通り見せてやるよ、その光を」


 強烈な閃光を走らせる剣を構え大きく振りかぶる。ノワールに対しその剣を切り下げた。光の刃が飛距離を持つ斬撃となりうねりを上げて襲いかかる。ダメージを負った今のブランが出せる最高の破壊力を持った一撃だった。


 対するブランは剣を今一度構え闇を展開。飛び出す光の刃に向かって受け止めるように切り出す。最初こそ、そのまま押し切れるのではと思ったがそれほどノワールは甘いやつではなかった。うまく力を流されたようでそのまま下に振り下げられた。


 ブランが放った光の刃は進行方向を変えてノワールの斜め下に飛ぶ。それは何もない地面をただえぐるのみに終わってしまった。

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