第23話

 今日はやることがないし、寝ようっと。まだ八時半だけど。

 とある日曜日、まだやることは残っている、シナリオ学校の課題が書けていない。けどなにも思いつかないときはとりあえず寝ることにしていた。自分の夢に夢を託すのだ。もしかしたら夢の中で素晴らしいドラマが展開し、起きたときにもその内容を覚えているかもしれない……今までそんなことは全くなかったが。

 歯を磨こうとしたそのときに携帯電話が鳴った。

「あの、雑誌見て電話したの。私、東京に出たばっかりで、まだ友達いなくって……」

 久しぶりの出会いの電話だった。

「東京に出たばっかりって……出たばっかり?」

「出たばっかり。うん、昨日出てきたところ」

「今なにしてんの? どこにいるの?」

 わかった。今から行くよ。

 彼女……ハルカは駒込の居酒屋で一人でいるところだ。彼女の少し舌ったらずで早口な喋り方は不安や淋しさを連想させた。

 オレは急いでヒゲを剃り、スタジャンを羽織って部屋を出た。案内所にいる迷子の子供を迎えに行く親の気持ちみたいだ。

 電車を待ってるとき、ハルカから電話がかかった。

「あの、私そんなに可愛くないからあまり期待はしないでね」

 自らのことをそう言い放つ、それも後からわざわざつけ加える……かなりのブサイクかもしれない。踊る心はステップを止めた。が、可愛い子が謙遜してるだけかもしれないぞ! 『粗茶です』と言って本当にまずい茶を出すやつはいないはず!

 ちくしょー! どっちだ?

 考えたところでわからないことは自分の目で確かめるしかない、オレはそう決めている。それに美人だろうが、不美人だろうがオレに会いたがってる人がいるんだ。

 オレは電車に乗りこんだ。


「うん、今そっちに向かって歩いてる。あれ? オレンジの上着の人……ユウジくん?」

 オレは電話をポケットにしまい軽く手をあげた。ハルカがこっちに近づいてきた。目を細めて、広いオデコにしわをよせて、大きめの八重歯を見せて彼女は笑った。可愛くなくはなかった、可愛かった。

 ハルカはノースリーブの白いセーターというとてつもなく寒そうなカッコだ。上着とバッグは居酒屋に置いてあるというので、戻ってオレも一杯つきあうことにした。

「あらぁ、友達も来てくれたんだぁ、よかったねぇ」

 居酒屋のオバさんがハルカに笑いかけた。オレもオバさんに会釈した。テーブルに着く、彼女のおごりでレモンチューハイを注文した。

「あのね、占い師にみてもらったらね、駒込でいいことがあるって言われたの」

 そのいいことってのがオレのことだと思ってくれればいいが……にしても、雑なコメントをするよなぁ、占い師。

「雑誌にね、ユウジくん関西人って書いてたでしょ? 私ね、中学まで兵庫に住んでたんだ。関西弁好きだったし、それに地方出身の人のほうが優しいかなぁと思って……ねぇ、友達になってくれる?」

「うん、すでに友達やと思うけど……」

 オレはテーブルの上の白子を見つめたまま答えた。

「ほんと? ほんと? ほんとに友達になってくれるの?」

 ハルカは手を出した。オレは彼女の手を握った。グラスの水滴で濡れていた彼女の手はヒンヤリとしていた。

「あのさ、なんで東京にいきなり出てきたん?」

「ん? ん……と。私ね、静岡でバスガイドをやってたんだけどね、そこでつきあっていた彼氏……結婚の話まで出た人だったんだけどね。別れて出てきちゃった!」

 ハルカは少し笑って言った。笑顔にはいろんな種類がある。だからそれ以上は聞かなかった。

 居酒屋を出ると少し足元がふらついた。たったチューハイ一杯なのに……オレはたいていの女の子よりも酒が弱い。

「ユウジくん、この後カラオケに行かない?」

「うん、このへんはよくわかんないから……池袋に出ていい?」

 人通りの少ない商店街を駅に向かって歩く。どこかのスナックの中からオッさんの歌声が聞こえてきた。音痴だけどユーモラスな歌い方だった。オレたちはクスッと笑った。ハルカは腕を巻きつけてきた。少しのあいだ、黙って歩いた。肘に彼女の胸の感触が伝わる。推定E〜Fのイェフカップってとこだ!

「今日は本当に寒いな〜、手が死ぬわ〜」

 大きめのひとりごとを言い、オレはスタジャンのポケットに手をいれる動作で、さり気なくハルカのボインに肘をめりこませた!


「昨日、東京に来たんやろ? 昨日はどこに泊まったん?」

「うん、昨日はね。駒込のサウナに泊まったんだ。そこでね、ちょっと嫌なことっていうか変なことがあったんだけど……聞きたい?」

「聞きたい」

「そこの浴場でね、四十すぎのオバさんと友達になったんだ。友達っていうかあっちが声をかけてきただけなんだけどね。それでね、いろんな話をしたんだけどね、女の子が一人で普通のバイトでやっていけるほど東京は甘いとこじゃないよって言われちゃったの」

「そうかなぁ……で?」

「でね、うちのヘルスで働かないかって。アンタくらいの体ならすぐに客がたくさん付くって言われたの」

 スカウトかよ! 確かにスレンダーで胸はでかいけど……あぁ、浴場でならハズレを引くことがないし、サウナに泊まるなんてワケありの女の子だし、いろいろ考えてるものだ、やり手ババァめ。

「そのときね、明日もここにいるから返事を聞かせてほしいって言われたの……あ〜、なんか嫌だな〜」

 ハッキリと断る彼女の絵がでてこない。始めて会った女の子の人生の分岐点にオレはいるのだ、たぶん。


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