第13話 新しいありふれた毎日

 土曜日の次の日は日曜日だった。当たり前の流れだ。週が終われば、週が始まる。だが、学校は始まらず、二日目の休みとなった。金曜日と土曜日で随分生活リズムが崩れてしまったが、日曜日にはある程度回復することができた。

 さて。僕の日曜日は明日に迫る月曜日に向けての準備日だった。朝ご飯を食べて私服に着替えてから、勉強机に着席した。だが、やることは自習ではない。僕は勉強をさぼる受験生のようではなく、本当に勉強するように、もしくはテストを受けるような緊張感をもって携帯電話のアドレス帳からある電話番号を探し出して電話した。しばらく呼び出しの音が聞こえて、声がした。

「あなたとは絶交したはずよ」

 一言目がそれだった。

 言葉の通り、金曜日に絶交した咲良ちゃんである。

 学校での様子からは全く思い浮かばないドスの効いた声がスピーカーから聞こえた。この向こうで一体どんな顔をしているのか、想像すらできない。それでも僕は臆せずに、もしもし湊です、と言った。

「何の用?」

「ちょっと話がしたくて」

「話?」

 会話をしたくないのか、はたまた声を聴かせたくないのか、彼女はとにかく単語で会話を進めてきた。

「明日、ちょっと時間もらえるかな」

「今じゃダメなの?」

「――直接会って話したいんだ」

「分かったわ。明日の放課後、時間を取ってあげる。勘違いしないで。あなたと……あなたと真雪と仲直りしたいからじゃないわ。あなたが前日にアポイントメントを取るくらい誠実なことをやっているから、それに応えているだけよ。まあ、明日あなたが……」

 勢いのあった声がいきなりしぼんだ。どうしてしまったのだろう。

「なんでもないわ。じゃあ明日の放課後」

 これで僕らの会話は終わった。電話は向こうから切れた。やはり僕のことを嫌っているらしい。だが、明日会う約束をしてくれたのだから、向こうもある程度は仲を回復したいと思っているのだろうか。考えすぎか。話くらいは聞いてやってもいいか、くらいなのだろう。もし、全てを話して今度こそ絶縁状態になったとしたら、それはもう運命だったのだと納得するしかない。

 なんでもやると言ったが、なんでもできるわけではない。

 僕にはできることしかできない。

 今、僕にできるのは明日を待つことだけだ。昇ったばっかりの太陽が、一周してまた昇ってくるのを、僕はベッドに横たわって待つことにした。


 月曜日がやってきた。世の学生、社会人が七日間で最も憂鬱になる日だ。現役高校生の僕も月曜日は気が進まない。休みが明けると朝起きしてせっせと学校へ行き、朝から夕方まで勉学に励むとか、やる気を出せという方が無理だ。せめて午後授業でもいいのではないか、と何度考えたことか。

 しかし、今日の僕は少し違った。否、今日の僕にとっては今日という日が決戦の日のようなものだった。決戦は金曜日ならぬ決戦は月曜日、というわけだ。週初めから決戦とか、どんな一週間だ。金曜日には世界が滅ぶんじゃないか。

 いや、金曜日には、世界とまでは言わなくても、真雪の人間関係は大きく変わっているかもしれない。いうなれば、世界が滅ぶのではなく作り直される。戦う騎士が僕で、キーパーソンが咲良ちゃんというわけだ。

 この数日で随分大きなものを背負ってしまった。少し残念そうな言い方だけれども、むしろ誇らしいと思う。こんな大切な役目を僕に任せてもらえるくらい、僕は真雪の大切な存在になれたという証拠だ。真雪の記憶にある人物が僕しかいないというのも、何かの巡り合わせ(巡り失くし?)かもしれない。

 さて、どうやって話そうか考えているうちに六時間の授業が過ぎて、放課後がやってきた。学校という束縛から解放された生徒たちは疲れと嬉しさの両方を顔面に出して、教室から出て行く。僕も荷物をまとめて教室を出た。周りの人から見たら、何か怖いことでもあったのかという感じだろうが、怖いことは何もない。

 決戦に行くのだ。

 教室を出て二十秒、隣の教室に到着した。そこで咲良ちゃんが待っているはずだ。扉は開いていて、廊下から教室の中が見えた。もう全員が帰ったあとで、咲良ちゃんだけが奥の方に残っているだけだった。仁王立ちだった。キーパーソンだというのにまるで敵じゃないか。いや、今は敵なのか。真雪と僕にとっては絶交されてしまった相手なのだから。敵でなくとも味方ではない。

 落ち着け。これは戦争とかそういう怖いものじゃない。ただの説明だ。結果は終わってから分かってくる。

「待たせたね、咲良ちゃん」

 そんなことを言いながら、教室に入った。一瞬、僕と目を合わせるとすぐに逸らしてしまった。

「そこの机に座りなさい」

 顎で指示されて、そこに座る。目の前に咲良ちゃんが立って、僕が顔を見上げる。

 見上げた先にあった顔は目を逸らしているけれど、どこか敵とは思えない、申し訳なさを感じる表情をしていた。

「今日は真雪、いないのね」

 咲良ちゃんは静まる教室でそう言った。

「帰ってはないよ。真雪はサッカー部の部室に行っているんだ。僕と同じように自分のことについて話しに行ったんだ。それに――」

「それに?」

「僕と君は真雪から同位置にいる人だと思うから。親友と恋人……名称は違うけど、真雪の隣にいる存在は僕らだろう。だから、真雪には僕から頼んでサッカー部の方に行ってもらっているんだ」

「そう……なんだ」

「ごめんね。こういうのは本人から話すのが一番だけど、僕にも言いたいことがあるから」

「分かったわ」

 咲良ちゃんは僕と向き合うように椅子に座った。

 机を挟んで向かい合わせ。まるで面談みたいだ。しかし、この状況では一番適した配置だろう。

 僕は真っ直ぐに咲良ちゃんを見た。目を合わせてもらわなくても、じっと見た。

「君が感じているように、真雪の置かれた状況は変わったんだ。真雪の背負った、毎日記憶がなくなるという記憶障害のせいで」

「記憶がなくなる?」

「彼の頭の中には僕らと同じようにたくさんの記憶があった。友達、恋人、家族、学校、部活……。その辺にいっぱいいる普通の高校生だった。でも、十二日前、真雪は交通事故にあった。それは君も知っていると思うけれど、幸いにも怪我は打撲だけで、一週間の休養で学校生活に復帰できた。でも、以前と同じってわけにはいかなかった」

 ――記憶を喪失する障害を持つことになったのだ。

「なくなる記憶はランダムだ。休んでいた期間で家族の記憶を失った。復帰初日は担任、二日目は部活の後輩、三日目は咲良ちゃん……本人にも予測がつかないらしい。もちろん僕にも。真雪はいつもバカみたいに元気だけど、あいつはあいつなりに苦しんでいた。記憶がなくなると記憶をなくしたことも知らないはずなのに、彼は自分の記憶の矛盾に気付いて、自分に異常なことが起こっていることを自覚した。――そして三日前、真雪は自殺をしようとした」

「……――――――!」

「寝ても覚めても知らない人に囲まれている生活に疲れてしまったから。記憶を失って周りの人間を傷つけるから。周りに迷惑がかかるから。今となっては、記憶に残っている人物はこの僕、南雲湊だけになってしまって、僕の記憶を失いたくないから。真雪はそんな、らしくないことを考えて自殺しようとした。でも結局、それはやめた。夜が深まった頃から日が昇るまで説得してそんな決断をしてくれた。――僕は何もできていなかったことを痛感した。気にかけているつもりだったのに、何も気付いてやれなかった。他の人間関係も僕が上手く取り持つべきだったんだ。結局、踏みとどまってくれたけれど、あそこで自殺を実行されてもおかしくなかった。だから、僕は決意した。これからはちゃんと支えていこうって。真雪の記憶になるんだって」

 僕は鞄からルーズリーフの束を机に置く。僕と真雪の記憶を詰め込んだ写真日記だ。

「これは真雪の記憶の足しになればと思って作ったんだ。毎日これを書いて、真雪が記憶を失くしたときに見て、新しく記憶ためのノートだ」

「こんなもので真雪の障害を乗り切れるの?」

「分からない。多分、気休めにしかならない。それでもいい。少しでも真雪の支えになれば、それでいい。彼はもう一人じゃ生きられない。僕が――周りがサポートしてあげないと、また何かやらかす。もう苦しめちゃいけないんだ。だから……もう一度元通りに、なんてそんなこと言えないけど、せめて真雪を責めるのだけはやめて。真雪が君を傷つけるなら、その罰は僕が受けるから。絶交したままでいいから。おしゃべりするのはこれきりでいいから。廊下で会ったら挨拶くらいしてほしい。真雪が仲良くなりたいって言ったら仲良くしてほしい。記憶を失くされたのは多分すごく嫌なことだけど、それをなかったことにしなくていいから嫌わないで。……お願いします。真雪を傷つけないで」

 僕はいつの間にか机に頭をこすりつけていた。涙で目が痛い。息が苦しい。でも、こんなことでお願いを聞いてくれるならそれでいい。

 傷つくのは僕だけでいい。そう決めたのだから。

 顔を上げて、と咲良ちゃんは言った。目が痛くて上手く開けられないけれど、彼女の顔を見た。目が真っ赤で頬がプルプルと震えていた。

「……傷つけるわけないじゃない」

 声も震えていた。

「これ以上、傷つけられない。私はずっと謝りたかった。あの日――真雪が私の記憶を失くしたあの日、ちょっと嫌な思いしただけなのに絶交なんて、本当にバカなことをした。この三日間、頭が十分冷えて真雪に会いたくなった。どんなことになっているのか知りたかった。だから、ありがとう。教えてくれて」

 僕は笑ってしまった。

 こんなところで笑わなくてどうする。だって、面白いじゃないか。バカみたいじゃないか。

 咲良ちゃんがちょっとやそっとで本当に絶交するわけなかったのだ。そんな人だったら、僕らの関係はもう終わっている。真雪が聞いたら『頭いいくせに』と言われそうだ。そう言われたら、僕はこう返すだろう。

 ――お前のためだから、僕も必死なんだよ、と。

 咲良ちゃんは教室の掛け時計に目を向けると、荷物を持って立ち上がった。

「今日は帰るわ。こんな泣きっ面じゃ会えない」

「うん。君のタイミングでいいよ。僕らならいつでも大丈夫」

「ありがとう。……あ」

 ちょうど教室を出るところで立ち止まった。

「写真って今日も撮ったの?」

「撮ったよ」

「見せて」

 僕は携帯電話を操作して、今日撮った画像を見せた。昼食のときに頑張って撮った自撮りだ。何枚も挑戦したのだが、一番ましなやつでもブレてしまっている。

「うふふ、下手っぴね」

「しょうがないだろう。やったことなかったんだから」

「もう。高校生なら自撮りのスキルくらい身につけなきゃダメよ」

「そういうもの?」

「そういうものよ。明日、朝一番にあなたたちの教室に行くわ。自撮りのやり方教えてあげる」

 彼女が見せたのはいつも見ていた笑顔だった。いい滑り出しと言えそうだ。

「じゃあ、僕も最後に一つ」

 再び咲良ちゃんと向かい合う。今度はじっくり話すためではなく、ちょっとしたおしゃべりのつもりで、顔を見る。

「僕、ずっと咲良ちゃんのことが好きだった。この際、彼氏を変えるっていうのはどうかな」

「お断りよ。私はずっと真雪のことしか愛していないもの」


 その日は真雪と合流することのないまま、次の日を迎えることになった。朝、いつもの十字路に行くと珍しく真雪が待っていた。僕の方に向かって手を振る余裕まであった。しかしその姿はいつもと違っていた。詳しく言うと、荷物が昨日より多かったのだ。学校の鞄に加え、サッカーボールのケースとシューズバックを両手に持っていたのだ。

「俺、サッカー部復帰することにした!」

 朝の挨拶よりも先に飛び出た発言はそれだった。思えば、放課後に別れてから連絡すら取っていなかった。こちらが上手くいって少し舞い上がってしまっていた。つまり僕からの報告を忘れていた。それで連絡を寄越したとしても、彼はこれを直接言いたかったのだろう。サッカー部のことは写真日記を昨日の昼休みに見せた時点で教えていたのだが、満足と言えるほどではなかった。しかし、それでも彼は上手くやったらしい。難易度的にはこちらの方が難しかったのだが、この際過程はどうでもいい。

 結論が大事なのだ。

 そっか、よかったね。そんなありきたりな言葉を返した。真雪は元気よく、ああよかった、と言った。

 いつから部活に出るのか尋ねてみると、それは今日かららしかった。少し早すぎる気もするが、彼がいいなら別にいい。むしろ、早めに復帰しておいた方がいいのかもしれない。また記憶がなくなる前に、できるだけ思い出を残しておくべきだ。もちろん、真雪が部活に行くとなれば僕もついていく。

 僕は真雪の記憶だ。

 さて、学校へ、もとい教室へ着くと、真雪の席に咲良ちゃんが座っていた。どうやら僕らを待っていたらしい。しかし、咲良ちゃんは自ら言葉を発そうとしなかった。僕らからの声を待っていた。

「お、おはよう」

「おはよう、真雪」

「えっと……確か、咲良って名前だったよな」

「ええ、そうよ。私は宮内咲良っていうの。あなたの唯一無二の恋人よ」

 そんな会話をした。

「お前は俺の恋人だったんだな」

「『だった』じゃないわ、『今も』よ。私はあなたがどんな風になろうとも、絶対手放したりしないわ」

「おう、よろしくな。咲良」

 早くも真雪のやりたいことその一は達成されたようだった。

 それから六時間の授業が終わり、放課後がやってきた。今まで何もせずに帰っていた毎日から一転、今日からは部活動が始まった。本来帰宅部である僕が部活動に参加するというのは沈黙のうちに禁止された行為であるのだが、事情が事情なのと卒業までの短い期間ということで例外中の例外として部活動の参加――真雪の観察者としての参加を認められ、ベンチに座って真雪を見るだけの行為だけが許された。

 こうして、今までで一番濃度の高い毎日がスタートしたのである。


 毎日はとても楽しかった。毎朝会う度に何かしらの記憶がなくなっていると思うと、少し寂しい気もしたが、いつしかそれさえも気にしなくなった。今まで通りとはいかなくとも、真雪と咲良ちゃんとに囲まれた毎日は――真雪が楽しそうに笑っている毎日がとにかく楽しい。

真雪は半月ぶりくらいの部活が少しつらそうに見えるけれど、それはマイナスな辛さではない。青春が連れてくる、生涯に一度の辛さだ。僕は怪我で挫折してしまった道だけれど、その方がよかったと今では思う。

真雪の活躍を。

僕が見る。

僕が支える。

中学のとき、選手としてではなくマネージャーとして入部した方がよかったのかもしれない。が、やはりそれではダメだ。僕が怪我をしなければ、選手としての道を断たれなければ真雪と仲良くなることはなかったし、咲良ちゃんを好きになって真雪と仲違いすることはなかった。そこで仲直りして、河北家の事情に踏み込むこともなかった。

 人生は結論じゃなくて、過程が大事だ。

 だから、真雪が交通事故にあったことも、それで記憶が失われていくようになったのも、何かの意味がある。どういう意味なのか、まだ分からない。けど、記憶障害のせいで苦しめられて自殺にまで追い込まれて――それを助けなければ、この日常は手に入らなかった。遠回りのようだが、他の道を通ってしまえば違う未来に辿り着いてしまう。

 いくら苦しく辛い過程でも、それでよかったと思う。

 いつか――具体的には僕らが死ぬ頃までには――、きっと意味が分かる。記憶がなくなってもまたこうした毎日を送れている意味が、ちゃんと分かる。

 それまでは平和に過ごしていく。真雪から記憶がなくなっても動じずに、また記憶の欠片を集めながら、生きていく。

 それが、僕がこの件で得た新たなる決意だった。

 さて、事故から明日で一か月が経とうとしていた。十字路で待ち合わせ、授業を受け、部活をやって帰る日々にもようやく慣れてきた。疲れはするが、変わらない日々というのが安心する。

 僕らは部活を終え、暗くなった道を歩いていた。

「よかったね。今度の試合、レギュラーになれて」

「おう。早くも復帰戦だな。相手は何度も勝ってる相手らしいから、いい結果が出せそうだぜ」

「油断大敵だよ。まあでも、無理はしないようにね。試合の翌週はデートなんでしょ」

「大学受験前最後のデートだな。咲良は推薦入試だから、二次試験がそろそろあるんだってよ。お前だって、あるだろ?」

「そうだね。でも、僕は部活に出ながら頑張るよ」

 そんな風に他愛ない会話をしていた。毎日十五分の、確実にやってくる時間。絶対に楽しい時間。隣に真雪がいて、卒業まで続くであろう時間。

「そういえば、あの日記みたいなやつってどうなってるんだ? ずっと湊に預けてるよな」

「順調に書いてるよ。結構ページが増えてきたし、一度君に預けてみようか。今日は君が書いてみなよ」

「えー、俺が? 面倒くせえ」

「君のためのものなんだから、本来は君がやるべきことなんだからね。まあ、写真は送るし、文章も長くなくていいから。自由に書いてよ」

 僕は鞄からあの写真日記を取り出す。

「分かった。忘れなきゃやっとくよ」

「忘れるなよ」

「――あ」

 彼はそんな風に会話を中断させた。

「どうした?」

「俺、考えてたことがあったんだった」

「へえ。どんなこと?」

「このノートの名前についてだ」

 ノートの名前?

「これって写真日記って名前じゃなかったっけ」

「なんかそれじゃあ普通だろ。だから新しい名前考えたんだ。あのノートは俺のためのノートなんだろ」

 そう言われては反対できない。反対する必要さえないのだが。確かに彼のためのノートと言ったのは僕だ。彼がそうしたいというのなら、僕には従うしかないのだ。

 そう誓ったのは僕なのだから。

「どんな名前か、聞きたいね」

「メモリーエンディングノート」

 メモリーエンディングノート――記憶が終わる手帳。

「……エンディングノートって人生が終わるときに遺す、死んだ後のことを書くやつだよね」

「え、そうなのか?」

「知らないにしても『メモリーエンディング』っていうと『記憶が終わる』って感じだよね。真雪のは終わるんじゃなくて失われるんだから『メモリーロストノート』とかの方がいいんじゃないか」

 僕の提案に真雪はしばらく考えるような恰好をして、しかしすぐに、いや、と言った。

「メモリーエンディングノートで決定だ」

 彼がそれでいいというのなら。

 僕は笑いながら、よし決定、と賛成した。

 僕らの写真日記――もといメモリーエンディングノートは真雪の手に握られたまま、僕らはいつも通りそれぞれの道へ歩いて帰った。

「また明日な!」

「うん、また明日」

 また半日後くらいには会うことになるのに、そんな別れの文句を言った。

 それが当然のように。

 当然に明日がやってくると確信しているように。

 僕らは言葉を交わす。

 ――僕は何一つ成長なんてしていなかった。何よりも先に学んだはずのことを、愚かにも僕はすっかり記憶から失くしていたのだ。否、忘れていたのだ。

 

 満たされている時間ほど早く過ぎてしまうことを。

 しかし、そんなものほど長続きしないことを。

 そして、楽しい日々は突然終わることもあるのだと。


 充実した毎日で、愚かにも忘れ去ってしまっていたのである。

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