光を飲み込むのは闇

第二章 光を飲み込むのは闇(1)

 無事、魔王軍を街から追い払うことができた勇者軍。


 戦闘に参加した勇者と呼ばれる職に就く人たちは町の中心部に戻っていた。レンガでできた建物の中で勇者はそれぞれの功績と実績をもとにギルドから報酬を受け取る。

 その中に同じく戦闘に参加した白髪の少年、ブランもいた。討伐した魔物が落とした魔石と呼ばれる、いわゆる敵を倒した証拠品をきれいに整備された窓口に渡す。


「え~と、ブランさまですね。今回の功績を踏まえ、住民から「助けていただいた」と直接ギルドに報告も頂きましたのでちょっとした奨励をプラスして報酬はこのようになります。何か、報酬について詳細や質問はありますか?」

「住民から……?」


 ブランは疑問を投げながら報酬の中身を確認し、そこは問題ないことをチェックする。


「ええ、「勇者ブランさまに助けていただいた」と名指しでしたよ。流石に有名になってきましたね、勇者ブランさま。若くして勇者軍に大きく貢献を上げているエリートの道まっしぐら、我々にとってブランさまの希望の星そのものですよ」

「う~ん、ちょっと面はゆいですけどね。ま、ありがとうございます。それじゃ」

「ええ、またよろしくお願いします」


 報酬をしっかり受け取ると窓口を離れる。後ろには次に待っている勇者が窓口の方へと足を勧め始めていた。


 報酬を今一度確認するとカバンの中へとしまう。そのまま、近くにある休憩できる場所へと足を進めた。


 椅子をひき、机と椅子の間に体を入れ込む。完全に体を椅子に託すとそれなりに疲れが溜まっていたのか一気にため息を吐いてしまった。

 大きく背伸びを一度かますとぐっと背もたれに体重を預ける。そのままちらりと外に広がる大きな窓から覗く青い空に視線を移した。


 実に綺麗だと思う。まさに勇者が使う光そのものを表すかのような快晴。空は青いが太陽が放つ光は白、透明と聞く。だからこそ、やはり勇者の光そのものだ。本当に……綺麗。だが、……ブランはゆっくりとまぶたを落とした。


 目を閉じると広がるのは混沌とした黒い世界。光がなくどこもかしこも……何も見えなくて、どこまでも続く黒。それは……まさに魔王の軍勢が放つ闇。


「おれが……あのとき感じた闇は……なんだったのだろう? おれの胸に……飛び込んでくるよう感じてしまったあの深い闇はなんなのか……」


 所詮は闇。勇者が敵対する力。でも……あの闇だけは違う。光とはまた違う……深い輝きを持っていた。光以上に綺麗だと思ってしまったのだ。


 ゆっくりまぶたを上げると目がかすむほどの光が目に飛び込んでくる。相変わらず快晴の空が広がっている。だが、その空に一匹の黒い鳥が現れた。まるで光の中に一つ揺れる深い闇のように……黒い鳥は存在している。


「闇……」


 気が付けばゆっくりとその鳥に向かって手を伸ばそうとしていた。だが、窓越し。決してその手は鳥には届かない。あの時と同じように、決して闇は自分の手で握れない。ただ、鳥は空の彼方へと消え去っていく。


「……だよな」


 無駄な行為だと自分に言い聞かせ、伸ばしていた手を力なく下ろした。


「ブラン先輩~」


 突如としてブランの思考を現実世界に引き戻したのは一人のブランを呼びかける声だった。

 ブランと同じく勇者職でショートに整えられた白髪を揺らす。ブランも体型としては小柄な方だが、女子ということを考慮してもさらにこぢんまりとしている、年齢的にも。

 さらにはまるでいいところがないといえるほど平凡な装備で身を固めた少女は頼りない足取りで近寄ってきた。


「活躍すごかったですね~。本当にほれぼれしましたよ!」

「……と思っているような表情と態度には見えないが?」


 少女の名はビアンカという。セリフだけ取ればブランをほめたたえているように見えるが、その表情はまるで違うことを意味していた。


 ものすごくげんなりした顔で机を挟んだブランの向かい側に座り込む。報酬が入った袋をさかさまにしてふりふりとするものの、その袋から落ちるのはほんのちょっとの硬貨。寂しい音をたてながら机の上に転がっていく。


「だって報酬これだけでしたもの。先輩がもらった報酬とは大違い。あたしの目の前でばっさばっさと魔王軍をかたっぱしから切り付ければ、あたしの手柄がなくなりますよ」


「単純に……おれの後ろを陣取らなければいいだけの話じゃないか? おれの前か別の場所かに行けば問題ないだろうに」


「いや! あたしは一生先輩についていくと決めたので!」

「じゃ、文句言うな!」


 ビアンカという少女は勇者の職に就いてからというものブランの後ばかり追ってくる。どうやら、ブランが今までに助けた一人の中にこのビアンカもいたらしく、ブランにあこがれて勇者になったと聞いている。


「まあ、なにしろ先輩はみんなの期待の星。若くしていずれ魔王を打ち倒す英雄候補の一人と呼ばれる人ですよ。そんな人の近くにいれば命は安全かなって下心もあります」


「一応人々の憧れである勇者としてその発言はどうなのだろうな?」


 まるで悪びれないように「てへっ」と舌を出しながらごまかすビアンカに本当にどうしようもない奴だと思ってしまった。当の本人は少ない硬貨を机の上でくるくると回し遊び始めるし。


 だが、すぐにぴたりと遊ぶ手を止めた。さらには机に突如としてうつ伏せて顔を完全に机にうずめる。しばらくするとふたりの間に何とも情けない腹の音が鳴り響いた。


「おなかすきました……チラッ」


 うずめた顔を少し上げ眼だけでブランの方を見つめてくる。しばらく、どうしたものかと考え頭を軽くむしって考える。


「チラッ」


 ……。


「チラッ」


 ……仕方なくため息を一つ吐くと立ち上がった。


「あんまりおればっかり頼るなよ」

「えへっ、ありがとうございます」


 ……本当に仕方がない。

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