第二章 光を飲み込むのは闇(3)
思考の海に落ちようとしたとき、ブランの後ろから声をかけられた。
「英雄候補が女の子に鼻の下伸ばしているのはどうなんだい、ブラン?」
突然のことであわてて後ろを振り向くとそこには一人の青年が立っていた。
「アルブス先輩……」
ブランよりもさらに上の先輩。光の力を使う勇者としての特徴、白い髪を生やしている。だが、その髪は女子であるビアンカよりも長髪にしており、なにより整った顔立ちに気品さを感じられる人だ。
それでいて、ブランと同じ英雄候補。エリートの一人だ。
ブランは最初アルブスに会ったとき、アルブスよりも若くして英雄候補と呼ばれるようになった自身のことを疎ましく思っていたりするのだろうか、と思っていたが逆。むしろ、いろいろと世話を焼いてもらっているいい先輩だと今は思っている。
「しかし、面白い話をしていたね。ブラン、君には戦う理由がないのかい?」
「え? あ、いや……聞いていたのですか?」
「ふっ、まあね。あ、冷めるから。ふたりとも食べながらで構わないさ」
アルブスはまぶしいほどの笑顔でブランたちに食事を続けるよう勧めてくれる。それに甘え、口に物を少し放り込んで続けた。
「理由……ないというよりは分からないんですよ」
「逆にアルブス先輩はなぜ勇者になられたんです?」
ビアンカが後ろからアルブスに質問を重ねてくると、アルブスはすぐさま答えた。
「当然、英雄になるためさ。そこには当然、民を救いたいという思いのほか、英雄になって有名になって、その後の生活を……なんて自身の欲望もある。
まあ、勇者の三割はそんな考えだと思うね。他は勇者として周りから言い目で見られたい、力があったからそれを利用するため、もっと言えば生活するため」
「……そうですよね」
「ブランの勇者である理由はその中にないのかい?」
「やっぱり……生活の為ですかね」
そう言いながら生活に必要な食事を進め、最後の一口を放り込む。ビアンカは量が少なかったのもあって既に食べ終わっていた。
「まあ、食べるためには稼がなきゃいけないからねえ。その稼ぐ手段が勇者だったってわけだ。命を懸けているといえばたいそうだが、たとえ大工だろうと鉱石掘る鉱員だろうと命がけなのは変わりない」
アルブスはそういってくれたものの、やはり生きるためが理由だと言い切れない自分がいる。命のかけ方がどう考えても大工、鉱員に比べて異常だと自分ながら思ってしまったからだ。
でも、自分でもわからない以上、とにかく生活するために戦っているという事実には変わりないのだろう。そう思わないと自分の戦う意義が分からなくなりそうだ。今まで考えてこなかっただけにより、そう思ってしまう。
「そうだ、お前に話しかけた理由はこんな話をする為じゃなかったんだった」
「……え?」
さっきまで笑顔を振りまいていたアルブスだったが、急に真剣な表情になりブランの方に視線をしっかり寄せてきた。
「魔王女ノワールが本格的に動き始めたみたいだね」
「「魔王女……」」
ブランとビアンカはその言葉を聞き喉に溜まった唾を奥に押し込む。
魔王の娘でとてつもない闇の力を持っている奴がいると聞いている。一部ではノワールが前線に繰り出してきた結果、勇者軍が瞬く間に壊滅したなんて噂も聞く。
「僕はついさっきの戦闘で確かに感じたんだよ、底知れない闇を敵軍の向こうでね」
「え? そうなんですか?」
それは驚いたようでビアンカは目を見開いたがブランはそれに対し、あの時のことが脳裏によぎった。遠くに感じた闇……底知れないが深く……美しいと感じたあの闇。あれこそが……ノワールが放つ闇だったのだろうか。
「……確かにおれも感じました」
「え? 先輩も!?」
「やはりそうか。ブラン、君なら感じ取っていたと思ったよ。なら当然、その脅威もはっきりとわかっただろう。あの力は並大抵の物じゃない。
力を開放してくればどれほどの巨大な闇になるのか見当もつかない。並みの勇者ひとりふたりがかかっていっても軽くひねりつぶされる。君と僕がふたりでかかればあるいは……だけど」
アルブスはなかなか険しそうな表情で手を顎に当ててうなり始める。
「脅威……か」
「むろん、奴を倒せれば英雄に近づく距離は一歩どころではないチャンスとなるだろう」
「……それは……先輩と手を組んで魔王女を討ち取ろうということですか?」
「察しがよくて助かる。その通りだ、ブラン。英雄への道、進みたくないか?」
英雄……魔王女。奴を倒せば英雄に近づける……。でも、本当にそれだけでいいのだろうか。いや、勇者である以上、平和のために戦うのは義務。魔王女を討つのは必要なこと。いや、でも……あの闇……あの闇を討つのか?
「先輩、またとないチャンスじゃないですか! アルブス先輩とブラン先輩。期待の英雄候補ふたりが手を組めば敵なしですよ!」
「そ、そうだよな……でも……ちょっと考えさせてもらっていいですか?」
「考える? 何を? まあ、もちろん強制ではないし君のしたいようにすればいいさ。どちらにしても僕は魔王女をつぶそうと思っているからね。気が向いたらいつでも声をかけてくれよ。できたら、奴に倒され勇者の数が減らないうちにね」
「はい、分かりました……」
その場はそれでおしまいになりはしたものの、やはり煮え切らないというのが現状だった。もちろん、アルブスが嫌いだからなんてことはない、むしろ逆だし、一緒に戦えるなど願ってもないこと。ただ、魔王女ノワールを倒すというところに、何か妙に吹っ切れない自分がいるのだろう。なぜかはわからない。
いや、意味は分かる。あのとき感じた闇に今なお、何かしら惹かれているのだ。あの闇はただの闇じゃない。もっと壮絶で凄絶で……こんなことアルブスにはおろか、ビアンカ、勇者たちの前では口が裂けても言えないのだが。
あの闇はおそらくノワールの物だ。なら、まずはこの目で見てみないと。
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