第二章 光を飲み込むのは闇(2)
食堂にビアンカを連れて行き、約束通り食事をおごった。さっきの調子で言えば遠慮なんかせずに高いものでも頼むのかと思えばずいぶんと安いもので済ませてきた。
「お前……そんなのでいいのか?」
ブランが指差す先にあるのはパンとスープのみ。おなかが減ったと口にした割には食べてもまだ腹がなってしまいそうな量だ。
「ええ、先輩に悪いですしね」
「ふっ、ねだっといていまさら悪いもあるかよ。もっと頼めばいい」
「いや、本当にこれで大丈夫なので!」
そう言い切るとビアンカは小さな口でパンにかぶりつき始める。ずいぶんと態度が変わったビアンカに疑問を抱きながらも自分が頼んだ肉料理を口に運び始めた。
ちょうどビアンカとブランは横並びに座ったので腰のあたりに目を向けることができた。そこでビアンカの腰についている袋を見る。
おそらく生活においてありとあらゆるところで必要な硬貨が入っているのだろうが、その袋にはほとんど中身が入っているようには見えない。実に寂しそうな袋。どうやら、本当に食事する金も乏しいくらいカツカツの生活を送っているのだろう。
「……これ、食うか?」
「いやいや、先輩が自分で頼んだものじゃないですか! どうぞどうぞ。あたしみたいな、対して戦えない勇者よりも、先輩みたいなみんなの役に立てる強い勇者こそたくさん食べてどんどん魔王軍を倒さないと」
「……なんか……いろいろ我慢してないか?」
「まさか! これは紛れもない本心です! いや、本心……かな?」
「うん?」
ビアンカはスープをスプーンですくったまま、何かを考えるように停止してしまう。ブランも口にものを含んだまま、ビアンカの次の言葉を待った。
「やっぱり……あたしも強くなりたいですよ。強くなってブラン先輩の役に立ちたい……人々を守れるようになりたい……ブラン先輩と横に並んで戦いたい。けど……世の中そんなに甘くはないんですよね。あたしは結局弱い」
「……そうか?」
ビアンカは自分のことを弱いと称したがブランはそうは思わなかった。
「おれは……ビアンカの心の奥になる光の強さを知っている。強くなれると思うよ」
「……ハハッ、先輩に言われると少しは自身もでてきそうですね~」
そう言いながらスプーンを近づけてスープを口に流し込んだ。ただ、すぐにまた手を止めて小さなため息をついていた。
「でも……先輩みたいなエリート、英雄にはなれませんよ」
「英雄……ね」
そんなふうに返すとビアンカは不思議そうに首をかしげた。
「先輩、英雄に興味ないのですか?」
勇者が目指すもの、それは魔王と討伐したものに送られる「英雄」という称号。ビアンカもやはり勇者として英雄に憧れるのだろう。
だが、ブランは英雄に執着があるのかといえば、正直疑問が浮かび上がってしまう。英雄だけが勇者じゃないって気がする。といっても、じゃあ何のために勇者をやっているのかといえば非常に難しい。身も蓋もないこと言えば食べるため、生きるため。ただ、それだけじゃない。でも、それは分からない。
「どうだろうな……」
「じゃあ、なんで勇者に? あたしは先輩に憧れたからですけど、先輩もそんな感じなのですか?」
「……分からない。気が付けば流れのままになっていた。いや、ここに何か求めているものが見つかりそうな気がしていたのかも……いや、冗談だ。本当にわからん」
「それって……戦う理由がないってことですか?」
そんなブランカの問いに思わず食べる動作すべてをピタリと止め、視線がビアンカの目とあったまま動けなくなってしまった。
戦う理由……そんなの考えたこともなかった。
なんとか、視線を食べ物の方に戻してフォークを肉につきつける。
「やっぱり……食うため……なのかな?」
そのまま肉を口に運び込んだ。肉汁が口の中に広がり、確かな至福を得た。でも、これを得るために命を張って戦えるのだとすれば……どうなのだろうか。
「いや、あれだな。魔王を倒して世界に平和をもたらすためだな」
「それは勇者職のみんなが掲げる建前ですよね。本当にそんな人が居ると思います? 自分の欲望には全く関係なく、世界のために命を捧げるなんて」
「……いないな。いたら、本物の狂った英雄さんだ。……じゃあ、おれの欲望はなんなのかって話になるのか……なんだろうな」
しばらく考えてみたが結局何も出てこなかった。
もう、勇者になって三年の月日が流れる。勇者として戦い出してから戦いの才能が開花したのかどんどん敵を倒して英雄候補とはやされたものの、その理由なんて……。
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